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ブラック企業勤めのアラサーが文学フリマ東京に出るタイプのアラフォーに成長するまでの話③

<前回までのあらすじ>
 ブラック企業勤めで心身を病んだ山羊座の女(アラサー)は2019年、朗読と文章の学校にたどり着いた。初めての文章の課題はラブレター。その内容は「ラブレターを書いちゃってる私」への照れが全面に出たダメダメなものだった。この経験によって、文章の極意である「書いている私を消す」「照れをなくす」ということを習得し、山羊座の女のレベルが1あがった。


 2019年2月に朗読と文章の学校に通い始め、その1か月後の3月。ブラック企業が少しだけひまな時期に入ったので、私は月曜に休みをとり、日曜と合わせて一泊二日で東京旅行に出かけた。目的は「乃木坂46Artworksだいたいぜんぶ展」。東京住まいで坂道に少しだけ詳しい友人とふたりで現地で合流し、乃木神社などを巡って楽しんだのだが、その上京の機会に一人でソラマチに行き、すみだ水族館に行った。

 すみだ水族館に入ってすぐに目を奪われたのは、大量のクラゲである。足の長いもの、短いもの、傘のふっくらしたもの、元気のないもの……次々と現れるたくさんのクラゲ、クラゲ、クラゲ。狭い水槽に数匹ずつ入れられた彼らをみて、私がいちばんびっくりしたこと。それは、足が絡まりまくっていることである。

 あの水槽でもこの水槽でも、いろんなクラゲの足が絡まり、絡まったままぷかぷかと浮かんでいる。検索してみると、クラゲの足は絡まりやすく、動けば動くほど生理反応でくっついてしまうらしい。

「気の合わないクラゲと同じ水槽に入れられた挙句に足が絡まったら、めちゃくちゃ嫌だろうなあ……」

 そんな気持ちを抱えながら、売店でアカクラゲのマグネットを買って、すみだ水族館をあとにした。

 ところで、須賀しのぶの『革命前夜』の文庫版解説で、朝井リョウが次のように述べている。

「小説家には、“書けないものない系”の書き手と“書けるもの少ない系”の書き手がいる、ような気がする。前者は、自分自身が存在しない世界を舞台に物語を作り上げることができる。」

 そして須賀しのぶは前者である……という内容が書かれている。“書けるもの少ない系”の書き手はつまり、自分の経験、自分の生きている世界を舞台にものを書く人のことである。

 2019年4月末。朗読と文章の学校に通い始めて2か月が経った。その間に書いた文章は4本ほどで、すべてブラック企業についてや自分の思い出などにまつわるエッセイだった。周りの先輩たちはフィクションもエッセイも詩もお手のもので、課題のたびに皆さんの「幅」を見せつけられ、私より1か月遅れで入校したのちの糸瓜曜子も何かめちゃくちゃ文章がうまい。私は思った。

 私、朝井リョウのいうところの“書けるもの少ない系”でエッセイしか書けないんだ……。

 私は自分の身に起こったことしか書けない“書けるもの少ない系”の底辺である――そういう思いで、課題が出るたびにせっせとエッセイを書き続けていた。

 そんなある日。朗読と文章の学校で、「おさかなナイト」というイベントをすることになった。

 イベントの内容としては、ある飲食店で、魚に関する文章の朗読会を開催し、その文章で扱った魚を調理してもらってお客さんに提供しようというもので、それに向けて各自好きな魚で文章を書くことになった。

 魚の担当を決めるとき、私は迷わず「クラゲがいいです!!」と言った。足が絡まったクラゲの悲哀を書こう、と心に決めた。

 課題提出日。他の先輩たちは、鮭、太刀魚、近大マグロなどについて書いていて、どの文章も美しかったり、おもしろかったり。なお、この時に生まれた隼瀬灯火氏の詩「SAKEROCK」は「シャケナベイベー」という流行語を生みだした伝説の一作となるのだが、それは置いておいて。

 課題の朗読の前、私はひどく緊張していた。指は震えて冷たくなり、声が出る気がしなかった。足も石膏像のように固まって動かない。にんげんって本当に緊張するとこんな状態になるんだな、となんとなく思った。

 私の緊張の理由はただひとつ。作品の内容が「クラゲの少年の性のめざめ」を描いたものだったからである。

 文学は、多少きもちのわるいものである。田山花袋の「蒲団」とか、江戸川乱歩の「人間椅子」とか、きもちのわるい文学作品は枚挙にいとまがない。でも田山花袋も江戸川乱歩もみんなの前で自分が書いたきもちわるい系の作品を朗読したことがあるだろうか。いや、あるかもしれないが、私は今までまっとうにまじめ一筋で生きてきた、清純派のいちブラック企業勤め。きもちわるい文章を朗読したことなどなく、震えがとまらなかった。

 きもちわるい、と思われるかもしれない。
 そう思いながら私は「冷静と情熱のあいだを漂うアカクラゲの煩悶」を朗読した。

 結果的に、文章の師匠のKさんからはすごく褒められた。周りの反応も悪くなくて、いまだに「クラゲの話よかったですよね」と言ってくれる仲間もいる。思っていたよりも反応は上々で、恐れていたような「きもちわるい……」というような反応はなかった。

 きもちわるい、と思われるかもしれない。そう思いながらも私がこの作品を課題として提出・朗読したのは“書けるもの少ない系”……というか“自分自身の経験からしか書けない系”から脱したいという一心からだった。
 そこから少しずつ、私はフィクションを書くことができるようになった。


次回は、文章の学校にて「売春婦になりきる」という課題が出たので書いてみたら、私の作品だけ舞台が現代日本じゃなかった話をお送りいたします。


<おまけ>

お題   おさかなナイト
提出日  2019年5月21日
タイトル 冷静と情熱のあいだを漂うアカクラゲの煩悶

 アカクラゲの少年は悲しんだ。彼は岩間から遊び場に出ようとして、触手が絡んで遊びに行くことができなくなってしまったのである。ああ、こんなことなら横着せずに岩場を迂回すればよかったのだ。焦れば焦るほど、触手はますます絡まった。
 少年の触手に絡まったもの。それは女であった。水面から岩の隙間を通る光がかすかに彼らを照らしているから、それと知れたのである。同じアカクラゲの、ときおり蟹の子らが吐くぷっくりとした泡沫のような、見たことのない女だ。
 女とぶつかった瞬間、互いの触手は一二本触れ合って、そこから、絹の糸が絡まり合うように、息を飲む間もなく絡みに絡んだ。解こうとすればするほど、生理反応で絡み合い、今やもう、一つの生き物のようであった。アカクラゲの少年は途方に暮れた。
 しばらくして、女はふっと息をついて力を抜いた。透明な傘がふわりと舞い上がる。アカクラゲの少年はどきりとした。無論、女は少年に身を任せたわけではない。流れに身をまかせたのである。
 少年も年上の女に習い、つとめて身を流れにまかせた。ぷかぷかと二匹が漂う波間で、見上げた女は差し込む光に照らされてどこまでも透明であった。



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