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銭紋~敵から見た 真田の脅威~

栄華を極めた時の天下人、豊臣秀吉
豊臣秀吉が病死するや否や腰淡々と豊臣政権五大老筆頭 徳川家康が豊臣政権の実権を少しずつ握っていった…
そんな徳川家康を抑えようと豊臣政権五奉行筆頭 石田三成ら多くの豊臣恩顧の大名が関ヶ原で対峙した
関ヶ原の戦いはわずか6時間ほどで家康側の大勝利に終わり豊臣政権の実権は着実に徳川家康が握ることになっていった…
そんな徳川家康が徳川家の天下を更に盤石なものとする為に慶長19年11月大坂冬の陣が開戦した!

大坂城では幕府に対抗する為に集められた関ヶ原の戦い以降、改易された者、浪人となった者らが集まって軍議をしていた
その中でも特に発言力、指揮力があった者が
明石掃部頭
長曾我部盛親
毛利勝永
後藤又兵衛
そして、真田信繁の大坂5人衆であった

豊臣秀頼「これだけの豊臣恩顧の武士らと亡き父上が築かれたこの大坂城さえあれば徳川の軍勢なぞ恐るるに足らんのぅ!はっはっはっ」
後藤又兵衛「殿、まさか、このまま籠城戦で勝とうなんてつもりじゃないでしょうな!」
毛利勝永「これだけの城であれば我ら豊臣恩顧の武将らで攻めに出るべきじゃ!」

塙団右衛門「おー!そうじゃ!そうじゃ!」

明石掃部頭「敵とはいえ、むやみに戦いに出る事もなかろう!ココは殿の言う通り籠城戦で幕府が撤退するのを待つべきであろう
撃ってでるのは撤退し始めた後でよかろう」

長曾我部盛親「明石!お主、弱腰じゃの!
ここは攻めるべきじゃ!」


後藤又兵衛「真田の旦那!アンタさっきから黙ってるが……何か言う事はないのかい!
真田は軍略家の名門だろ?策の一つでも披露したらどうなんだ!」

真田信繁「私も後藤殿らが言うように積極的にこちらから攻め、京都の瀬田あたりで徳川を迎撃するのが良いであろうな。」

後藤又兵衛 ニヤリとする「よし、決まった殿、殿を先陣に大坂方の士気を挙げ攻めるぞ!」

淀の方「ならぬ!大将がもし、撃たれる事があれば戦は終わりぞ!」
大野治長「後藤殿!淀の方の言う通りじゃ、
我らの大将は其方ではない!秀頼様じゃ!
秀頼様が籠城と言っておる以上、籠城戦をせよ」

毛利勝永「何の為の軍議なんじゃ!」

真田信繁「籠城戦でも勝てる策は立てられますが……この欠点がある城では到底勝てますまい…」

豊臣秀頼「……欠点じゃと?何を寝ぼけた事を…亡き太閤殿下が築かれたこの城に欠点などあるわけがなかろう!」

真田信繁「では、私はこれにて、城から出ます。最初から勝ちを敵に譲る戦なぞ出るつもりはありませぬ故……」

豊臣秀頼「ま、待て!……関ヶ原で豊臣恩顧の武将らは豊臣を見限りこの数年で天下の豊臣はあの狸親父に実権を握られ今や戦を仕掛けられておる始末じゃ!
あの狸親父を倒して豊臣の力を再び天下に示したいそれには今、ここにおる豊臣恩顧の武将らの力が必要不可欠だ!
そこには真田!其方も含まれておる!
其方の言うこの城の欠点申してみよ!そして、豊臣に勝利をもたらしてくれ」

真田信繁「殿がそこまで申されるなれば……
では、先ず大坂城の欠点ですが南の守りが薄過ぎる……故に敵はココを攻めてきます」

豊臣秀頼「なれば、どうしたらいい?」

真田信繁「南に出城を築くのが宜しかろうと思いまする!
その出城、この真田めにお任せくだされば
徳川の軍勢をここで食い止めまする!」

豊臣秀頼「よう申した!真田!天下の軍略家ここにありじゃな!築城の件、差し許す!」

真田信繁「はっ!」

大坂城の南、立てられたその出城は
小曲輪を含めると南北270メートル余、東西280メートル余と推定している。半円形の曲輪で出口は後方と両脇に位置し、三方に堀、塀が巡らされ外側には三重の柵を敷いた。
真田丸は正方形に近い五角形の平面体で南から攻めくる徳川の攻撃だけではなく大坂城に面した北側にも堀、塀が巡らされたただの大坂城を守る出城ではなく全方向からの攻撃出来る正に攻める為の独立した城であった。

この出城こそ、真田丸である

徳川家康「出城? もっと近くまで陣を移動させる茶臼山に陣を移すぞ」
徳川家康「なんじゃ、誰じゃ、誰があの邪魔なところに出城なぞ」
物見「真田信繁が立てたようです」
徳川家康「また、真田か!…真田、真田、真田!おのれ!また、また…ワシをくるしめおって!
あの出城の正面におるのは確か前田利常だったのぅ、前田利常に塹壕を掘り、土塁を作って決してあの出城に攻撃をかけるな!と伝えよ!」
物見「はっ!」

真田丸の正面には前田利常率いる2万の軍勢
重臣、長如庵、長好連、本多政重、前田知好、篠原一孝、山崎長徳、山崎長常、岡島一吉、冨田重政、冨田宗高らを従えていた

12月4日未明、井伊直孝、松平忠直、藤堂高虎が大坂城南斜面の総構えに対して猛攻を敢行した
井伊直孝「あの出城に構うな!我らが目指すは大坂城ただ一つ!いざ!かかれ!」

おー!

この三隊の猛攻に刺激され徳川家康に攻撃するなと命じられていた前田軍重臣、本多政重、山崎長徳が
本多政重「我らがこの城を囲んでおって前田家だけが塹壕、土塁を作って戦に参戦できぬでは、前田家に軍功無しと笑われるネタになる!ココは命令を無視しても我らだけであの邪魔な出城を攻め落とすぞ!いくぞ!山崎殿!」
山崎長徳「おうよ!」
本多政重、山崎長徳は夜陰に紛れ抜け駆けし真田丸の南北から忍び寄ってしまった。
真田丸の空堀は通常の物より深く、塀は極めて頑丈で並の物より少し高めでそれだけであったがいざ戦闘になるとこれが絶大な威力を発揮した。

本多政重「よし!何のことはない!塀まで着いた!このまま攻め上がって一番槍はワシが取る!……朝日か?……は!?なんだと!ココは堀の中か!? いや、抜け出せばどうという事は……出られん!不味い!」
朝日が登り白々とあたりが見えだすと本多政重隊は堀の中いた。堀に入った寄手は空堀から出られず大混乱に陥った。
陽が登り、寄手の前田勢が塀際で立ち往生してるのを真田信繁は見逃さなかった。

真田信繁「前方の敵!放て!」

連射する銃声
真田信繁の号令に伴い堀内に身を伏せた前田勢の将兵は銃弾を浴びた
本多政重「ひぃー!しもうた!引け!引け!」
銃弾を浴びて死傷する前田勢の将兵数知れず…
その後も真田丸全体が咆哮し、前田勢の足軽頭、鉄砲頭らが次々と射殺され前田勢は一瞬のうちに数百人に及ぶ死傷者を出した。
これを機に真田丸から真田信繁率いる赤備え隊が前田利常目掛けて出陣!
前田利常隊囲まれる。

前田利常「政重らめ!ただでさえ前田の徳川での居場所が狭い中でとんでも無い失態をしてくれおって💢」
長如庵「政重殿……なんたる事を……
いや、今は兵を引かねば殿の元へ行かねば!信秀(浦野孫右衛門信秀)!、紋兵衛(加藤紋兵衛)!ついてまいれ!」
加藤紋兵衛、浦野孫右衛門信秀「はっ!」

長如庵、かつて織田信長に仕えた歴戦の鬼武者!御年69歳となるもその戦いぶりに衰えなく精強な真田信繁率いる赤備え隊と対等に戦い前田利常の本隊に合流。

前田利常「よぅ、参った!如庵!阿保の政重のせいで見よ!劣勢じゃ!大御所様になんと詫びれば……」
長如庵「殿!今は嘆いている場合ではありませぬ!敵の術中にハマり最前線の真っ只中!
今は兎に角逃げるしかありませぬ!」
前田利常「恐るべき、真田……くっ!
皆、ようやった今は引くぞ!引け!引け!」

真田信繁「皆の者!我らの勝利じゃ!
勝鬨をあげよ!エイ!エイ!おー!✖️3

こうして、真田丸の戦いは真田信繁の築いた真田丸と真田信繁率いる精強な赤備え隊の活躍により大坂方の大勝利となりました…
その後、大坂城は非業の最期へ突き進みますがそれはまた、別の話。










#創作大賞2023

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