見出し画像

ホタルノヒカリ #11

このエッセイは、2017年、約4か月にわたり韓国の有機農家さん3軒で農業体験取材を行い、現地から発信していたものです。これから少しずつnoteに転載していきます(一部加筆、修正あり)。

2017/06/18 

 一昨日、久しぶりにホタルを見た。カエルが大合唱する声を聞きながら、星空の下を歩いていくと、闇の中で静かに瞬く光に出合った。空の星がいくつも降りてきて、ワルツを踊っているようにも見えた。

 一緒に見に行った韓国人の少女が、日本語で「あそこにもあるよ」と言った。振り返ると、川に沿ってゆらゆらと漂うホタルの姿があった。「“ある”じゃなくて、“いる”と言うのが正しいのかな」とつぶやいた少女の横で、カナダ人の女の子が日本語で言った。「きれい。初めて見ました。カナダは寒いから、虫は死んじゃう」

 ホタルは韓国語で「반딧불이」、英語で「firefly」と言うそうだ。

ニンニク収穫後

▲農園のご夫婦、カナダ人カップルと共に。ニンニクを収穫中

 5月9日(火)、大統領選挙の最中にスタートした韓国農業体験取材も、あっという間に1か月が過ぎた。6月10日(土)に江原道寧越ヨンウォル郡のトマト農家さんに別れを告げ、数日間ソウル近郊で過ごした後、14日(水)夜、全羅北道の長水チャンス郡へ。暗闇の中、山の奥へ奥へと吸い込まれるようにしてたどり着いた有機農家さんの家は、満天の星の下にあった。

韓国の地図

▲全羅北道 長水郡は、ビビンバ発祥の地として知られる全州チョンジュから車で約1時間

 農園の名は「백화골 푸른밥상ー100flowers farm」。ソウルでの会社員生活を経て、2005年に帰農した夫婦が営んでいる。同じ会社でPRや雑誌制作に携わっていたという二人。旅が大好きな夫・ジョーさんと、農業がしたかった妻・ジョンソンさんは、互いの夢を同時に叶えるために会社を辞め、1年間の有機農業研修を受けたのち、縁もゆかりもなかった全羅北道にやって来た。

 夏は32度、冬はマイナス20度になるというこの土地では、5~10月が農繁期だ。真冬はほとんど作業ができないため、二人は毎年、11月以降に約2か月、海外旅行に出かけているという。これまで訪れた国は27か国。今年は農業指導のボランティアを兼ねて、フィリピンへ行くそうだ。

家の前から見た景色

▲1日目の朝。家の前から見た景色

 旅好きな二人は農繁期も毎日、異文化に触れることを楽しんでいる。5年ほど前から、農作業に関心のある外国人(韓国人も可)に宿泊・食事を提供しているのだ。5~10月の間は途切れることなく3名の旅人が世界中からやってきて、夫婦と共に農作業に励んでいる。ちなみに、この農園での出会いをきっかけに何組ものカップルが誕生しているそうだ。

 元々は、有機農家と有機農業を手伝いたい人をつなぐ組織「WWOOF KOREA」の会員だったが、昨年退会し、今は2つのインターネットサービス、「Work Away」と「Help X」を利用して人を募っている。「旅先で自分にできる仕事をボランティアで行う代わりに、宿泊・食事を提供してもらえる」という仕組みは3団体とも同じだが、「WWOOF KOREA」だけ農作業限定。いずれも、世界中を旅する人たちに良く利用されているようだ。

 私より5日早くこの農園に来たカナダ人カップルは、「Work Away」を利用していた。4月にカナダを経ち、東京・大阪を旅した後、大分県別府市の農園で3週間過ごしてから韓国入りしたという。

 韓国人の父とカナダ人の母の間に生まれたというローランドと、高校・大学で3年間日本語を勉強したというペイジーは、共に20代前半。英語とフランス語を話す。ペイジーはスペインに1年留学経験があり、スペイン語・フランス語を英語に翻訳する仕事をしながら旅を続けている。「自然、歴史、古い文化が好き」と話す彼女は、「農」だけでなく「能」にも興味があるというから驚きだ。

ニンニク畑

▲ニンニク畑

 1日目は朝から夕方までニンニクの収穫を行った。ニンニクは土の奥深くに眠っているため掘り出すのが難しく、「とても骨の折れる作業です」と聞いてはいたが、本当にその通りだった。U字型の道具を使い、てこの原理で土を掘り起こして収穫を続けると、夕方には右の手の平が痛くなっていた。

 しかし、土の中から青空の下に出てきたニンニクは、薄いピンクのほお紅をさしたような出で立ちでとても美しい。昨年11月に植えたものが長い冬を越え、ようやく姿を見せてくれたのだと思うと、「만나서 반갑다(会えて嬉しい)」という気持ちになった。

ニンニクの姿

▲土の表面から10~15センチほど下に、ニンニクの姿がある

ニンニクの香

▲収穫する時は、ツンと鼻をつくフレッシュな香りが漂う

掘り起こしたニンニク

▲掘り起こしたニンニクたち

つるしたニンニク

▲2週間ほど吊るしてから、お客さんの元へ送る

 2日目は、朝からサンチュやグリーンピースなど数種類の野菜を収穫し、各家庭に送る段ボール箱に詰めていった。家の裏山にある畑へ行くと、何種類もの野菜が植えられていた。「この農園では輪作(돌려짓기)、混作(섞어짓기 )を行っています。これは5000年前からあった韓国伝統有機農法です」とジョーさんが説明してくれた。

裏山の畑

▲裏山の畑

 午後からはジョンソンさん、ローランド、ペイジーと4人でくわの実(오디)の収穫をした。くわの実が採れるのは約2週間と短く、もう終わりの時期だという。寧越でトマトさんのアボジお父さんに「真っ黒のものを選んで食べてごらん」と言われ、私は生まれて初めて、木になっているクワの実をちぎって食べた。ブルーベリーのような甘さが口いっぱいに広がった。

ジョンソンさん

▲クワの実を収穫するジョンソンさん。この木は植えたのではなく野生。周辺にはワラビがたくさん生えていた

クワの実

▲クワの実。ブドウをスモールサイズにしたような形

 1日目の昼食では、ジョンソンさんが作ってくれたコングクス(大豆で作った冷たいスープと麺を合わせたもの)の上に、キュウリやゆで卵と一緒にクワの実がトッピングされていた。クワの実はそのまま食べるのも良いけれど、ジャムにしても格別のおいしさだ。フレッシュかつ濃厚な甘さで、粒々の食感も楽しめ、毎朝食パンにたっぷり塗るのを楽しみにしている。

 農作業の合間には、クワの実ジャムで作った冷たいジュースを飲んで一休み。

クワの実ジュース

▲クワの実ジュースとお米で作ったお菓子

 2日目の夕方からは、ジャガイモの収穫が始まった。雑草が生えて来ないように土を覆っていたマルチ(黒いビニール)を丁寧にはがしてゆき、機械を使って土を掘り起こすと、ふくよかに育ったジャガイモがコロコロッと顔を出した。

 3日目は朝から10数名の来客があり、みんなで一緒にジャガイモ堀りをした。1年に3回ほど農業研修に来るという20代の若者たちは、エネルギッシュで手際が良く、「こうしたらもっと楽ですよ」などと時折アドバイスをくれた。

 5年前の留学中もそうだったが、韓国にいると、年下の友人たちがよく助けてくれて、しばしば동생トンセン(韓国語で“年下の弟や妹”の意味)になったような気持ちを味わうことがある。みんな、本当にありがとう。

じゃがいも堀

▲2日目の夕方、ジャガイモ堀りの様子

 3日目の夜は、収穫したてのジャガイモを使って、ローランドとペイジーがカナディアンディナーを作ってくれた。カナダではオーブンをよく使うそうだが、ここではフライパンやトースターで代用。

 ローストしたキュウリ、ビーツ、エホバク(韓国カボチャ)はそれぞれの甘味が増して、程よい軟らかさだった。フライパンでじっくり焼いたジャガイモは、ホクホクとした食感と、濃厚なイモのうま味が味わえる仕上がりに。二人が心を込めて作ってくれた料理は、言葉にならないほどおいしかった。

 食事中、ローランドとペイジーが、大分のスーパーで焼き芋を買っては公園で食べていたという話を聞かせてくれた。スーパーへ行くと、いつも焼き芋ソングが流れていて、その歌を聞くと買わずにはいられない気持ちになったそうだ。韓国でも冬になると「♪メミル~」という曲が流れ、餅などを売る店があるという話になったが、英語での説明だったので詳細を聞き取れず…。

カナディアンディナー

▲カナディアンディナー。食卓では英語、韓国語、時々日本語が飛び交う

 この農園に来て、自由時間はほとんど寝ているか、こうして文章を書いている。そのせいか、昨日の夕方、グリーンピースの収穫・撤去中にジョンソンさんからこんな質問を受けた。

 「美菜さんは『ホタルノヒカリ』という日本の映画を見たことがありますか?美菜さんを見ているとなぜか、その主人公を思い出します」と。

 漫画『ホタルノヒカリ』は綾瀬はるか主演でドラマ・映画化された作品だが、主人公の女性は外ではバリバリ働く会社員、家ではジャージでゴロゴロして過ごすのが好きな「干物女」である。実はこのドラマが放映されていた10年ほど前にも、職場の人に「美菜さんってもしかして干物女?」と言われたことがあった。

 喜んでいいのかわからないけれど、10年ぶりに異国の地で同じことを言われ、なんだかとても嬉しくなった。国境を越えても、人に与える印象というのはそう変わらないものらしい。ジョンソンさんは笑いながらこう付け加えた。「主人公の女優に顔が似ている、とかではなくて。なんというか、美菜さんを見ているとあの干物女が目に浮かぶんですよね」と。

 先日一緒にホタルを見に行った近所の4姉妹は、日本のアニメなど動画をたくさん見て日本語を覚えたそうだ。『ホタルノヒカリ』も知っているだろうか?次に会ったら「干物女って知ってる?」と尋ねてみたいと思う。


▲エッセイ『韓国で農業体験 〜有機農家さんと暮らして〜』 順次公開中


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?