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当たり前が、目の前から消えたとしたら

人の居場所は変わっていく。

共感できる相手と共に過ごしていても、環境の変化などで変わらざるを得ないタイミングが来たとき居場所は変わる。

居場所が変わるとき、新たな環境を選ぶことが正解なのか分からない。

自分が変化しているのは気づいていても、前の自分が心地よかった場所に戻りたくなる。

前の自分が幸せだと思った場所が自分の永遠の居場所のように感じてしまう。


映画「サウンド・オブ・メタル〜聞こえるということ〜」を観た。(内容の詳細もあるので、これから観る方は注意してください)

恋人のルーと共にメタルバンドのドラマーをしていたルーベンが、突如難聴になる。

今まで当たり前に聞こえていた音が全く聞こえなくなり、戸惑い苦しむ。

映画の中ではルーベンが聞こえている音が体感できるような音声になっている。

ほとんど聞こえないようなシーンも多くあり、映画を見ながらも「あれ、音が聞こえない」と戸惑うが、それが"聞こえない"ということなのだと気付く。

元々薬物依存だったルーベンは、恋人のルーと出会い4年もの間、薬物を絶っていた。
2人で音楽をやり、幸せな日々を送っていたところに起きた変化、途絶えた音。

変わろうとしたわけでなく、突如起きた変化。
抗いようにも抗えなかった変化。

受け入れられる筈がない。
ルーベンは何とか難聴のままでも、以前のように音楽をやろうと必至に生活を守ろうとする。
恋人のルーは、難聴の人が集まるコミュニティでの生活を勧める。
そしてルーベンの元を去り、父の元へ帰るルー。

ルーベンは怒りを必死に内に押さえつけながらも、コミュニティで生活していく。
聞こえない生活に慣れていくこと、手話を覚えて会話を行えるようにすること、静寂の中で自分の向き合う時間を作ること。
どれも新たな事で、葛藤を抱えながらも、少しずつコミュニティに慣れていく。

それでも忘れられない以前の幸せだった自分。恋人との時間。

ルーベンは、コミュニティから離れることを決める。
内耳手術をして、全く聞こえない状態から機械を用いて、音を脳が読み取れるようにする。

高額な手術の後、ルーベンが思っていた以前のような音は戻らなかった。

恋人のルーとの約束。手術をして恋人の元へ急ぐ。

恋人のルーは新たな人生を歩んでいた。
ルーベンが思い描いたような、以前のように音楽をしながら旅をする生活。
ルーももう戻れない、ルーベンもルーとの再会でそのことに気づく。

最後には、ルーベンは音を取り込む機械を外し、静寂に戻っていく。


あまりに突然で、受け入れられない大きな出来事。
今までいた居場所に戻れない事実。

変わろうとしていなかった変化の形を目の当たりにしたとき、急には前には進めない。
必死に戻る方法を考えてしまう。

受け入れるなんて簡単にはできない。
それでも生きて人に会う。出会った人から感じて、少しずつでも変化していく。

変化していく中で動いた心の情景が、その先の人との出会いにもつながっていく。

ルーベンがこれから、どんな道を進むかは分からない。
けれど、ルーとの時間、コミュニティでの時間どれもに愛があった。ルーベンも、それを感じていたのは確かだと思う。

愛する人と別れても、生きがいだった音楽と別れても、ルーベンが紡いだ愛のある時間が生きる上での光になるように感じた。

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