掌編 それなりに、上手くやってます 高北謙一郎
こんにちは。週に一度の掌編投稿です。
有料設定を投げ銭的なものに切り替えました。最後までお読みいただく事が可能になっております。
なお、設定を切り替えるにあたり、これまで投稿していた掌編を加筆訂正しております。随時、更新していく予定ですので、よろしくお願いします。
【それなりに、上手くやってます】 高北謙一郎
まったくもって心外だった。屈辱的といってもいい。大陸最強の始末屋と呼ばれた俺が、こんなところでさらし者にされているなんて。
さっきから、人間たちが俺のまわりに集まってきては「かわいい、かわいい」と騒いでいる。どんなに睨みつけてもどんなに威嚇しても、連中は黙らない。「かわいい、かわいい」「かわいい、かわいい」……いったい何を基準に口走っているのやら。
俺がここに連れてこられたのは、今からひと月ほど前のことだ。最初ずいぶんと透明な氷だと思っていたものは、人間たちの言葉によると「ガラス」というものらしい。
「ガラス」によって取り囲まれた小さな部屋――それが俺の現在の居場所だ。
奇妙な味がする水と取ってつけたような岩場があり、毎日定期的に人間が「餌」と称する魚を放っていく。たいして身体を動かすことはなくても腹は減るからそれを食べる。するとそんな俺を見ながらまた人間たちが「かわいい」を連発する。毎日この繰り返しだ。ノイローゼにならない方が不思議なくらいだ。
そもそもどうしてこんな場所にやってきてしまったのか。
それは完全に不慮の事故としかいいようがない。
あの日、俺はいつものように依頼を受けた相手を始末するために夜の海を泳いでいた。真っ暗な水の中は危険ではあったものの、誰にも見つかることなく進むには都合がよかった。
ところが、運が悪かった。人間たちの仕掛けた罠に嵌まった。文字どおり網にかかった。一瞬にして身動きが取れなくなり、なにか鋭い痛みを感じた時にはもう、意識を失っていた。そして気がつけば、このよく分からない透明な部屋に閉じ込められていた。
おどろいたことに、ここには俺と同じような境遇の者が大勢いた。同時期に送り込まれた者もいれば、もっと以前から閉じ込められている者もいた。どいつも虚ろな目をして、まともに言葉を交わすこともない。最初はそれを気味わるく思ったものだが、ここでの暮らしを続けているうちに理解した。変わり映えのない毎日、スリルのない日常、そして繰り返される「かわいい」の乱れ打ち……まったくもってウンザリだ。
「ホラそこの君、そんな高い場所に上ってないで早く下りてらっしゃい」
足もとからの声に視線を落とす。
岩場の低い位置に、見慣れた人間の顔があった。
俺たちの飼育係を名乗るオンナだ。名前をマナミといった。新人らしい。飼育係で新人のマナミ……覚えやすくもあるが、覚えることにこれといったメリットは感じられない。
「君と私は同期なんだよ、新入り同士仲良くやろうよ」
最初から妙に馴れ馴れしいオンナだったが、最近では厚かまいことこのうえない。
こいつは毎日のように俺たちのいる部屋に踏み入ってきては、「餌」と称する魚を放っていく。まったく使えない人間としか思えないが狩りの才能だけはズバ抜けているらしく、「餌」を欠かしたことはない。ヒトは見かけによらないものだ。
俺はノロノロと岩場を下りていく。本当はマナミの言葉なんて無視しても構わないのだが、ヤツは俺が下りていくまでずっとその場を離れようとはしないし、なによりあまりノンビリしていては他の連中に「餌」を取られてしまう。実際すでに大勢のペンギンたちがマナミのもとに集まりつつある。急がないと。
しかし俺が目的の場所に辿り着くより先に、事件は起こった。
叫び声が聞こえた。「餌」に意識が向いていた俺は完全に虚を衝かれた。
見るとマナミの周りに4羽のペンギンたち。2羽がマナミの左右の腕を押さえ、1羽がその首筋にくちばしを突き付けている。もう1羽は「餌」の入ったバケツを抱え、周囲に睨みを利かせていた。俺を含めた他の連中は、皆ぽかんとその場に立ち尽くすばかりだ。なにが起こっているのか、まるで理解が追いつかなかった。
「動くな」と、バケツを抱えた1羽がそんな俺たちに言った。「この魚は我々が戴く。そして我々は、このオンナを人質にここから出て行く。このオンナさえいれば毎日の食事には困らないからな。どうだ? 雑用係でもいいなら仲間に入れてやらんこともないぞ」
その言葉にほかの3羽が笑う。その品のない笑い声を聞きながら、周囲に立ち尽くしたままのペンギンたちは、戸惑った表情で互いに目配せを繰り返している。
こんな時にかぎって、あたりに人間たちの姿はなかった。どうやら自分たちでなんとかするしかなさそうだ。とはいえ、俺としても判断に迷う。たしかにマナミさえいれば「餌」には困らない。しかし、はっきり言って四六時中こんなヤツと一緒なんて、考えただけでウンザリだ。正直まだこの部屋に留まっていた方がマシじゃないかと思う。
とはいえ、コイツが連れて行かれてしまったらいったい誰が「餌」を運んでくるんだ?
マナミがどうなろうと知ったことではないが、このままここで飢え死になんて、まっぴらゴメンだ。いやしかし、そもそもそんなことより……
「どうにも気に食わない」
口の中でつぶやく。たしかに状況だけ見ればクーデターを目論むペンギンたちが有利だ。それでも、好んでこいつらの仲間になろうとは思えなかった。
何故なら、こいつらはどう考えても強そうには見えないからだ。もちろんマナミのこともある。ペンギンだって見た目によらないことだってあるだろう。しかしどう贔屓目に見ても俺が負けるとは思えない。
そう、結局この群れの中で最強は俺だ。この連中に与する必要はない。にもかかわらずこいつらはなんだ? まるでボス気取りだ。気に食わない。まったく気に食わない。
マナミは引きつった顔でペンギンの群れを眺めている。誰か助けて、助けてくれたら「餌」をいつもの倍はあげるから……目が訴えている。
まったく、コイツはどうやって毎日あれだけの「餌」を捕まえているんだ? それだけの能力があれば、これくらいピンチでもなんでもないだろうに。
「ちょっと君さ、そんなところで他人事みたいに眺めてないで、助けてくれないかな?」
マナミの視線が俺を捉える。「君、この中でイチバン強いんでしょう? だからいつも岩場のテッペンでふんぞり返ってるんでしょう? だったらさ、この悪ガキどもをなんとかしなさいよ! なんとかしてくれないと、もう二度と「餌」をあげないんだから!」
おいおい、それがペンギン様にモノを頼む時の態度かよ?
俺が岩場に上るのはそこがこの部屋でイチバン高い場所にあり、少なくともお前みたいな人間どもに見おろされることがないからだ。「餌」を狩るしか能がない、お前みたいなヤツにエラそうにされる謂れはない。
馬鹿オンナのせいでムダな注目まで集めてしまった。いつの間にか俺のまわりには敵対勢力と思しきペンギンたち。というか、ほかの連中は皆、早くもマナミを見捨てたようだ。あっという間に孤立無援だ。
この嫌われ者め。巻き添えもいいところじゃないか。
それでも俺は動いた。「餌」につられたわけじゃない。マナミを助けようなんて思ってもいない。ただ、この退屈な日々の中で久々に楽しめそうだったから……久々に、思う存分あばれることができそうだったから……最初に徒党を組んだ雑魚たちをなぎ払う。次にマナミにくちばしを突き立てている1羽の懐に素早く飛び込み、手刀の一撃。次に右の1羽、次に左……すべては一瞬だ。連中は今、なにが起こっているのかも分からないだろう。
最後は「餌」の入ったバケツを抱えたままの、ボスらしき阿呆面を仕留めに掛かる。そもそもこいつがあんなエラそうな態度に出なければ、もっと素直に仲間になってやってもよかったのに。口は禍のもと、気をつけた方がいい。
間合いを詰める。身体にひねりを加えると、勢いを増して一気に相手の頭頂部にキツイ一発をお見舞いした。相手は無様な呻き声をあげると、そのままバケツの中に顔を突っ込んで崩れ落ちた。
倒れ伏すペンギンたち。視界の隅に、称賛の眼差しを向けるマナミ。
人間たちに、もっと見せてやりたかった。今の場面を目にしていれば、もう誰も「かわいい」なんて抜かすことはなくなっただろうに。
「君、ホントに強かったんだ」マナミが抱きつかんばかりの勢いで近づいてくる。「伊達にエラそうにしてるわけじゃないんだねぇ」
当たり前だ。俺は小さく肩を竦める。
得意顔の俺の頭に、マナミが手のひらを乗せた。そして、まるでとっておきの褒美でもくれてやるかのように、俺の頭を撫でながら言った。
「かわいい」
コイツ、やっぱり助けてやるべきじゃなかった。
《了》
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