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日本企業の地道な改善をイノベーションへのリアル・オプションにするために

東大の経営学博士で昨年より明治学院大学経済学部の専任講師となられた、岩尾俊兵さんより再び寄稿いただきました!トヨタなど日本の製造業の強みである「カイゼン」をイノベーションに繋げる「ポイント」を、研究しているシミュレーションモデルの結果も踏まえて論じており、非常に面白い論考です。ぜひ読んでみてください!

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現代のような技術の革新がめまぐるしいビジネス環境において、イノベーションに取り残された企業は生き残っていけない。そして、そうした、「イノベーションを引き起こせなくなる企業」の代表のように語られてきたのが、ほかでもない日本企業だ。そして、日本企業がイノベーション競争から置いて行かれる理由として指摘されてきたのが「生産志向・改善志向」だった。

それに対して、ここで主張するのは、むしろその生産志向・改善志向には「大きなイノベーションへのリアル・オプション」としての価値があるのではないか?ということである。ただし、ここで目的としているのは、日本企業への楽観論を無責任に論じることではない。それどころか、たしかに生産志向・改善志向にはイノベーションを狙いながらリスクも回避するという「リアル・オプション」としての価値を持つ可能性があるが、その可能性は「ある条件下でしか得られない可能性が高い」ということだ。

以下、これらの詳細を述べていく。

日本企業は新たな製品や技術を生み出すのが下手であると指摘され、その理由として、日本企業は「どこかから得た製品技術を前提に、地道な努力による生産の小幅な効率化の積み重ねによって競争に勝つという考え方」にとらわれてきたからだと論じられてきた。この考え方を、生産とその地道な改善を重視しているという意味で「生産志向・改善志向」という。生産志向・改善志向の企業は、いかんせん目先の競争では勝ててしまうために、長期的なイノベーションに取り組みにくい、いや取り組み方が分からない、または取り組んでも生産分野の人の意見に潰される、というのだ。

しかし、筆者の研究によって判明したのは、ある条件下ではむしろこの生産志向・改善志向がイノベーションの発生に役立つ、それどころか、リスクを削減しつつイノベーションに取り組める一石二鳥のマネジメントになりうるということだった。

日本企業の多くは、改善活動を社内イベントとして日常的におこなう。そして、改善活動には「機材をあまり必要とせず、技術者の勤務時間をあまり消費しない」という特徴がある。要するに安上がりだ。安上がりということはリスクが小さいということでもある。たとえば反対に、製薬業界の新薬開発などは、高額な実験機器・材料が大量に必要だし技術者を大量に必要とするため莫大な資金が必要であるため、製薬ベンチャーなどは失敗と同時に倒産してしまう。しかし改善活動にはそんなリスクはない。

もちろん、安かろう悪かろうではイノベーションは起きない。だが、「ためしに改善をしてみたら、思いがけずいいものができた」「そこでさらに資金を投下してみたら、イノベーションになった」ということが起きれば、改善活動はイノベーションにつながるだろう。たとえば、自転車で山登りをするために日曜大工でボディをダイヤ型にして補強してみた、すると調子がいいのでタイヤも太くしてみた、ますます調子がいいのでハンドルも水平にしてみた、といって素人集団が作り上げたのがマウンテンバイク市場だった。

ただし、こうした改善の連鎖によってイノベーションを起こすには、ひとつの出来事(ここでは改善)を知ったときに別のどの場所での出来事と組み合わせれば価値が生まれるのか知っている人が必要だ。たとえば、光の特殊な振動技術を知った時に、これを通信技術に応用しようという発想が生まれるような人が社内に、あるいは「社会に」必要だ。これが改善をイノベーションにつなげる「条件」である。

こんな人はただの天才、歴史が偶然に生み出す人だと思われるかもしれない。しかし、筆者がおこなったマルチエージェントシミュレーションの結果によれば、日常の行動に気を配るだけで、こうした人材が生まれる可能性がある。それは、95%~99%の仕事は決まったことをやるが、1%~5%はランダムに行動するという行動だ。そうすると、世の中の出来事・情報へのアクセス可能性が100倍近く上昇することが分かったのである。たとえば、あえて知らない駅で降りる、月に一回、サイコロを振ってきめた棚の本を買う、普段は絶対にいかない集まりに参加する、などなど。

こうした組織を使って成功している例は、製品イノベーションでも工程イノベーションでも存在する。たとえば有名な3MやGoogleの多くの仕事は実は製品の改善に近いが、20%ルールによって、それが一大事業(ポストイットやGoogleドライブ)に化けることもある。また、改善活動からときおりイノベーションを生み出すトヨタ自動車において、こうした行動をとらせる組織(筆者はライン内スタッフと名付けた)が、公式にも存在してきたことで、多くの工程イノベーションが生じた。

こうして「数%のランダム」が改善をイノベーションへのリアル・オプションにするカギだとわかった*。このとき、本来リスクの大きなイノベーションを、リスクの少ない改善で代替できる、あるいはイノベーションのためにオプションを作っておくというリアル・オプションを得られる、ともいえる。

*より詳しいシミュレーションの概要は日経コンピュータ2018年9月18日号、「イノベーションを生む組織」を参照のこと。

岩尾俊兵さん 経歴
1989年佐賀県生まれ。2005年陸上自衛隊少年工科学校入隊、2007年同退職、2008年高卒認定、2013年慶應義塾大学商学部卒業、2015年東京大学大学院経済学研究科経営専攻修士課程修了、2018年東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻経営コース博士課程修了、東京大学創設以来初となる博士(経営学)を授与される。同年より明治学院大学経済学部国際経営学科着任、東京大学大学院情報理工学系研究科ソーシャルICT研究センター客員研究員、公益財団法人日本生産性本部グループ指導講師等を兼務。

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