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休職中の職業体験記

休職期間中は、孤独だった。

家族や友だちには適応障害の事を内緒にしていたし、親しくしていた同期からせっかく連絡をもらっても気まずくて、気づかないふりを貫いていた。

仕事を休み続けた半年間、私が精神を患っているという事情を知る人との交流は、ほとんど無かった。

他人と喋る機会は、週1回の心療内科の診察と、月1回の職場の面談くらいだったから、コミュニケーションが著しく足りていなかった。さみしかった。

頬の筋力が落ち、口角が下がった気がした。
それまで私はひとり言をいうタイプでは無かったけど「何か食べよっかなー」とか「そろそろ起きあがりますかねー」とか、意識的にひとり言を喋るようになった。でないと声の出し方を忘れてしまいそうだったから。

人として駄目になってるなーという実感があった。

人は社会的動物ともいうし、なんらかのコミュニティに属したり、誰かとコミュニケーションをとったり、社会と接点を持たないと生きていけないんだと感じた。私はもともと社交が苦手で、週末は一人で映画や読書を楽しむような、どちらかというと孤独耐性の強いタイプだけど、それでも無理だった。

どうしても他人と喋りたくて、社会復帰の前に誰かと喋れる(=社交が築ける)事を確認したくて、私はアルバイトを探すことにした。休職中の手当はもらっていたけど、それだけでは微妙に足りず、貯金も尽きかけていたので一石二鳥の計算だった。

うちの職場は基本的に「副業禁止」なので、源泉徴収でバレるアルバイトはNG。個人事業主として仕事を受けられる「夜の仕事」しか選択肢はなかった。職業に貴賎はないとはいえ、自分が水商売をするというのはちょっと気が引けた。でも、社交を必要とする気持ちが、それを上回っていた。

学生時代の友だちに斡旋してもらい
隣町のキャバクラでの体験入店が決まった。

私は25歳だったけど、お店のキャストは18〜20代前半(と名乗っている)人が多かったので、私もサバ読みして21歳を自称した。照明の暗さと酒の魔力に助けられ、皆んな信じてくれたようだった。緊張からたどたどしく喋ってしまっても、たいていのお客さんは「初々しくて良いねー」と言って「21歳/大学3年生の新人」に優しくしてくれた。

何人か印象に残っているお客さんがいる。

その内の一人、40代後半くらいの自営業の男性は、キャバクラに頻繁に通える程度には稼ぎが良いようだった。お金があるなら独身貴族を謳歌すればいいじゃんと思うけれど、結婚できず恋人もいない事がコンプレックスらしく「お姉さん俺のこと好き?」「俺はお姉さんの事好き」と誰彼構わず、卓についたキャストに告白していた。

キャバ歴の長いキャストは「好きー!指名してくれたらもっと好きー!」と上手く返していたけど、私は【好きでもない人に好きとは言いたくない】という謎のポリシーが発動してしまい「いや、会ったばっかじゃないですか!」と好意を突っぱねていた。

「なんで!?一目惚れってあるじゃん」という言葉には「そんな薄っぺらい好きで良いんですか!?」というマジレスを返してしまった。

「そうなんだけどさぁー(ばかデカため息)」
と肩を落として突っ伏すおじさん。

私はキャバ嬢として間違った返事をしてしまったらしいと反省すると同時に「この人も孤独なんだなぁ」と母性が芽生えてしまった。

それで、なんとなくおじさんの頭に手をやった。自分より一回りも上の男の人をヨシヨシするなんて、昼の世界じゃ考えられないけど、今は夜だし、まあいっかという気分だった。しょげてる人を慰めるのは自然な成り行きだと感じていた。

私は冷たくした事を謝って「フツーにしてたらかっこいいし、清潔感あるし、筋肉ついてるし、たぶんモテると思います」という、何となくの励ましの言葉をかけた。酒も勧めた。

おじさんは私を場内指名してくれた。

私はたまたま女という分類で生まれてきて、ある程度若かったから、世間に優しくしてもらえる。男女差別は良くないと分かっているけど「女には優しく」という昭和的なジェンダーバイアスに助けられてきたのも事実だ。

この時だって、私は孤独を解消するために「女」を武器にアルバイトを始める事ができた。思い立ってから入店まで2日とかからず仕事にありつけた。

でも、私が男だったらどうだろう。そう簡単に仕事が見つかったとは思えない。それどころか「男のくせに心を病むなんて情けない」という世間の目に怯え、引きこもり、もっと苦しんだかもしれない。

そう思うと、来店するおじさん達をみる目が変わった。皆んなさみしいんだよね。誰かと話したくて、誰かに存在を肯定されたくて、決して安くないお金を払ってお店に来ているんだね。お金で自己肯定感を買わないとやっていけないなんて、虚しいよね。せめて今だけは楽しく過ごそうね。そういう気持ちになった。

結局キャバクラは、2週間ほど出勤して辞めた。
復職の目処が立ち、生活リズムを戻す必要があったからだ。振り返ると、復職前に他人と接するリハビリができたのは幸運だったし、おそらく年齢的に今しか経験できないアルバイトができて良かったと思っている。何事も経験しておいて損はない。

復職した現在も、たまに孤独について考える。

みんな何でもない顔で生きているけど
それぞれの孤独を抱えて生きているんだろう。

性別とか年齢とか、そんなのただの記号に過ぎなくて、誰だって孤独はイヤで、誰かと会話して、触れ合って、社会的につながっていたくて、自分はかけがえのない存在だと実感したいという欲求を持っている。だからこそ、見てくれに関係なく、できるだけ他人に優しい人でありたい。

2024/04/28_18

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