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85回目 "What Kind of Day Did You Have?" を読む(Part 4、読了回)。読み終え振り返るに、読書中に考えた登場人物の役廻りがことごとく誤り(早計)だったと気づかされます。

今回の読書対象は、このノベッラ 合計 73 ぺージの内の最後尾の 10 ページです。


1. 長めの読後感想文

読書中の誤りのひとつは、‘’What Kind of Day Did You Have?" なる疑問文です。主人公のカトリーナの一日に向けて、「あなたはこの一日を、何と気味の悪い過ごし方をしたものだね。」と揶揄する言葉と信じて読者は読み進むはず。 ところが、カトリーナがやっとの思いで帰宅し、更に一悶着があり、その後ようやく自分の娘二人と顔を合わせる。ホッとしたその瞬間に、この二人に投じた言葉に過ぎないのです。

  こうと分かると読者としては、別なるところにこのノベッラの主題を探すことになります。 カトリーナがなんともエロチックな役回りを与えられていることから、その行動にドキドキしながら読み進んでいた読者にとっては、このノベッラの読了間際になって足元をすくわれるという、一大事です。

  そんな読者にも、そこからの脱出は難しい作業ではありません。ルーズベルト大統領が政治の世界、日本の真珠湾攻撃を機会に第二次大戦への参入を決意し、ドイツを抑えるためにはこれしかないと腹を括り、スターリンへの危惧を心の奥に押さえ込んでヤルタ会談に臨む。そしてソ連の力を味方に取り込んだ。読者は直前に、こんな歴史を復習させられているのです。

  若い時から麻痺した脚を抱えて温泉療養を継続していたルーズベルト大統領が、スターリンの力に体力負けしたとする話は、復習したばかりなのです。

  次の話が現れると直ぐに思いつきます(連想です)。 カトリーナが追いかけていた 70 才という高齢の、しかし高名な評論家であるヴィクタが、雪嵐を突き抜け、墜落の恐怖の末にデトロイトからシカゴにセスナ機で移動するという旅で、その体力を限界まで消費してしまいます。 こうなったカトリーナは、保安官補佐をしている男の力に魅かれて行くのですからここのところの連想は容易です。この男、衣類の下に二丁どころか三丁も四丁もの銃を隠し持って日常を送っている男です。 カトリーナは寄り添う相手を知識・知能のお爺から武力で高ぶる男に変えることになるのです。

  カトリーナとは、エロチックな力・身体を利用して世間に乗り出す女どころか、世界中に生きる大衆とよばれる人々そのものです。 知的な議論にあこがれるともその肝心な部分の理解となると腰砕けで中途放棄するしかありません。 知的な論者がよろけると、次に現れた権力者、それが武闘派であろうがわだかまりを感じる心などありません(違いが判るには知的な議論の理解力が不可欠なのです)。拘るよりも拘らない方が「楽」なのです。

  もう一つ、言わずもがなと言えなくもないのですが。 カトリーナがヴィクタに提供するのは、これしかないという「肉布団」の役割、それに加えて果たせる役割となると、精々「修理屋に持参するバイオリンの担ぎ屋」の役割です。これって普通の男、女に権力・金力・支配力を持つ上層階級が期待している仕事そのものと言えるのです。

とまあ、こんなノベッラでした。作為に作為を繋ぎ続けて構成された物語なのでした。


2. 保安官補佐なる男と FBI の創設・その組織の近代化に最大の貢献をしたとされる男との重なり。

ヴィクタは雪嵐の中をセスナ機で強行した移動によって、そうでなくとも残り僅かになっていた最後の生命力を使い果たします。そうなるが早いかカトリーナの心には保安官補佐なる男、Sam Krieggstein の存在が一気に膨れあがります。

  この日の早朝には、午後の3時といった頃ともなれば、二人の幼い娘が待つ自宅に戻れていると踏んでヴィクタが待つバファロまで出かけたのでした。 しかし雪嵐に阻まれ、苦労のあげく何とか自宅に戻れたものの娘のことがずっと気になっていました。 自宅にたどり着いてみると、放って置かれた二人は、Sam Krieggstein サム・クリッグスタインの世話を受けて無事でした。

[原文] She returned to Krieggstein to thank him, and to get rid of him. He wanted to stay and bask in her gratitude. "How good it was of you to stand by me," she said. "Ysole gave me a scare, and I thought that Alfred would come and snatch the kids."
  "I'd do anything for you, Katrina," said Krieggstein. "Just now you're all wrapped up in Victor--how is he, by the way?--and I don't expect anything for my loyalty. No strings attached. …"
  Well, Katrina had to admit that Dotey was right on target. Krieggstein was presenting himself as a successor, humble but determined. Maybe he was a cop, and not a loony with guns. Give him the benefit of the doubt. Let's assume he was the real thing. He was getting his degree in criminology. He was going to be chief of police, head of the FBI. He might make J. Edgar Hoover himself look insignificant--he was off the wall, nevertheless. Since Alfred had removed all the art objects, the house had felt very bare, but with a man like Krieggstein she'd learn what bareness could really be.
[和訳] 彼女(台所の方に移動中のカトリーナ)は、クリーグスタインにお礼を述べて引き取って貰おうと思いこの男の方に目を振り向けました。彼はというと、しばらくはここに留まり彼女からの感謝のことば・気持ちに包まれ達成感に浸れるものと期待していたタイミングのことです。彼女は「あなたが居てくださってありがたかったです。イソールは私を脅したのですよ。私はひょっとしたらアルフレッドがやって来て子供二人を連れ去りはしないかと心配だったの。」と話し、淡々としています。
  クリーグスタインは遠回しながら言い返します。「あなたの為になるなら、私は何であってもさせて頂くつもりです。このしばらくはあなたと来たらヴィクタさんに完全に包み込まれていらっしゃる。ところでヴィクタさんのお身体の具合はいかがですかね? あなたがそんな具合ですから私がお役に立てたとすればそれだけで十分。お礼を期待している訳ではありません。餌に糸を繋いではいませんよ。」
  ところで、カトリーナは(口には出さないものの)ドティ(姉)の言葉が図星であったことを認めるばかりでした。クリーグスタインは自分こそがヴィクタの跡継ぎであると主張していることも感じとっています。控えめな態度を保っては居ますが根気強いのです。保安官に過ぎないとも言えます。しかし銃を手にした薄ノロではありません。はっきりと否定すべき要素はないのですから、怪しいだけではダメな人間と断ずる訳には行きません。 まあ、現実に見える通りの人間としましょう。この男は犯罪学で学士の資格を持っているのです。やがて警察組織の長ともなりかねません、FBI のトップかもしれません。あのエドガー・フーバーの上を行くなんてことにもなり兼ねません。フーバーなんて、名を成したとはいえ狂ったところもあった男ですから。(離婚訴訟の開始にあわせて)アルフレッドは美術品の全部をこの家から持ち出してしまったのですが、そのおかげでこの家の室内と来たら殺風景なことこの上なしです。 しかしクリーグスタインのような男が住み着けばカトリーナのことです、飾りっけのない部屋、その本当の良さを直ぐにでも見つけることでしょう。

Lines between line 31 on page 353 and line 4 on page 354,
"Saul Bellow Collected Stories", a Penguin paperback, 2002


《最後にひとこと》
今回の記事で話題にした事柄だけではありません。このノベッラにはこれでもかこれでもかと、相互に絡み合い、読者の気づきを期待している仕掛けが山ほどあるようです。決してこの記事を読んだだけでこのノベッラを読んだなどと思わないでください。


3. エドガー・フーバーなる人物の概要を Wikipedia で確認する。

Wikipedia (English) の J. Edgar Hoover の記述の冒頭は以下の通りです。

[原文] John Edgar Hoover (January 1, 1895 – May 2, 1972) was an American law-enforcement administrator who served as the final Director of the Bureau of Investigation (BOI) and the first Director of the Federal Bureau of Investigation (FBI). President Calvin Coolidge first appointed Hoover as director of the BOI, the predecessor to the FBI, in 1924. After 11 years in the post, Hoover became instrumental in founding the FBI in June 1935, where he remained as director for an additional 37 years until his death in May 1972 – serving a total of 48 years leading both the BOI and the FBI and under eight Presidents.
Hoover expanded the FBI into a larger crime-fighting agency and instituted a number of modernizations to policing technology, such as a centralized fingerprint file and forensic laboratories. Hoover also established and expanded a national blacklist, referred to as the FBI Index or Index List.
Later in life and after his death, Hoover became a controversial figure as evidence of his secretive abuses of power began to surface. He was also found to have routinely violated both the FBI's own policies and the very laws which the FBI was charged with enforcing, and to have collected evidence using illegal surveillance, wiretapping, and burglaries. Hoover consequently amassed a great deal of power and was able to intimidate and threaten political figures, including high-ranking ones.
[和訳] J. エドガー・フーバー(1895-1972)はその一生涯を米国の法律に基づく行政の執行官として過ごした人物です。犯罪捜査局の最後の長官をへて、FBI の初代長官となりました。FBI の前身である BOI(犯罪捜査局)の長官になったのは 1924 年、C. Coolidge 大統領の下でのことでした。フーバ―はその後 11 年その職で過ごした後に FBI 設立の準備を担当することになり、その発足時に長官となると、自身の死亡までの 35 年間、1972 年までその職にとどまりました。BOI と FBI を通算すると 48 年間の長きに渡り BOI・FBI の両組織を率い、合計8人の大統領に仕えました。
  フーバーは FBI をしてより大きな犯罪取り締まりの担当局に成長させると同時に警察の活動への技術導入という意味で近代化に貢献しました。指紋記録を全米規模で共同利用できるシステムの確立などの仕事です。このほか、「FBI インデックス」又は「インデックス・リスト」と呼ばれるようになった国家規模のブラック・リスト制度の導入と確立があります。
  フーバーはその在任中、更には死亡後に明らかになった資料に基づき、やがてその信頼性における疑問が指摘されることになった人物です。FBI の活動規範の順守義務違反や FBI が管轄する範疇における法律違反に対し目こぼしを受けていた咎です。加えて法規制に反する手段、通信傍受、強奪による証拠を収集を実行していた事実が判明したのです。総じて言えることはフーバ―が広範囲におよぶ権限を自身の下に配置させた結果、それを根拠にして、多くの政治家たちに特定の配慮を強要したり、脅迫したりすることが出来たのでした。餌食になった政治家たちにはトップランクの者も含まれていることが判明しています。

https://en.wikipedia.org/wiki/J._Edgar_Hoover#


4. Study Notes の無償公開

今回の読書対象である原書 Pages 344 - 354 に対応するStudy Note です。ご自由にダウンロードしてご利用ください。少なくとも単語帳として役立つはずです。

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