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彼女たちを突き動かすもの/イリス・ノワール -禁樹のミエリ-

日頃、企業の採用ホームページや会社案内の作成をお手伝いすることがあったりするので、よく若手社員へのインタビューなんかもするわけです
見たことあります? Webでも紙でも、若手社員がキラキラした表情で、いきいきと働く様子の写真とともに仕事の内容を説明したり、心持ちを語っていたりするじゃないですか。あれです、あれ

ああいう記事って、基本形としては1時間ぐらいあれやこれやインタビューをさせてもらって、それを1,500字とか2,000字にまとめるわけですけれど、その中で定番の質問もあったりするんですね。自分ではあまりしたくなくって、もう昔からずっとこの質問をしないで済ませられないかと思いながら、どうしても逃れることのできない質問
「このお仕事をしていて、どこにやりがいを感じますか?」
というやつです

もちろんこの文言通りに質問するわけではなくて、「燃える瞬間あります?」とか「この仕事してて良かったと思うのってどんな時ですか?」とか、まあ相手や状況に合わせていろいろな聞き方で、でも結局は「やりがい」を聞くわけです

じゃあなんでこの質問から逃れたいのかといえば、それは取材対象者がやりがいを明確に言語化しているとは思えないから
もちろんそれを日々胸に抱いて仕事に励んでいる人もいるかもしれないけれど、大抵の人はそうじゃないですよね。自分だって、ライターの仕事のやりがいなんて聞かれても困ってしまう。強いて言えば、あれこれと理屈をこねることはできますが、じゃあ、その言葉の通りに感じているのか、言葉の外側はないのかと言うと、そんなことはないわけです。やっぱり「やりがい」なんて魂のコアな部分は、ちょっとやそっとじゃ言葉なんかに括れないし、だからこそ1時間やそこらのインタビューで「やりがいは?」って聞いても引き出せるとは思えないので苦手なのです
(もっと言えば無理やり言葉にさせることで、仕事がその言葉からずれてしまった際に無力感を抱かせはしないかと心配なのです)

「イリス・ノワール -禁樹のミエリ-」の感想を書こうとしているのに、ここまで800字ほども費やして何を書いているのかという話なんですが、気になるのは「やりがい」なのです。言葉を換えれば「使命」と言ってもいいかもしれません。

(以降、「イリス・ノワール -禁樹のミエリ-」のネタバレを含みます。今後、配信やDVDで楽しもうという方はお気をつけください)

エウラリア黒魔術学院にいるイリスたちは、何のために黒魔術を学んでいるのか。クアチルが育てた人類を邪神から守るための使命感? 力を持つものとして人類を守るための責任感?

ヒースはなぜかくも危険な作戦の中核を担う決断を抱けたのか。自らを育ててくれたホーリー家への恩返し? 妹のような存在であるミエリへの愛? 所属するグランロッジへの忠誠心?

ミエリをプリンシエ・アビスンたらしめた「絶望」「怒り」を生み出したものは?

いろいろいろいろ気になるところはあって、これはもちろん「お芝居の中にこの答えを描け!」というわけではなく、観る側の我々が想像する余白として残しておいていただけることがむしろうれしい、楽しい、ありがたい部分であるわけですけれど、彼女たちがいったい何に突き動かされて黒魔術の道を邁進しているのか。ミエリを演じる星守紗凪さん、ミサを演じる安藤千伽奈さんをはじめ、イリスたちを演じたキャストの皆さんのお芝居が熱い想いに満ち満ちていたからこそ、彼女たちの心の核にある部分に思いが及びます

そう思わせられるぐらいに、すべての出演者の皆さんが学院の生徒としての先生としての、そしてもちろんイブ=ツトゥルを演じた山﨑悠稀さんの地球を我の物にせんとする邪神としての、それぞれの熱量に満ちたお芝居が真に迫っていたのだろうと感じるのです

個人的にはXでもちょろっと投稿したのですが、花澤桃花さんが演じたアタナシア寮長の想いが特に気になったりします。第一作を観ていないので彼女への理解が足りていないのかもしれませんが、寮長を務めるほど、そしてクアチルが重要なタスクを任せるほどの屈指の実力者でありながら、自寮の後輩であり、ホーリー家の次期当主たるミエリ・ホーリーの覚醒のために命を落としかねないほど危険な役割を担う彼女
薬草学科ユーノー寮の成績だけを見れば、作品冒頭時点での実力は、アタナシアとミエリでは天と地ほど差があるはず。それでもなお、アタナシアはおそらくクアチルの言葉を信じて、ミエリの覚醒のため邪神イブに取り込まれる役割を受けて立ったわけです。薬草学科トップの自分では絶対なし得ないであろう役割を、黒魔術師としてはまだちんちくりんなミエリがきっと果たすはず。ならばこの命、投げ出しても惜しくはないと思えるほどのアタナシアの使命感はどこからやってくるのか。そしてその決断に葛藤はなかったのか
今回の物語はすべての登場人物がしっかりと個性豊かに描かれていただけに、それぞれの背後にある物語が気になるところではありますが、アタナシアの物語は特に気になります。古のヤングジャンプの漫画「栄光なき天才たち」で描いてほしいぐらい、ミエリ・ホーリーというさらなる天才に凌駕されゆくアタナシアという天才の物語に心が惹かれいきます

そして背後にある物語といえば、やはりヒースです!!
フルネームはやはりヒース・ホーリーなんですかね?

彼女がいかにして、あれほど強い黒魔術師になったのか。それは魔術の腕だけではなく精神面においてもそう。三重スパイ(パンフレットより)という強烈に重圧のかかる役回りを、つねに冷静に、クールに、そして雄々しく、かっこよく、美しくこなしてみせるヒース。グラン・ロッジ所属の邪神封印を担う魔術騎士であり、エウラリア黒魔術学院の臨時講師であり、クアチルの協力者であり、イブ=ツトゥルの眷属(けんぞく)であり、そして、ミエリの「姉」であるヒース。脚本家の春日康徳さんもスペースでおっしゃっていましたが、台本にはない最後の台詞(自分が観た回ではこれでした)

立派な黒魔術師になるのだぞ

「イリス・ノワール 〜禁樹のミエリ」

が、すごく美しかったですね!!!!!
100分を超える物語でずっと中心にいて、さまざまな顔を見せて、そして最後の最後にたった一瞬だけ見せた「姉」としてのヒース。それまでの姿がクールでどこまでもかっこよかったからこそ、この最後のひと言があまりにも美しい

そうなんですよね、いぶいぶはどこまでも美しいんです
そんなことを言われると本人は謙遜するでしょうけれど、今回の舞台でのセリフも立ち回りも、ヒースとしての背筋がスッと通った立ち姿ひとつとっても美しい。ミエリをなじるような強いセリフも、魔術を生み出す呪文も、イブ=ツトゥルにやられる際の回転も、すべてが美しい……。今回のお芝居で初めて三田美吹を観る人の目にはどんな風に写るのかなと想像しながらお芝居を観ていたところもあるのですが、もしかしたらあまりにもその動きやセリフ、シルエットが美しすぎて、ベテランの女優さん、スクールアイドルミュージカルで言うところの理事長'sのような演者に見えていたのではないかと思うほど、圧倒的な存在感で光を放ってましたね

もちろん「イリス・ノワール -禁樹のミエリ-」は能力の覚醒に至るミエリの物語であり、友達・仲間を得るミサの物語であるわけですけど、一方で「妹」を導くヒースの物語であったことを否定する人もいないでしょう。そして、このステージをヒースの物語たらしめたのは、他でもない三田美吹さんの圧倒的な存在感あってこそ。贔屓の引き倒しではありますが、それは間違いないところではないかと思うのです

お芝居の脚本には、先に役者さんが決まっていて、その方に合わせたキャラクターを描く「当て書き」という手法があると聞きます。今回、舞台を観ながら、これはいぶいぶに当てて書いたのかな?どうなんだろう??と思ったぐらいに三田美吹さんがいなければヒースは成り立たない存在だったわけですが、↑の春日さんのスペースを聞くとヒースに関しては当て書きというわけではないようですね
であれば、三田美吹とヒースをめぐり合わすことのできた「イリス・ノワール -禁樹のミエリ-」という作品は、とてつもなく強い星の下に誕生したのではないでしょうか
劇中、ヒースが絶命(と言っていいのか?)する場面でミエリに向かって

貴様にしか、できないことがある……

「イリス・ノワール 〜禁樹のミエリ」

と語りかける場面がありました(購入した台本では「これは、貴様にしかできぬこと……」になってます)。もうね、観てるこちらとしては

三田美吹にしか、できない役がある……

なわけですよ、ほんと!! めちゃくちゃかっこよかった
関係者の皆様、ぜひぜひ学生時代のヒース、あるいはグランロッジで経験を積んでいくヒースのスピンオフを……なにとぞ……

正直に言うと観劇に関しては自分のストライクゾーンが狭くて、普段は観に行く舞台も選んでしまうので、今回もいぶいぶが見たいから行くけれど内容についていけるかな、怖いなあという気持ちがかなりありました
けれど、そんな懸念とは裏腹に、すごく素敵な時間を過ごさせてもらえて、(黒魔術師たちにこんな言い方はどうかと思うけれど)とても清々しい気持ちにさせてもらえるお芝居でした

「イリス・ノワール -禁樹のミエリ-」に携わったキャスト、スタッフの皆さん、素敵な時間をどうもありがとうございました。続編も期待しています!!

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