ビジョン、あるいは混乱をもたらすもの
結構役に立ち、しかも面白いことが書けた気がする。
1.この記事の狙い
ビジョンは、企業理念や経営戦略の文脈でごく普通に使われる用語で、「未来の姿」、「将来あるべき姿」を規定したものだとされています。上手に使えば有用なものですが、「ミッション」や「パーパス」という言葉と同様、この言葉もしばしば混乱をもたらします。
この記事は、「ビジョン」という概念を有効活用するために、ぜひ理解しておきたいことを紹介します。この内容を理解しておけば、たとえば「ビジョンとは何か?」というテーマで不毛な議論を延々と繰り広げたりするとか、時間の浪費を予防できると思います。
2.ビジョンの6パターン
「未来の姿」といっても、何の未来の姿なのか?言い換えればビジョンの主語というか「視点」は、会社によってまちまちである。また、そのビジョンがいつ達成されるとしているのかも、やはりまちまちである。世間にあるビジョンといわれているものを見ると、少なくとも以下のパターンがあるようだ。
視点
自社
世界や顧客
自社と、世界や顧客の両方
達成の期限
中長期
半永久
ビジョンの「視点」で3パターンあり、「達成の期限」で2パターンだから、組み合わせを機械的に計算すると、ビジョンには3×2=6パターンあることになる。
このパターンの意味を理解してもらうため、具体例を二つ引用する。あくまでも、上の6パターンを説明するために挙げるものであり、ここに引用したビジョンが特に良いとか、あるいは悪いとか言うものではない。
以下の東急不動産ホールディングスのビジョンの「視点」は自社、「達成の期限」は中長期(2030年)であると考えられる。
ソニーのビジョンの「視点」は世界や顧客、「達成の期限」は半永久と考えられる(私たちは〜という言い方なので、文法的には主語は自社だが、その意味は感動と安心に満ちた世界を実現するということであり、実質的な主語、もしく視点は世界といえる)。
さてここで、ある会社でビジョンを策定するために話し合いが行われたとしよう。田中さんは、ビジョンの視点は自社、達成期限は中長期だと思っており、山田さんは視点は世界、達成期限は半永久だと思っているとする。鈴木さんは視点は自社、達成期限は半永久だと思っている。これでは話が噛み合うはずがない。
問題は、ビジョンはどのパターンであるかによって、その使い方が異なる、ということである。
3.ドラッカーの「ビジョン」
ドラッカーは言わずと知れた現代経営学の父である。本節の記述は、その著書『経営者に贈る5つの質問』に基づく。
それによると「ビジョン」は、視点は「世界や顧客」、達成期限は「半永久」である。
これを見る限り、ドラッカーの言う「ビジョン」は、理念を補足説明するものであり、主役はミッションである。いうなればこれは、理念としてのビジョンである。その役割はミッションと同じく、組織の存在目的や使命を定義することである。したがってこのビジョンは、理念体系の一部とするのが適切である。後述する戦略としてのビジョンではない。
上の引用の近くで、二つのビジョンの具体例が掲載されている。
4.コッターの「ビジョン」
ハーバード・ビジネス・スクールの教授で、その著書「Leading Change」(邦訳の標題は『企業変革力』)は、アメリカで組織変革の分野のベストセラーになった。日本でもかなり売れており、実際に現場で使われてもいる。その中で解説されている「8段階の変革プロセス」で、組織変革のためにはビジョンと戦略を作ることが求められている。ビジョンは戦略の裏付けがあるものであり、戦略とセットなのである。
コッターのビジョンは、次の箇所で明言されている通り、視点は「自社」、達成期限は「中長期」である。
なお、良いビジョンの特徴として、次の6つが挙げられている。
「実現可能」というのは、ビジョンが達成可能な目標から生み出されたものであり、戦略による裏付けがある、すなわちビジョンを達成する方法が示されていることを含意する。また、作成したビジョンが望ましいものかどうかを判断するために、次の3つの質問に答えるよう勧めている。
またコッターは、ビジョンの難易度について次のように言及している。端的に言えば、ビジョンは達成困難と思われるくらい、難易度の高いものでないといけない。
これはコリンズが『ビジョナリーカンパニー』[1995]で解説している、「社運を賭けた大胆な目標:BHAG(Big Hairy Audacious Goals)」と事実上同じだと思われる。
以上のように、コッターのビジョンは戦略としてのビジョンとでも呼ぶべきものである。このようなビジョンは理念体系に含めず、中期経営計画のようなもので定義するのが適切だと思う(といっても、別に理念体系に入れても誤りということはないと思う)。
おわりに
以上、ビジョン6パターンのうちの2つについて解説したが、残りの4パターンは特段提唱している理論を知らない―探したらあるかもしれないが―。これは推測に過ぎないが、おそらくはドラッカーとコッターのビジョンから派生したのではなかろうか。しかし派生したというと多分きれいに言い過ぎで、実際は現場で良く分からないで使われているうちに意味がぶれていったのであろう。
ただ少なくとも、「自社」×「半永久」のパターンは、かなりの高確率で―おそらくは100%―、ミッションと同じになってしまうので、あえて定義する意味はない。
また上述した通り、ドラッカーの「ビジョン」とコッターの「ビジョン」では機能が全然異なる。用語に惑わされずに、自分たちが何をしたいのか、何を目的としているのかをしっかり把握して、その用語で表したい本質を理解する必要がある。
2022.10.5更新
「視点」を当初は主語と書いていたが、視点のほうが意味が通りやすいと思われたので修正した。
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