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世界とつながる足もと

河北新報夕刊「まちかどエッセー」に2021年7月から隔週で8回にわたり書いたもの。「河北新報オンライン」が会員制になったというのでここに再録する。

この時点では、同作がアカデミー賞まで取るとはまったく考えていなかった。
(初出:河北新報夕刊「まちかどエッセー」2021年9月6日)


NHK朝の連続テレビ小説に出演中の西島秀俊が主演、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』を観た。日本人初の脚本賞を含むカンヌ国際映画祭4冠ともなれば期待も高まるというものだが、村上春樹の原作から物語をたくみに映画へと昇華させ、3時間という長さをまるで感じさせない作品だった。

42歳という年齢で日本を代表する映画作家となった濱口監督は、意外なほど仙台にゆかりがある。大学院の卒業制作としてつくった『PASSION』が2009年の仙台短篇映画祭で上映されたことにはじまり(ちなみに、今年の同映画祭では9月20日に彼の特集が組まれている)、2011年の東日本大震災の後には、せんだいメディアテークを活動の拠点として、東北の人々の言葉を正面から捉えたドキュメンタリー3部作「なみのおと」「なみのこえ」「うたうひと」(酒井耕との共同監督)を制作した。カンヌ受賞作の「ドライブ・マイ・カー」にまつわるあるインタビューでは、その経験が演出方法の根底にあると語っている。さらには、もうひとつの最近作「偶然と想像」が今年3月のベルリン国際映画祭で銀熊賞をとったというニュースが報じられた際に、紹介された映画の場面写真が仙台駅前であったことに気づいた方もいるはずだ。

世界的に活躍する作家などと聞くと、どこか遠いところの人のような気がしてしまうかもしれないが、濱口監督の20代、30代、そして40代という歩みを紐解いていくと、決してそのようなことはない。仙台、東北という土地とそこでの人々との出会いが、彼の創作を育む培地としてたしかに役割を果たしてきたといえる。

そのように思うと、映画に限らず、さまざまな芸術分野や創造的な営みにおいて、たとえば地方と東京、日本と世界、あるいは、アマチュアとプロといった、自分の足もととその先にある光景は地続きなのだという、ごく当たり前のことに気づかざるを得ない。だからこそ、私たちの暮らす日常には、映画祭のように若い才能を受け入れ交わり合う機会や、ミュージアムのように世界に開かれた窓をのぞく場所が必要なのだろう。賞や評価といった結果だけに飛びつく前に、そこにいたる想像/創造を育む場を保つことこそ大事に思えてならない。

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