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『倚門之望』 ① 親の心子知らず

昨年4月に母が病気で他界した。82才だった。日本人女性の平均寿命87歳には、少し届かなかった。

親が亡くなったという事実を、もう一年以上が経過したのに、まだ受け止めきれない自分があるような、ないような自分でもよく分からない気持ちだ。

たまにふと、似たような過去の出来事やシチュエーションがあると、母を想い出しては、胸から込み上げてくるものがあるのだが、すぐにすうっと消える。

それだけ母の存在が大きかったということなのかもしれない。

男も女も大なり小なり、マザコンが多いように思う。私はマザコンとは思っていないが、、

しかし、産声を上げるまで母親の体内で10カ月も同化していて、またその後も半年間は、母の体内から作り出される母乳だけを吸って、命を繋いでいたのだから、母に依存することも自然なことなのかもしれない。

ぼくは母方の祖母を知らない。ぼくが生まれる1年前に平均寿命より30年も早い、56歳で亡くなった。

祖母は肺病を長く患っていたので、亡くなるまで母がよく面倒をみていたらしい。

母の下には弟妹が4人いた。病んで床に臥せている祖母の代わりに母が、まだ学生だった弟妹たちの面倒もよくみていたということを叔父、叔母たちから聞かせてもらった。

母は晩年「親よりも随分と長生きさせてもらって有難いよ」とよく言っていた。

そして、「1番の親不孝は親より先に死ぬことだからね。」と兄と私に釘を刺した。

ぼくは先のことなど、誰にもわからないことだと思ったが、口には出さなかった。

肉親がいなくなるということは、哀しいことである。

人は何かを失ったときに、その大切さや有難さに気がつく。

82年という生涯は、平均寿命には少し足りなかったが、十分に天寿を全うしたのではないかと思っている。

晩年は病気の後遺症が悪化し、病院や施設での生活を余儀なくされ、さらにコロナ禍が追い打ちをかけた。家族とも会えず、寂しい思いをさせたのが、とても悔やまれる。

しかし振り返ると、決して裕福な家ではなかったが、幸せな喜び多き人生だったように、息子として勝手に思っている。

ぼくは出来の悪い息子だったので、母には随分と苦労をかけたように思う。昔のことを思い出すと後悔の念に駆られる。

しかし、一番の親不孝な思いだけは、母にさせなかったことを手打ちとして、今は亡き母に苦労をかけた赦しを乞うのである。

母が亡くなったことは、ごく自然な理(ことわり)であり、受け入れるしかないのである。

人は誰だって、いつかその人生を終える。生きているということは、着実に死に向かっているということでもある。

すべて自然の理に身を委ねるしかない。

親が先に逝ったことも、自然な順序の理であり、有難いことでもあると思う。

想い返せば、母はいつも周りを明るく照らすような人であった。

そして時には厳しく、また情に満ちた優しい人でもあった。

母のことを想うとき、冒頭の中国の故事『倚門之望』という言葉が心に想い浮かぶ。

亡くなった母も王孫賈の母のような想いで、いつも私のことを心配してくれていたのだと思う。

きっと、今も私たち家族のことをどこかで、いつも見守ってくれていると思って感謝するのだ

ぼくも今は、4人の娘をもつ親となり、少し母の想いが分かるようになった気がする。


先日の夕方、高校生の娘から、学校の帰りに友達と一緒に晩ご飯を食べてから、家に帰ると連絡があった。

夜の10時を過ぎても、なにも連絡がなく、帰ってくる様子がないので、少し心配になった。

しかし、今はスマホの位置情報を調べれば、どこにいるかが、すぐに分かる。ぼくは、その操作方法を知らないので、三女に頼んで今どこにいるのか確認してもらった。

すると学校の最寄駅にいることが判明し、暫くすれば、返ってくると思い、妻と共に安心したのである。

そのスマホの機能は便利なものだと感心したが、また反面、今自分がどこにいるのか分かったら、ぼくはそれも嫌なことだとも思った。
疾しいところには行かないが、、。

便利な物もメリット・デメリットはある。

そして、娘はこちらの心配をよそに、「ただいま!」と元気よく帰ってきた。

ぼくは苦笑いで「おかえり!遅かったね。」と返した。

内心は「こっちがどれだけ心配したと思っているんだ!」と喉の辺りまで出そうになった言葉を飲み込んだ。

『親の心子知らず』

倚門之望

まさしくこの想いだ。

そして、ぼくよりも妻の方が深く心配をしていたのを感じた。

母親の愛情というものは、子供が思っているよりもずっと深い。

『倚門之望』 とても心に響く深い言葉である。


拙い文章を最後までお読み頂き、有難うございました🙇

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