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魔法のことば (星野 道夫)

 自然を対象とした印象的な写真で有名な写真家星野道夫氏の講演集です。
 アラスカの大自然と人々の暮らしに魅了された星野氏の優しい語り口が心地よい内容です。

 興味深い話はそれこそ数多くあったのですが、その中でちょっと驚いた星野氏と私の共通体験がありました。

(p42より引用) 子どもの頃を振り返ってみると、最初に「自然ってすごいな」と思ったのは「チコと鮫」という映画を観たときです。・・・多分ものすごく古い映画なんですけれども、南太平洋のタヒチを舞台にした、チコという現地の少年と鮫の物語でした。その映画がすごく印象に残っていて、何が印象に残ったかというと、その映画の中に何度も出てくる南太平洋のシーンなんです。

 私も小学生のころ、この「チコと鮫」を観た記憶があります。確かに印象の強い映画でした。星野氏の語っているようにその南の海の奇跡的な美しさは未だに忘れられません。


 さて、そういう「自然」への憧れから、星野氏はアラスカで暮らすことを決意したのですが、どうしてアラスカなのか、「第三章 めぐる季節と暮らす人々」のなかで、こう語っています。

(p79より引用) 自然に対する憧れはもちろんあるんですが、もう一つ、やっぱりそこに暮らしている人々にすごく魅かれたということがあります。
 例えば、南極にもやはりすごい自然はあると思うんですけれども、きっと自分は南極には魅かれないだろうなと思うのは、そこに人が暮らしていないからです。・・・いろいろな人間がいろいろな価値観を持って生きていて、そういうさまざまな人々の暮らしに出合えるということが、自分が十四年アラスカを旅している理由だと思います。

 大自然の中で暮らしている人々がいる、その人々の中にはいって一緒に生活をすることが、星野氏の選んだ道でした。
 そういうアラスカでの暮らしの中での1シーン、クジラ漁で捕獲したクジラを解体する場面での星野氏の感想です。

(p59より引用) 若い連中はまだどうやってクジラを解体したらいいのかよく分からない。それで必ず周りに年寄りが付いているんです。・・・年寄りがどこかで力を持っている社会は健康な感じがする。若い連中も年寄りに対して一目置いていて、そういう風景は見ていて本当にいいですね。

 クジラ漁はエスキモーの人々にとって特別なイベントでした。この晴れの場を通し、エスキモーとしての伝統や誇りを伝え確認しているのです。年長者への敬いと若者への期待がうまく交じり合いながら、活きた行事が営なまれていく姿は、温かく健全ですね。

 クジラを追う海もカリブーが旅する陸も、ともかくアラスカの自然のスケールは桁違いのようです。アラスカでは、自然ではないところの方が圧倒的に珍しいのです。

(p207より引用) 例えばアメリカだと国立公園はいちばん野生の場所で、その周りに人の暮らしがあると思うんですが、アラスカの場合は逆なんです。国立公園がある意味でいちばんポピュラーな場所で、その周りに広がっている原野の方がもっと野生なんですね。

 もうひとつ、とても面白いと感じたのが、星野氏の「自然」についての考え方でした。それは「ふたつの自然」というものです。

(p98より引用) 人間にとって大切な自然が二つあるような気がします。
 一つは、皆にとっての身近な自然です。・・・それは日々の暮らしの中で変わっていく自然ですが、もう一つ、遠い自然も人間にとって大切なのではないかと思うんです。
 そこには一生行けないかもしれないけれども、どこか遠くにそういう自然が残っていればいつか行くことができるかもしれない。あるいは、一生行けないかもしれないけれども、いつも気持ちの中にある、そういう遠い自然の大切さがある。・・・ただ、そこにあることで人の気持ちが豊かになる自然があるのだと思います。

 そして、反省。
 今、私たちは、資源開発という名のもとにこの遠い自然も失おうとしているのです。それは環境的・物理的な喪失ですが、もっと大きな喪失は、そういう遠い自然を思いやる心を失ってしまうことではないかと、本書を読んで考えさせられました。



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