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ソウルの“マルシェ”に参加 #5

このエッセイは、2017年、約4か月にわたり韓国の有機農家さん3軒で農業体験取材を行い、現地から発信していたものです。これから少しずつnoteに転載していきます(一部加筆、修正あり)。

2017/05/17 

 5月14日(日)、ソウル・大学路テハンノのマロニエ公園で開かれた“マルシェ”に参加してきた。マルシェという言葉はフランス語で「市場」という意味だが、日本では各地の青空市場やスーパーの売り場などで気軽に使われている。

 しかし、韓国でマルシェと言うと、2012年からソウル市内で開催されているこの市場のことだけを指す。その他の市場は「농부시장(農夫市場)」と呼ばれているらしい。

 マルシェのFacebookを開くと、5月14日の市場のテーマがこのように紹介されていた。

대화하는 농부시장 마르쉐@혜화<식구>
(対話する農夫市場 マルシェ@恵化<家族>)

 식구(シック)とは漢字で「食口」と書き、「家族」を意味するのだが、血縁関係がなくとも寝食を共にするメンバーのことを指す。

 ここ数年韓国では、一人でご飯を食べる혼밥(ホンパプッ)が珍しいものではなくなってきたようだが、やはり「食事は誰かと一緒に食べるもの」という文化が根強いと感じる。韓国に来ると、一度でも一緒にご飯を分かち合って食べた人たちは、家族になったような親しみがわいてくるから不思議なものだ。

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▲マルシェで。トマトさんのパートナー、ジミンさん(左)と一緒に

 当日の朝は、6時半に江原道寧越ヨンウォル郡を出発。途中、高速道路の休憩所でうどんと豚カツ、サーティーワン(韓国ではBaskin Robbinsと呼ばれている)のアイスクリームを食べ、10時過ぎに大学路テハンノに到着した。

 幻想的な朝もやの中から、高速道路を経て、高層アパートが建ち並ぶソウルの街の中へ。まるでタイムマシンに乗っているような気分だった、と言うと大げさに聞こえるかもしれないが、それに近い感覚だった。

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▲ソウルへ向かう車の中から撮影。朝7時前のヨンウォル

 PM2.5や黄砂がやっと落ち着いてきて、久々にすっきりと晴れ渡ったソウルの青空。会場に到着すると、ボランティアスタッフが次々とやってきて、荷物運びを手伝ってくれた。この日のボランティアスタッフは約50人いたそうだ。ざっと見た感じ20~30代の若者が多い印象を受けた。中には、将来どこかで市場の企画・運営をしたいと考え、勉強のために参加している人もいるという。

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▲開催時間は11時~16時。オープン1時間前の様子

 料理を提供する出店者もいるため、3000W(約300円)で食器を貸し出し。食べ終わった食器を返却すると、預けていたお金が全額戻ってくるというシステムだ。

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▲返却後の食器を洗うボランティアスタッフをKBS NEWSが取材していた

 11時にオープンするまでの30分間は、出店者のための時間が設けられていた。「この時間、販売は行っていません」などと書かれた看板を持ったスタッフが市場内を行ったり来たり。この間、出店者同士が挨拶を交わしたり、物を購入したりする姿が見られた。

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▲トマトさん(右)とパートナーのジミンさん(左)

 私が今お世話になっている江原道寧越郡の農園の名は「그래도팜(クレドファーム)」。このマルシェには2年ほど前から参加しているという。トマトさんの話によると、参加するためには、主催者と面談したり模擬出店するなど、いくつかの段階を踏む必要があるそうだ。出店料とは別に、売り上げの10%も納めている。

 昔、ウェディングドレスやブーケを作る仕事もしていたという、手先の器用なジミンさんは、マルシェのためにオリジナルエプロンを手作りしていた。

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▲トマトさん夫婦が着けていたエプロン。1枚ずつデザインが異なる。私が借りたものは裾がフリルになっていた

 トマトさんたちがこの日用意したのは、有機農のミニトマト1kg 8000W(約800円)。この量と品質であれば、日本だと倍の価格で販売できるんじゃないかと思ったけれど、安く大量に買うことに慣れている人や有機農についてよく知らない人たちには、高いと思われることが多いようだ。

 その他、添加物等一切なしのフレッシュトマトジュースと、こぶし2つ分くらいのサイズに育ったビーツも販売した。

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▲ジミンさんが絞ったフレッシュトマトジュースは1杯4000W(約400円)

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▲量り売りする農家が多い中、トマトさんたちはパッケージデザインにこだわり、あえてパック売りにしていた

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 ▲ビーツは1個で600~900g近くの重さ。通常スーパーなどで売られているサイズの倍以上はある

 小劇場が多く集まる大学路の日曜日。午後にはどんどん人が増えていった。5年前の留学生活で知り合ったソウル在住の日本人のオンニお姉さんや、トマトさんとの出会いのきっかけとなった今年1月の旅「スロージャパンツアー in 奈良」に参加していた韓国人のオンニものぞきに来てくれた。

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▲午後の様子。風が強かったものの、終日良い天気に恵まれた

 この日、子どもたちが数人ずつ1グループになり、複数の出店者を訪ね、野菜について学びながら1つのサラダを完成させるという「子どもサラダツアー(어린이 샐러드 투어)」も行われた。花が咲き、緑色の実ができて真っ赤に熟れていくまでの変化を実物を見せながら説明するトマトさん。

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▲スタッフが持っていた「子どもサラダツアー」の看板

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▲子どもたちにトマトを提供するトマトさん

 少しの時間、ジミンさんと二人で、どんな店が出店しているか見て回った。有機農のイチゴジャム、野菜、花、干し柿、桃ワイン、チーズ、乾燥シイタケ、済州島の甘夏、ゴマ油やエゴマ油、蜂蜜などおいしそうなものが勢ぞろい。想像していたより、野菜そのものを売っている店は少なかった。

 焼き菓子やハンバーガー、野菜カレーとナンなどを販売する飲食店の他、陶芸や洋服、雑貨店もいくつか出店していた。

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▲桃ワインの試飲も。飲めなくて残念! 

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▲野菜を販売する農家さん 

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▲干し柿や柿ジュースの販売も

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▲済州島から来た出店者 

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▲韓国ではエゴマ油をよく見かける

 トマトさんのはからいで、このマルシェを主催している女性、이보은(イ・ボウン)さんに少しだけお話を伺うことができた。イ・ボウンさんの話によると、今回のマルシェの出店数は約70店。ソウルや近郊都市だけでなく、済州島からの出店者もいるという。いただいた名刺には「marche@Farmer's market created by farmers,cooks,and artists in Seoul(マルシェ@ソウルの農家、料理家、アーティストが作ったファーマーズマーケット)」と書かれていた。

 もともと環境問題に深い関心をもち活動していたというイ・ボウンさん。2011年3月、日本で東日本大震災が起こったことも大きな契機となり、2012年からソウル市内で月2回マルシェを始めた。

 モデルにしているのは、2009年から東京で毎週末開かれている青山ファーマーズマーケット(Farmer's Market@UNU)。今年4月30日(日)には、ソウルのマルシェの出店者が青山ファーマーズマーケットに特別出店し、手製のコチュジャン4種類を販売するという機会もあったようだ。

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▲マルシェ終了後の打ち上げで本日の反省点等について話すイ・ボウンさん(写真中央)

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 ▲打ち上げ用の食べ物は出店者から提供されたもの。無償提供ではなく、事前に打ち上げ代が徴収されていて、その中から提供者に支払われているようだ

 私は昨年半年間、兵庫県内で朝市の企画・運営に携わり、毎週土曜日の午前中、自分で仕入れた旬の野菜や果物を市場で販売してきた。ソウルのマルシェとは規模も形態も異なるが、市場で農作物を前にした時のお客さんの反応というのは、国境を越えてもそう変わらないものだ。

 例えば、物珍しい作物と出合った時。今回なら、ビーツを手に取った人は「どうやって食べたらいいの?」「保存方法は?」「どんな味?」とこぞって質問をしていた。試食を希望する人は多いし、重いものは持ち帰るのが大変だからか、あまり人気がない。そして、市場では黙って物を買う人はほとんどいない。ささいなことでも売り手と言葉を交わし、対話しながら欲しいものに出合っていく。

 今回はトマトさん夫婦の販売トークやお客さんとの接し方も、横で見ていてすごく勉強になった。ジミンさんは今子育て中なので農作業に携わっていないけれど、毎日農園の作物を調理しているため、おいしい食べ方をよく知っている。しかも、洋服販売のアルバイト経験があるらしく、接客への自信に満ち溢れている。「こうやって物を売るのは好きだし得意。妊娠中も、家族は来なくていいと言ったけど、好きだからずっと来てました」と笑っていた。

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▲この日の夕食は豚骨ラーメン。日本だと少し言いづらいけど韓国では気にせず言える。「ニンニク多めで」と

 ジミンさんは日本の豚骨ラーメンが大好きで、朝からずっと「ラーメンが食べたい」と話していた。打ち上げが終わった後、大学路でおいしいと評判のラーメン店、豚人ぶたんちゅ大学路店に直行。日本語の音楽を聞きながら豚骨ラーメンを食べていると、ここが韓国なのか日本なのか、もうどっちでも良いような気がしてきた。

 ソウルから江原道寧越郡へ帰る途中、ソウル市内の南東部、蚕室チャムシルに今年オープンしたというロッテワールドタワーが見えた。高さ555m、123階建ての超高層タワー。

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▲写真中央に見えるのがロッテワールドタワー

 高校や大学の授業で日本語を学んだ経験のあるトマトさん夫婦に、「日本で一番高い建物はあべのハルカスです」などと日本語を伝授しながら、高層タワーに別れを告げ、生命の息吹と香りに満ちた夜のヨンウォルへと帰っていった。 

▲このマルシェは2021年11月現在も、ソウル市内各所で定期的に開催されている。詳しくは농부시장 마르쉐のホームページへ。

▲エッセイ『韓国で農業体験 〜有機農家さんと暮らして〜』 順次公開中

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