見出し画像

BTS "Butterfly" 無償の愛〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.044

俺の心は今も尚
君の頭上で砕けて微塵になり
黒く溶けて流れるよ
(俺はただこのまま蒸発したい)
俺の愛は'영원永遠'なんだ
それは全て君にとって'FREE無償'だ

Butterfly


何も考えるな
君は何も言い出すな
ただ、俺に微笑んでくれ

いまだに 信じられない
全てのことが 夢のよう
消えてしまおうとするな

これは真実なのか?
君は 美しすぎて恐ろしい
信じられない 信じられない
君が 君のことが

ずっと傍にいてくれる?
俺に約束してくれる?
触れたら飛んでいくだろうか?
壊れるだろうか?
怖い 怖い 怖い

時間を止めようか?
この瞬間が過ぎれば
無かったことになるだろうか?
君を失うだろうか?
怖い 怖い 怖い

蝶みたい
まるで蝶だ 蝶のよう

蝶みたい
まるで蝶だ 蝶のよう

君はまるで蝶
遠くからこっそり眺めるよ
手を触れたら君を失うだろうか?
漆黒同然の闇の中
俺を照らしているバタフライ効果
君のちいさな羽ばたきひとつで
俺は 現実を忘れる

そっと撫でる 風みたいだ
ふんわり漂う 塵のようだ
君はそこにいるのに
なぜだか さわれない
'止まれ'
夢みたいな君は俺に移ろう
嘘みたいだ…

信じられない 信じられない
君が 君のことが

ずっと傍にいてくれる?
俺に約束してくれる?
触れたら飛んでいくだろうか?
壊れるだろうか?
怖い 怖い 怖い

時間を止めようか?
この瞬間が過ぎれば
無かったことになるだろうか?
君を失うだろうか?
怖い 怖い 怖い

心臓が乾いた音をたてる
夢かうつつかわからないね
俺の'海辺のカフカ'よ
あの森に行きはしないでくれ

俺の心は今も尚
君の頭上で砕けて微塵になり
黒く溶けて流れるよ
(俺はただこのまま蒸発したい)
俺の愛は'영원永遠'なんだ
それは全て君にとって'FREE無償'だ

ずっと傍にいてくれる?
俺に約束してくれる?
触れたら飛んでいくだろうか?
壊れるだろうか?
怖い 怖い 怖い

時間を止めようか?
この瞬間が過ぎれば
無かったことになるだろうか?
君を失うだろうか?
怖い 怖い 怖い

蝶みたい
まるで蝶だ 蝶のよう

蝶みたい
まるで蝶だ 蝶のよう

蝶みたい
まるで蝶だ 蝶のよう

蝶みたい
まるで蝶だ 蝶のよう


韓国語歌詞はこちら↓ 
https://m.bugs.co.kr/track/30075278

『Butterfly』
作曲・作詞:Pdogg, “hitman” Bang, Brother Su , Slow Rabbit


*******


今回は、2015年11月にリリースされたミニ・アルバム第4集「花様年華 (The Most Beautiful Moment In Life) pt.2」に収録されている "Butterfly" を意訳しました。

この楽曲は後に、2016年5月発表のリパッケージアルバム「花樣年華 YOUNG FOREVER」に "Butterfly (prologue mix)" として別バージョンが収録されています(構成と歌詞が異なります)。

ここからは、原曲についての考察と共にprologue mixの歌詞についても触れていきます。



1.少年、儚さを知る

この楽曲が「花様年華 on stage : prologue」の劇中歌として世に出たタイミングは、ミニ・アルバム第3集「花様年華 Pt.1」のリリース(2015年4月)と、同第4集「花様年華 Pt.2」(2015年11月)のリリースの間である2015年9月でした。
動画が公開された当時は、この楽曲が次のアルバムのタイトル曲なのではないかとの憶測が広まっていたようです(出典)。

人生で最も美しい瞬間、青春」をテーマに掲げた〈花様年華〉シリーズは、10代から20代へと成長を遂げる世代の心に迫る作品で構成されています。特にこの "Butterfly" は、これまで夢であったものが現実に置き換わってしまう「怖れ」と、現実であったものが夢に置き換わってしまう「儚さ」に焦点を当て、「現在地の不確かさ」を追求するものになっています。


2.True, Untrue

この楽曲の世界を構築している要素は「現実(=真実/True)」と「夢幻(=虚偽/Untrue)」です。主人公はこのふたつの世界の狭間で「君=蝶」の姿を追い求めます。

「花様年華 Pt.1」のタイトル曲であった "I Need U" の歌詞の主人公の境遇をこの "Butterfly" にも当てはめるなら、「君」の心がすでに自分には向いていないことを彼は知っていることになります。

ですがこの「君」は "I Need U" の歌詞を読むとわかるように「相手の気持ちが自分にないとわかっているのに去ることができない」相手であり、おそらく「君」の方もそんな彼をまんざらでもなく思っていて、結果的に完全なる決別を果たせていない状況なのだと思われます。

"Butterfly" は「夢でもいいから君を眺めていたい」というロマンチックな側面を持ちながらも、美化されていく思い出、決して触れられない空想、そしてそれらが自分の元に在り続けるかどうかという疑念と怖れが、不確かな存在の象徴としての「蝶」を通して圧倒的な現実感を持って描写されています。


■Butterfly

歌詞の中で、butterflyという単語が印象的に使われている箇所がこちらです。

넌 거기 있지만 왠지 닿지 않아(君はここにいるのになぜか触れない)
Stop(止まれ)
꿈 같은 넌 내게(夢みたいな君は僕に) butterfly, high

https://music.bugs.co.kr/track/30075278

このbutterflyをどう訳すか、少々悩みました。何故なら「君は俺butterfly」という形になるので、butterflyが動詞でなくては意味が通らないからです。
調べてみると、butterflyには「(蝶のように次々と)移動する」という意味があるそうです。あるいは名詞としても「移り気な人、浮気っぽい人」という意味があるようなので、私はこのbutterflyに「移ろう」という意味を充てました。「high」は、気分が良くなることを表すフレーズなので、さらに詳しい意訳としては以下のようになります。

そこにいるのになぜか触れることができない君に「止まれ」と念じてみると、夢みたいに君はひらひらと飛んでくる。
一瞬でも自分のところに訪れてくれるなら、それだけで自分はこんなにも舞い上がってしまう。

恋愛ものとしてストレートに読解してみると、この「君」は主人公よりも年上で恋愛慣れしているんでしょうね…などという想像が膨らみます。


■Untrue

また、私は「Untrue」の訳を「True(真実)」に相対する「虚偽」として、「信じられない」と意訳しました。
これは、
・美しい「君」の姿を現実ではないと疑っている(夢幻)
・「君」の自分に対する気持ちを疑っている(現実)
という、夢幻と現実の両方の世界で「君」に対する疑念を抱いていることの描写であると考えます。


3.海辺のカフカ

ナムさんのラップパートで登場する『海辺のカフカ』は、村上春樹著作の長編小説のタイトルです。初版刊行は2002年9月12日(!)。
なぜこのタイトルが引用されるに至ったのかを知るために、私は小説を読んでみることにしました。ノルウェイの森ですら読む機会を逃してきた私が、初めて読了した村上春樹作品になりました。

小説の内容についてはここでは触れませんが、構成について少し触れようと思います。まだ未読で1ミリもネタバレを踏みたくないという方は次の段落は読み飛ばして下さいね。

「海辺のカフカ」は奇数章と偶数章で舞台が切り替わります。
私はこの構成を回転舞台の演劇のようだと感じました。
ひとつ飛ばしで話の続きが始まるので、
始めは頭の中で繋がりを正すのに少し時間がかかりましたが、
そのリズムに慣れてくるとスイッチングもスムーズになってきます。
そして、この激しい舞台の切り替わりこそが、
ひとつのアイデンティティー(本あるいは人)の中に同居する
複数の存在を象徴しているのだと思いました。

多重人格までとはいかないにしろ、
自分の中に様々な意見があることをほとんどの人が自覚できていると思います。
口や表情に出る前の本当の本当に自分だけしか知り得ない
記憶・感情は、自分の中で揉みに揉んで
角を取ってから外に出してあげる必要があることも。

この自分の〈内側〉で行われるべき処理が〈外側〉の現状に追いつかなくなる時、
ひとは〈夢〉を見始めるのではないかと思います。
それは決して希望に満ちたものとは限らないし、絶望でしかないとも限りません。
なんらかの理由で〈内側〉が脆いひとは、
夢とうつつの狭間で彷徨うことになるのかもしれません。

「海辺のカフカ」は年齢的にも家庭環境的にも〈内側〉に脆さを持った主人公が、
自ら見始めた〈夢〉から自力で醒めるまでのお話なのだと思います。

ではここからは、歌詞中の『海辺のカフカ』が登場する箇所について掘り下げてみます。※引用文に付けた和訳は直訳

심장은 메마른 소리를 내(心臓は乾いた音を立てる) 
꿈인지 현실인지 알 수 없네(夢なのか現実なのかわからないね)
나의 해변의 카프카여(俺の海辺のカフカよ)
저기 숲으로 가진 말아줘(あのに行きはしないでくれ) ※1
내 마음은 아직 너 위에 부서져(俺の心はまだ君の上で崩れて)
조각조각 까맣게 녹아 흘러(バラバラになって、黒く溶けて流れるよ)
(난 그냥 이대로 증발하고 싶어)(俺はただこのまま蒸発したい)
내 사랑은 영원인 걸(俺の愛は永遠なんだ) ※2
It's all FREE for you baby(それは君にとって全て無料だ)

https://music.bugs.co.kr/track/30075278

※1
既に各所で解説がなされていますが、この「森」は『海辺のカフカ』に登場する森のことです。直前の「夢か現実かわからない」という言葉がこの森を物語っています。
"Butterfly" の主人公は、手に入らない「君」の心を求めるが故に夢と現の狭間に分け入ろうとしてしまう自分を引き留めようとしていますが、その心は未だ「君」の所から離れられないままバラバラに砕け散る程に傷ついています。

※2
この「영원(永遠)」という表記が、「0(ゼロ)원=₩(ウォン)=韓国通貨」と同音異句であることに気が付いた方の投稿を複数見かけました。
Geniusにも同じ意義の投稿が寄せられています。
興味深かったので調べてみたら、2015年2月付で「文化ニュース」にこんな見出しの記事がありました。

"영원(永遠)한 예술을 영원(0₩)에"…홍은예술창작센터 하루 축제 '영원한 몸'
("永遠の芸術を0₩に"…ホンウン芸術創作センター 一日祭り'永遠の身体')

https://www.mhns.co.kr/news/articleView.html?idxno=4434

歌詞中この「영원」の文の後に続く英文には「free(無料)」という言葉が登場し、さらには「FREE」と大文字で強調されていますので、「영원」との関係は明白で意図的な配置である可能性が高いと思われます。

"Butterfly" のクレジットにはナムさんの名前がないので、歌詞もPD陣のどなたかが書かれたと思われますが、きっとこの辺りの作り込みには彼も一役かっているのではと想像します。

このFREEを「無料」のままで訳すのは少し唐突感がありますので、意訳では「無償(の愛)」としました。届かないと知りながらも捧げようとする、永遠且つ無償の愛。ということになります。
ここは『海辺のカフカ』を読んでから考えると深みが増すポイントです。

そして『海辺のカフカ』の本文中にあるフレーズと全く同じものが上記引用箇所の中にあります。ぜひ原作を読んで、探してみて下さいね。

ではなぜ『海辺のカフカ』はそのタイトルを引用されるに至ったのか。
それは、『海辺のカフカ』の主人公も "Butterfly" の主人公も、TrueとUntrueの狭間に在って「君」を求めていて、その原動力は永遠で無償の愛である、という共通項があるからだと思います。
そしてその愛は、恋であるとは限りません。

この「君」に何を、誰を当てはめるかによって、この楽曲の物語は誰の物語にも成り得るのです。


4.一緒なら笑える

2015年9月に公開された動画「花様年華 on stage : prologue」は、BU(BTS Universe)と呼ばれる世界観に沿って制作された〈花様年華〉の物語の一端を担っている重要な作品です。
MVというよりはショートムービーと言った方が近いこの約12分の動画では、「花様年華 Pt.2」に収録されているものとは別バージョンの "Butterfly" が劇中曲として使用されています。

動画中ではイントロからサビの部分が印象的に使われていますが、後に「花樣年華 YOUNG FOREVER」には "Butterfly (prologue mix)" として完全版が収録されています。
オリジナルバージョンとの違いは、インスト部分が増えていることと、ラップパートが削除され、ボーカルパートが一部増えていることです。

Butterfly (prologue mix)の韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/4714587

加筆された部分(間奏の後)の歌詞の意訳は以下の通りになります。

陽が射して
僅かにひそめたお前の眉に
優しくそよぐお前の産毛に
お前の香りに酔って心がむず痒い

頬を撫でるその仕草のように
安閑と漂う塵のように
お前はそこにいるのに
なぜだか さわれない

この部分は前出の動画中では使用されていないのですが、あの空プールのシーンの空気感にリンクしているなと感じました。じゃれ合う彼らの笑顔を斜めから照らす柔らかい陽光の雰囲気に近いと思います。

動画「花様年華 on stage : prologue」では途中、함께라변 웃을 수 있다.(一緒なら笑える)という一文が挿入されます。上記で挙げたプールのシーンはその後に始まります。

とても微笑ましいシーンなのですが、動画の冒頭シーンや "I Need U" MVを鑑みると、その幸せがその場限りのものかもしれないと思わざるを得ず、そこにあるのはやはり「儚さ」であり、その象徴としての「蝶」をソクジンがカメラに収めようとしているところは何度見ても胸がざわざわします。

ちなみに、「一緒なら笑える」というフレーズはその後「YOU NEVER WALK ALONE」収録の "A Supplementary Story : You Never Walk Alone" にてクローズアップされています。

「花様年華」Pt.1、2における『海辺のカフカ』は、「WINGS」における『デミアン』のような存在であり得るのではと、小説を読んでみた今、思います。

〈少年〉が持て余している光と、背負っている影。
全ての源でもある母親と、道という名の傷を刻み付けてくる父親の存在。
生まれ育った土地と、その外側の世界。
アイデンティティを確立する少し前の脆く危うい〈少年〉の物語は、ほんの微かな蝶の羽ばたきひとつにも翻弄されてしまう。

〈花様年華〉の物語は、そんな「バタフライ効果」の積み重ねにより何とか皆が幸せになれる未来を掴まえたいと懇願する少年が見た〈夢〉そのものなのかもしれません。


最後までお付き合い下さりありがとうございました。

💜