プレス!プレス!そしてプレス!

「ヨシノのことが好きです! 俺と付き合ってください!」
学校の体育館裏に呼び出され、同じクラスの男子、カケイから告白された。
カケイが私に好意を持っていることは去年、高校1年生だったときから知っている。
この学校では比較的明るく元気な性格で友人も多いカケイは、休み時間になるといつも馬鹿でかい声で他の男子たちとふざけ合っている。その都度、要所要所で私のことをチラチラ見てきてたし、下校のとき、廊下を歩いている私の前に他の男子に突き飛ばされるような形で躍り出て来て、「あ、すみません」とよそよそしい態度で去っていく、そして何事もなく下駄箱へ向かう私の後方から笑い声がゲタゲタ聞こえる。そんな場面にも何度も遭遇させられたから、カケイが私のことを好きなのはバレバレだった。
 2年生になっても再び同じクラスになったことで意を決したのか、今日、私は呼び出された。呼びに来たのはカケイ本人ではない。去年からカケイと仲が良い同級生の男子、ナカオだった。いつも通り真っすぐ家に帰ろうと席を立った私に
「カケイが体育館裏で話があるって」
と声をかけてきた。私はこのとき、すべてを察したので着いていった。体育館の影から誰かに押し出される形で躍り出てくる見飽きた光景で登場したカケイは、私と目を合わすことはなく、
「あの、えっと……」
と十数秒ゆらゆらしたあと、件の告白をされた。
『青春を押し付けられた』
私はそう思った。とても不快だった。友情の証か知らないが、仲間たちを使って散々私にアピールをし、プライドなど微塵もないほどにお膳立てをしてもらって私に告白をしてきた。どのくらい前からか知らないが、私が「うん」といって、それからは一緒に帰ったり、昼休み二人だけで過ごして、周りから冷やかされながらも羨望の目で見られたり、制服着たまま遊園地にでもいき、二人で撮った写真を私が嬉しそうにSNSにアップする、そんな姿を見てまたさらに私を愛おしいと感じる。そんな妄想に耽っていたのだろう。色々取り次いだ友人たちには末永く感謝し、卒業後の集まりで、振り返っては笑い合う。そんなカケイと仲間たちの『青春』を私は今、押し付けられようとしている。たまったもんじゃない。
「ごめんなさい」
一言だけ答え、踵を返して私は家路についた。後方からはカケイを励ます声や、デリカシーなくゲラゲラ笑う声が聞こえる。結局どう転んでも彼らの友情物語。私は逃げ場なく、『青春を押し付けられた』。
家に着く、母親が勉強はどうとか聞いてくる。昨日なぜバイオリンの稽古に行かなかったのかと訊かれる。昨日も答えたのに。塾の模試で成績が悪かったのだからもっと頑張らないと、と毎日のテンプレートで話しかけてきている。お姉ちゃんは海外の大学への留学が決まったのにと、比較対象を出して予測変換みたいにおんなじことを今日も言われる。
『世間体を押し付けられている』
才色兼備な姉妹の母親で、旦那は一流上場企業の部長。都内の一等地に大きな一軒家を構え、毎年海外旅行へも行ける。誰もが羨むセレブな奥様。姉には理想通り『世間体を押し付ける』ことができているが、私には黄色信号が灯っている。そんなことは母の中では許されない。なんとしてでも押し付けてくるだろう。
学校では誰とも話さず一人でいる私に、担任のコナカが「なにか悩んでいることはない? なにかあればいつでも先生に言ってね」と再三に渡って話しかけてくる。
『熱血を押し付けられている』
先生のおかげです。卒業する頃にはそんな言葉を引き出したくて彼女の『熱血を押し付けられる』。
塾へ行けば私の担当の塾講師たちがなんとしてでも私の成績を良くしようと、私にとってはしつこく、彼らにとっては手厚く面倒を見てくる。私が難関大学に合格すれば彼らの評価はあがる。そのために躍起になっている。
『評価材料としての一部を押し付けられている』
 どうしてこうも、みんな私に『押し付けてくる』んだろう? 中学時代までは友達もいたが、結局彼女らに『友情を押し付けられている』気しかしなくなって、今は好き好んで一人でいる。映画や小説やドラマも感動や恐怖、スリル、爽快感などを『押し付けられている』気しかしない。そんなことばかり考える私は世の中から見たら、「思春期」の一言で片づけられるだろう。『統計上そういう時期である。を押し付けられる』。ずっとずっと不愉快だ! 私は思春期だからこんなんなんじゃない! 他の人間と一緒にしないで欲しい。私は違う! 周りが何もかもおかしいのに、なんでこんな『押し付け』がまかり通るんだ!

 ある日の下校途中、急に何か吸い込まれた。いつの間にか森の中にいて、足元には鎧を着た騎士が倒れている。
 「この剣で……奴を……」
私に西洋風な剣を手渡してくる。無意識に受け取ってしまった。彼は息絶えた。顔を挙げて前を見ると、一つ目のヒグマみたいなバケモノがこっちを睨んでいる。
『ファンタジーを押し付けられている』
私はまたイライラした。それにこんなことは夢だと思っているからか、恐怖は全くない。禍々しい大声をあげ、バケモノが私に突進してくる。これは夢だから、抵抗する気もない。とっととやられたら目も覚めるだろう。私は剣を構える事もせず、棒立ちしていた。ただ、バケモノが気持ち悪いので目を瞑った。早く目が覚めればいい。
一瞬私のお腹の底まで響く強い衝撃を感じた。バケモノが私に体当たりをしたんだろう。車に轢かれたらこんな感じなんだろうか。目を開けると足元に先ほどの騎士、そこに少し重なる形でバケモノが倒れていた。バケモノから私にぶつかってきたはずなのに、バケモノの方が死んだ。そして私は夢から一向に目覚める気配がない。ここは現実なのか? だとしたら、
『無敵を押し付けられている』
そうなんだとしたら、それは悪くない。それなら悪くない。私は森を抜けてみようとバケモノたちを跨いで歩き始めた。

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