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武満徹・大江健三郎『オペラをつくる』/高山花子『鳥の歌、テクストの森』/細川俊夫『魂のランドスケープ』・「時のかたち 能オペラ」/オペラ『海、静かな海』

☆mediopos3399  2024.3.8

武満徹は1990年に大江健三郎との対談で
その数年前から新たなかたちでの
「オペラ的なるもの」への欲求が
生まれていることを表明している

その試みは1996年の武満の死によって
実現されることはなかったが
その試みは
「表現形式としてのオペラには、
否定的な感想しかもちえなかった」武満にとって
既存のキリスト教的な縛りを超え
「神なしに、信仰なしに、音楽の音を
宇宙的な次元へと届けてゆこうとする」(高山花子)
ものとしてイメージされていたのだろう

「人間は、誰もが、オペラの創造者であり、
また実際、その実現が可能なエポックにさしかかっている」
という時代認識のもとに
あらゆる芸術を総合した
「「世界感覚」的なものに対する憧憬と共感」から
創造されるものではなかったのかと想像される

武満徹を尊敬してやまない細川俊夫は
『リアの物語』(1988年)・『班女』(2004年)
『松風』(2011年)・『海、静かな海』(2016年)
『地震・夢』(2017-2018年)と
現在のところ5つのオペラを作曲しているが

これらのオペラは
ある意味で武満の示唆する「オペラ的なるもの」への欲求を
細川俊夫なりの仕方で表現したものではないかと思われる

細川俊夫もまた
「私は西洋のオペラの愛好者ではない」といい
「歌手たちの紋切り型の演技にはついていけない」ともいう

細川が「歌手の声に感動するのは、
その声から人間の奥に眠っている「身体の声」
————人間という小宇宙から大宇宙の声————が
聴こえてくる時だ」というのである

そうした問題意識から
「新しい「能オペラ」を作ろう」という意思を
2003年に新聞記事として寄せていることから考えると
それが実際につくられはじめたのは
『班女』(2004年)からのことではないだろうか

「能オペラ」としてはいるものの
それは能を模倣するというのではなく
「能の優れた抽象性と精神を学びながら、
現代に生きる」ものとして試みられている

残念ながらぼくの視聴できているのは
DVD化されている『海、静かな海』(2016年)だけなのだが
それは平田オリザ氏の脚本によるもので
「息子を亡くした母親の悲劇である能の伝統的な演目
『隅田川』を書きかえて、福島を主な舞台に」
「津波および原発事故の犠牲者の鎮魂と、
被災地に留まる人々の心を描」いたものである

能において重要なのは「鎮魂」であり
それを「オペラ」として表現する際にも
それは魂の鎮魂であり供養であり
解放へと向かうものでなければならないだろう
そしてその解放をともに共有する

そのために発される「声」もまた
それにふさわしい「人間の奥に眠っている
「身体の声」」でなければならない

さて「「人間は、誰もが、オペラの創造者」である
という武満徹の「世界感覚」という理念は
30年以上を経た現在そしてこれから
どのようなかたちで実現され得るのだろうか

それは少なくとも
AIによって代替されるものではあり得ないだろう
そこには「人間の奥に眠っている「身体の声」」も
鎮魂も供養も解放もなく
むしろそれらをスポイルしてしまうからである

■武満徹・大江健三郎『オペラをつくる』(岩波新書 1990/11)
■高山花子『鳥の歌、テクストの森』(春秋社2022/7)
■細川俊夫『魂のランドスケープ』(岩波書店 1997/10)
■細川俊夫「時のかたち 能オペラ」(2003.2.22付 朝日新聞)
■細川俊夫:オペラ『海、静かな海』( KKC-9207(DVD))
 *(2016年、委嘱したハンブルク州立歌劇場で初演)

*(武満徹・大江健三郎『オペラをつくる』〜武満徹「まえがき」より)

「私の内面に、オペラ的なるものへの欲求が動いているように感じられたのは数年前からのことで、それは、これまでの、主に、オーケルトラや器楽作品のみでの試みが、いま、ある種の飽和点に達したように感じられたからであり、だがそればかりではなく、分類しえないような全体、タルコフスキーの映画に見られるような、「世界感覚」的なものに対する憧憬と共感が、押さえ難く、私のなかで、大きなものとなったからに他ならない。

 この対談は、私の内面に生じた、そうした名付けられない希求を、繋留の索から解き放つための試みであり、その同行者には大江健三郎氏をえたことは望外の歓びであった。

 私は、これまで、オペラというものに対して、殆ど、無知といっていいほどなにも知らず、また、無関心であった。むしろ、表現形式としてのオペラには、否定的な感想しかもちえなかった。そうした私が。オペラ的なるものへ強い関心をもつようになったのは、既成のオペラ作品からの影響ではなく、むしろ他の芸術分野、文学や映画、演劇の今日の状況からの刺激によると思う。私の裡に生じた変化については、このなかで、少しずつ、明らかにされたように思うが、それでもなお、私のオペラは、未だに、プラズマ状のままであり、肉化されるには、時間がかかりそうだ。

 ただ、この対談の過程で、人間は、誰もが、オペラの創造者であり、また実際、その実現が可能なエポックにさしかかっているのではないか、ということを感じる瞬間が屢あった。つまり、オペラという概念は、いま、新たな理念として捉え直されなければならないだろうということを、大江氏の示唆に富んだ発言から教示され、また、今日のこの地球的規模での変動は、否応なしに、私たちに、あらためて、芸術の意味を問い質すことを、求めている。」

*(高山花子『鳥の歌、テクストの森』〜「Ⅳ 鳥と音楽、そして映画————武満徹」より)

「個人としての人間が結びつく方法として、ジャズ音楽を愛しながらも、ジャズではない音楽へと向かった武満が、オペラを構想していたことに触れたい。具体的には、未完のままに終わったこの構想について、一九九〇年に「オペラをつくる」と題された大江健三郎との対談を読んでみたい。というのも、そこには、これまでみてきた祈りと救済のテーマの探求が読み取れるからである。(・・・)

 預言詩を残したイェーツ(一八六五〜一九三九)による詩人のヴィジョンを、ある世界観あるいは人間観の実現としてオペラに結実させたい、という大江に対して、武満は、第二次世界大戦という地球規模での災厄に対するヴィジョンを実現するためのテクノロジーによって、かえって、音楽家たちが管理機構に組み込まれてしまった現実を省みている。そうした芸術の現状を打開するために、二人は、個人を超えた、共同作業によってしか生まれてこないオペラの可能性を話す。

(・・・)

 その世界観を支えるキリスト教の信仰を持たない大江が、物語から、物語をも超えたヴィジョンをめざしている話をつづけてゆく。そして、超越的なイメージを結実させる物語の力、神秘的なヴィジョンに向かってゆく小説の話と宇宙感覚についての質問を受けて、武満は、自分自身の信仰について打ち明けるのである。

(・・・)

 武満は、対談の別所で、自分自身の作る音が「キリスト教的な神という概念からは遠い、汎神論的なもの」であり、「最初から雑音のようなものとして、音というものをとらえている」と言う。それは主題にもとづく構造的組み立てとは齟齬をきたすと自覚しながら、彼がそれでもオペラに救済の可能性を見出すのは、それが、単なる共同作業、共同制作であるだけでなく、小説も詩も美術も映画もすべての音楽も参加する、「作品というものの複数」として成立しているからである。

 このように振り返ると、武満がみずからの、あるいは、さらに人間の聴覚そのものを変容させる契機としても耳を深く澄ませていた、鳥たちの啼き声は、ある種の神の使いとして鳥を思い描き、モチーフとして用いるような仕方とは異なっていただろうと想像される。鳥が舞い降りるような、可動的な風景を創出する背後には、神なしに、信仰なしに、音楽の音を宇宙的な次元へと届けてゆこうとする熾烈なもくろみがうごめいていたように思われるのである。」

*(細川俊夫『魂のランドスケープ』〜「Ⅲ 2 武満徹のこと」より)

「時々、むしょうに武満徹の音楽を聴きたくなる。その強い気持ちは、ちょうど都会生活に疲れて森や生みに行きたくなる衝動に似ている。自然に触れたいという気持ちと、武満徹の音楽に触れたいという気持ちは、どこかで通じあっている。」

「武満徹は、歌う作曲家である。彼は心の奥に泉のような瑞々しい歌を持っていた。作曲家は誰でも歌を持っていると思われるかもしれない。しかし、二十世紀のしかも戦後の新しい芸術音楽を目指した作曲家たちのなかで、武満ほどあからさまに、臆面もなく、大胆に美しいメロディーを歌った作曲かを、ぼくは他に知らない。」

「武満徹は、ぼくが最も尊敬する日本の作曲家である。日本の音楽は十九世紀の終わりから西洋音楽を取り入れ、日本の伝統音楽の歴史の流れを断ち切ってまでしれ、西洋化を図った。そんななかで、日本人が西洋の楽器を使って、本当にオリジナルな独創的作品を書いた最初の作曲家が、武満徹だと思う。(・・・)
 音楽の独自な思想的な深さと、それを実現する技術の驚くべき確かさにおいても、武満徹は群を抜いた孤高の存在であった。」

*(細川俊夫「時のかたち 能オペラ」2003.2.22 より)

「幾つかの音楽祭からオペラの依頼があり、新しいオペラを構想中である。私は西洋のオペラの愛好者ではない。オペラ音楽は好きなのだが、歌手たちの紋切り型の演技にはついていけない。それがヨーロッパ人だったら、まだ何とか我慢できるが、日本人が大げさな表情をして歌うと、思わず目を伏せたくなる。

 私の頭のどこかに、音楽、言葉、所作等が様式的に統一されている能のイメージがあり、それが西洋オペラを遠ざけるのだろう。歌手のスター制度も気に入らない。歌手のいい声を聴くためにオペラの装置が必要なのだろうか。

 私が歌手の声に感動するのは、その声から人間の奥に眠っている「身体の声」————人間という小宇宙から大宇宙の声————が聴こえてくる時だ。三大テノールなどは、滑稽でとても見ていられない。

 能には、世界的にみても独創的で深遠な表現があった。しかし、現在の能を見るよ眠くなってくるのは、私がその世界に精通していないからだろうか。なぜあんなに明るい能楽堂で演じるのか。なぜもう少し工夫をした演出がないのか。

 こうした疑問から新しい「能オペラ」を作ろうと思った。台本は、現代作家に書いてもらい、音楽は能楽で使う楽器は一切使わない。そして能楽師に指導を受けながら、新しい演出をする。衣装も舞台も現代のアーティストによってつくっていく。すでにある能を模倣するのではなく、能の優れた抽象性と精神を学びながら、現代に生きる斬新な「能オペラ」を生みだしてみたい。」

*(細川俊夫:オペラ『海、静かな海』〜
 《海、静かな海》について細川俊夫の解説「自然災害と人間の不遜」より)

「私が作曲した4作目のオペラ《海、静かな海》は、ハンブルク州立歌劇場の委嘱作品です。
 平田オリザ氏が書きおろして脚本を基に、《松風》と同じくハンナ・デュブゲンがリブレットを制作しました。
 息子を亡くした母親の悲劇である能の伝統的な演目『隅田川』を書きかえて、福島を主な舞台にすることを、平田オリザ氏に提案しました。ベンジャミン・ブリテンもまた、『隅田川』を下地にして《カーリュー・リヴァー》を作曲しています。とても良いオペラですが、キリスト教的過ぎると私は考えます。私は仏教を元にした原作により近い話にしました。
 そして平田オリザ氏は森鴎外の小説『舞姫』の内容を、『隅田川』の作品に組み込みました。こうして、津波および原発事故の犠牲者の鎮魂と、被災地に留まる人々の心を描くオペラ《海、静かな海》が生まれました。
 2011年の東日本大震災と津波およびそれに伴った原発事故がきっかけで、再び自然災害と人間の不遜について考えました。私の音楽は自然と調和しながら生まれています。人間は、自然の本質的な力を尊敬し、恐れています。自然を制覇して独占しようとした試みは、自然を完全に滅ぼすことにつながっているということを、皆様にもう一度考えていただきたいのです。
 2005年に作曲したオーケストラ作品《循環する海》は人生の循環を音楽で表しています。海の水は蒸発して、雲になり、雨になり、嵐になり、なんども地球に戻って、海へ流れ返ります。オペラ《海、静かな海》では、生の泉である海が放射能に汚染され、その循環が切断されてしまいました。(このオペラのなかに、人々が灯籠を持って海岸へ行き、その灯りを海へ返すシーンがあります。この儀式で人は、故人の魂を生みに流して、生の泉である海に託します。)
 主人公クラウディアの役は、能楽作品「隅田川」の母親役でもあります。愛する息子の死を受け入れることができません。悲しみを表現する歌、念仏を称え弔うことで、彼女の悲しみを痛感することができます。歌や音楽によって、悲しみと痛みはより深みを増し明確になります。音楽には巫謡の力が内在しています。神子であるクラウディアは歌声を通して、我々の世界と仏界を結び、故人の魂と交流しているのです。」

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