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伸びていくしかなかった娘の3年間~中学校卒業に寄せて~

今日は、娘の中学校の卒業式でした。
中学校3年間、本当に、よく頑張りました。というわけで、今日は娘愛を炸裂させて、娘の頑張りを記録してみたいと思います。

頑張った①マンモス校に通った

地元では一番大きい、全校生徒750人ほどの中学校に通いました。人混みやざわざわした場所が苦手な娘にとっては、慣れるまでは毎日がハイストレス状態だったかもしれません。そんな中、3年間欠席ゼロですから、すごいですよね。(うちでは、誰も「学校に行ったほうがいいよ」「頑張って行っておいで」的な言葉は言わないのです、そもそもそう思ってないので。でも、娘は行きたくないって一度も言ったことがないのです。行きたいと言ったこともないですが(笑)

頑張った②個性的な先生方とお友達との関わり

そんなわけで、生徒がいっぱいいるということは、先生もいろいろな人がたくさんいます(笑)。それは、メリットでもあり、デメリットでもあります。1年生のときには、苦手なタイプの先生(声の大きな人、まくしたてるように喋る人、勢いがあり強引な人など)もいましたが、関わっていくうちに「この先生、もしかして面白いかもしれない。」と思えるようになったようです。嫌なことは嫌だとはっきり言えるようになったのも、その先生のおかげだと思っています。
お友達に関しては、昨年までの2年間は、隣の学級に、パニックになると奇声をあげるお友達がいて、最初の頃はつられてパニックになって静かに固まったり、いつ聞こえてくるかわからないからイヤーマフをつけっぱなしにしたり、大変そうでした。でも、「そのお友達はいつも登校しているわけではないし、いつも騒いでいるわけではない」とだんだんわかってきて、自分でイヤーマフをつけ外しができるようになりました。(本人的には、イヤーマフはつけずに済むならつけたくはないのです。夏は暑いし、蒸れるし、締めつけられるから痛いし。)
何はともあれ、何事も、経験ですね。

頑張った③漢字検定を毎年受け続けた

1年生で5級、2年生で4級、3年生で3級と、見事にステップアップし、「得意なことは漢字を覚えること」と自信をもって言えるようになりました。検定は学校で受けることができたのですが、最初の頃は、支援学級の先生が検定を見守ってくださり、答案用紙の切り離しなど、不器用な娘に難しいところは手伝ってくれていたようですが、毎年受けるうちに慣れて、3級の試験のときには支援なしで受けることができました。「支援学校でも準2級を受ける」と今から張り切っています。

頑張った④慕ってくれる後輩さんができた

今日、卒業式の後、支援学級で最後のホームルームがあったのですが、その後輩さんがちょうど帰る支度をしていたところだったので、私も会うことができました。もう本当に娘のことが大好きみたいで、「○○ちゃん(娘)、またね。」って何度も言ってました。デイサービスも一緒なので(利用している曜日は違うのですが)、長期休みの際にはまた会うこともあると思います。本当のところ、娘にとってはあまり得意なタイプではなさそうなのですが、娘なりに先輩として、わからないことを教えてあげたり、一緒に掃除などの当番活動をしたりして、関わっていたのでしょう。小学生の時には我関せずというか、自分のことで精いっぱいだったので、娘なりの成長なのかなと思います。

頑張った⑤初めて修学旅行に行けた

小学校6年のときは、コロナで修学旅行がなくなりました。親元を離れての宿泊は、特別支援学級交流宿泊学習をした小5以来で、しかも中学校の修学旅行は2泊ということで、娘的には相当不安で、行きたくなさそうでしたが、いろいろな人に応援してもらって、無事に乗り切ることができました。本人的にはこれは一番の思い出になっているらしいです。自信を持てたんじゃないかなと思います。

頑張った⑥授業の開始時間に遅れないように行動できるようになった

小学生の時は、休み時間の廊下のざわざわした感じが嫌で、授業開始のチャイムが鳴ってからでないと教室移動ができなかったのですが、中学校では遅れないように動くことができていたそうです。中学校入学と同時に、全ての授業を特別支援学級で受けることにしたのが良かったのだと思います。ときどき交流学級に行かなければいけないことがあったのですが、そういうときでも遅れないように自分一人で行動できたそうで、これも大きな進歩だと思っています。

頑張った⑦それぞれの教科で、娘に合った学習ができた

例えば、国語は、漢字は学年相応、文章読解や作文は特別支援用の教材、数学は計算問題やデータの活用等、本人が得意なところだけ(結果的に中2までできました)、英語は得意なので、タブレットのデジタル教科書を使って中3まで全てこなす、社会は小学校の内容がほとんど入っていなかったので、歴史上の人物や建造物を調べることで歴史を学んだり、日本の都道府県について調べて新聞を書いたり(静岡県までで終了しました(笑)、理科は「目で見ないと!」ということで実験メインで、音楽はみんなと同じ内容を個別で、美術は生活単元学習のようなテーマをもった制作を中心に、技術は簡単なプログラミングやタイピング練習を、家庭科は調理を、体育は体力づくりのためのウォーキングやエアロビクス、本人が大好きなボッチャを、といった感じで、もう本当にオーダーメイドのようでした。さらに作業学習まで組んでいただいたのですから、娘は力を伸ばすしかないですね。支援学級が7クラスもあり、特別支援についてよく勉強されている先生方が多かったのもよかったです。とにかく、ワークシートひとつとっても、使いやすく、わかりやすい。頭が下がるばかりです。


担任の先生から見た娘は、「頼まれたことは忘れずにできる(先生が忘れていても、娘が覚えているから助かった、的なこともあったようです)」「誰も真似できない丁寧さ、慎重さ(時間はかかりますが・・・)」が印象的な様子でした。
優柔不断というか、なかなか決められない娘に、根気強く関わってくださった支援学級の先生方には、本当に感謝しています。「こうしようよ!」なんて決めつけた先生は一人もいなかったです。常にいくつかの選択肢を用意して、いつまでに決めればいいかを設定してくれて、待っていてくれたこと。支援学級で生活していてよかったと思えることの一つです。

地域の中学校に通ったからこそ、得られた経験が娘にはあります。次は、特別支援学校高等部です。特別支援学校に通ったからこそ得られた経験がある、と3年後にまた言えるように、楽しく有意義な私生活を娘には送ってほしいと思います。

特別支援教育に興味を持つ教員です。先生方だけでなく、いろいろな職業の方とお話して視野を広げたいし、夢を叶えたいです。いただいたサポートは、学習支援ボランティアをしている任意団体「みちしるべ」の活動費に使わせていただきます。