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BTS "Outro : Tear" 癒えぬ傷、乾かぬ涙 ~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.124

これが本当のお前で これが本当の俺だよ

Outro : Tear



別れとは 俺にとってのTear
われにもなく まなじりに咲く
いまだ 吐き出せなかった話が
こぼれ落ちて未練がツラを這う
俺にとってお前は一時はよし
だがもう今では苦いだけの酒
手遅れな自己嫌悪漬けの心は
頬を掠め吹くあの風にも虚ろ
別れは 嘘で塗り潰した
俺のひとり芝居の果てに
やって来てしまった自業自得
誰か時を戻してくれるのなら
どうすれば もうちょっと
俺は正直になれただろうか
俺だけが知っている俺のその素顔も
いやしくしがない俺の心の友たちも
俺を見ていたあの微笑みで
相も変わらず お前は俺を
そうしてまた愛してくれただろうか
永遠の類の話はちょっと止めておけ
どうせ元々終わってる事じゃないか
始まりがあると言うなら…
俺はそれを聞きたくない
もっともな話、或いは過剰な慰め…
俺はそれを聞きたくない
ただ怖くて仕方なかった
どうかすると俺がお前を愛した事が
はなから 無いことの様な気がして
遅ればせながら
お前は
真実だったのだと
お前だけが
俺を愛したのだと
尚更に

お前は俺の涙
お前は俺の、俺の涙
お前は俺の涙
お前は俺の、俺の涙
お前は俺の涙
お前は俺の、俺の涙
これ以上何て言えばいい?
お前は俺の涙

同じ所に向かい歩いていたのに
ここが俺らの終わりの地となる
永遠を語った俺たちだったが、
容赦なく互いを破壊し合うね
同じ夢を見たと思ったんだが、
その夢はやっと夢になったのさ
胸が引き裂かれる
むしろ燃やしてくれ
苦痛と未練
何事たりとも 残らないように

お前は俺の涙
お前は俺の、俺の涙
お前は俺の綻び
お前は俺の、俺の綻び
お前は俺の恐れ
お前は俺の、俺の恐れ
これ以上何て言えばいい?
お前は俺の…

別れとは 俺にとってのT.E.A.Rタスク
涙なんかは贅沢だから
美しい別れなど無いだろうから
もう 始めてくれ
躊躇ためらうことはない
ゆっくりと心臓をえぐってくれ
そう、そうだ
割れてしまった破片の上を
そっと 踏みつけてくれよ
未練、未練 そんなものが
これ以上は残らないように
寸々ずたずたに引き裂いてしまった
俺の心臓を
すっかりと燃やしてくれ
そうだ そう そこだよ
何を迷う?
お前が求めていた結末だし
ひと思いに殺してくれって
燃やせ 燃やせ 燃やせ
燃えてしまった灰でさえ
残らないように

これが本当のお前で
これが本当の俺だよ
もう終わりを見たし
恨みだって残らない
甘かった夢は覚めて
俺はこの目を閉じる
これが本当の俺だし
これが本当のお前だ

同じ所に向かい歩いていたのに
ここが俺らの終わりの地となる
永遠を語った俺たちだったけど
容赦なくお互いをつぶし合うね
同じ夢を目指したと思ったのに
その夢はやっと夢になったのさ
胸が引き裂かれる
寧ろ燃やしてくれ
苦痛と未練
何事たりとも 残らないように

お前は俺の涙
お前は俺の、俺の涙
お前は俺の綻び
お前は俺の、俺の綻び
お前は俺の恐れ
お前は俺の、俺の恐れ
これ以上何て言えばいい?
お前は俺の…

どう言えばいいのか
俺らはわかってるよ
正解は決まっているけど
いつも返事は難しいのさ

何故 こぼれ落ちるのか
何故 引き裂いてしまうのか
無駄だ 俺にとっては
別れは俺にとってはあの瞬間だけ(フラッシュバック)
お前の口から言葉が出る瞬間
俺たちの焦点が不規則な瞬間
全てが危うい瞬間に
ふた文字がもたらした俺たちの終焉
泣かなければ良かったのに
引き裂かなければ良かったのに、と
そんなことは言えないってば 今後も俺は
別れ それは不治の病
お前は俺の始まりと終わりその全て
俺の出会いと俺の別れ 全部だった
前へと進め
恐れを繰り返すだろう
お前の所為で生まれた
綻びを
涙を




韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/31078337
※ただし、上記ページにはCDブックレット表記との相違(改行箇所、約物の有無)が複数箇所あり

『Outro : Tear』
作曲・作詞:신명수 , DOCSKIM , SUGA , RM , j-hope


*******


今回は、2018年5月リリースの正規アルバム第3集「LOVE YOURSELF てん 'Tear'」に収録された "Outro : Tear" の歌詞を意訳・考察していきます。
楽曲は翌年2月に発表されたリパッケージアルバム「MAP OF THE SOUL : 7」にも "Tear" として収録されています。

実はこの楽曲の記事を書こう、と思い立ったのは今から半年ほど前の2023年9月。SUGAの映像コンテンツ슈취타EP.18にVがゲスト出演した際、"Outro : Tear" の歌詞に込められていた意図が明かされた時です。

アルバム「LY 轉 'Tear'」が発表された2018年と言えば、年末に行われたMAMA(Mnet Asian Music Awards)授賞式でのコメントを機に、グループ存続の危機が序盤にあったことが知られるところとなりました。
前述した回のシュチタでは、この年5月の "FAKE LOVE" カムバに向けた振付練習をなんとか休めないかとスタッフに掛け合った経緯など、スケジュールに忙殺され身も心もすっかり折れてしまった当時のテテの様子が語られています。
これと同じ時期に "Tear" の作業をしていたというラップラインでしたが、ひっ迫した状況にあったメンバーを想いメンバーの為の歌詞を書こうということになった、とのこと。

〈別れを迎える少年たちの心の痛みを表している〉と定義されているアルバム「LOVE YOURSELF てん 'Tear'」において、その結論を担う "Outro : Tear" が語る「別れ」とは?「痛み」とは?

後にRMソロ曲 "들꽃놀이 (Wild Flower)" のプロデュースも担うことになるDOCSKIMによるピアノの旋律で曲は幕を開けます。



1.「別れ」に名前をつけるなら

ナムさんによるアルバムリリース時のビハインドエピソード公開動画では、英単語「Tear」の発音による意味の違いについて触れ、アルバムのテーマ「別れ」にそれらをどう落とし込んだかについて触れています。

43:09~ "Outro : Tear"

3人で以下の通り役割分担をしたとのこと。

  • RM→Tear [tíər](ティア)=

  • SUGA→Tear [tέər](テア)=裂け目

  • j-hope→Fear=別れから感じる恐れ

英単語「Tear」の2つの意味を取り入れた歌詞は、先にリリースされたアルバム「LOVE YOURSELF 承 'Her'」収録の "Outro : Her" にも登場します。

彼らは20代前半のこの時点で既に、熾烈なアーティスト人生を歩むが故にせざるを得なかった痛恨の「別れ」をそれぞれ経験してきたことがいくつかの歌詞やインタビュー資料からわかっています。

そんな彼らが各々の「別れ」に名前をつけ、噛み下し、乗り越えようとする過程が楽曲 "Tear" には刻まれているのではないかと思います。


2.別れとは、涙

前述のシュチタでユンギが話していたように、"Tear" は恋愛の歌であると捉えられている側面もあります。それはまさに歌詞の妙といったところで、個人的な話を普遍的に語るための言葉選びが優れている証拠でもあると思います。

楽曲 "Tear" はまず、ナムさんが語る〈涙〉のパートで始まります。
私はこの部分が少なからず、彼の過去に刻まれた「古い友との別離」について触れているのではないかと思いました。

その話をするにあたってはまず、デビュー直後の彼の心境を推し量らなくてはなりません。

防弾少年団はパンPDとRap Monsterの出会いが生んだとも言えるグループですが、初志を貫徹する為にアイドルへの路線変更を受け入れデビューを果たした彼に対する元BIGHIT練習生のシビアな意見が、2014年5月放送のTV番組に残されています。
コメントしているのは、ヒップホップクルー大南恊で共に活動し練習生としても同じ時期を過ごしたi11evnイレブン。アイドルは会社の言いなりでしか活動できないし、ナムジュンの経歴はアンダーグラウンドで活動していたと堂々と言えるようなものではないのでは、といった旨の発言をしています。

この番組内で紹介されているナムさんの自作曲 "Too Much" の歌詞には、アイドルラッパーに向けられた否定的な見方に対する率直な心情が綴られています。

俺は古い友の嘲笑を聴く
俺はただ、
俺が何を得たのかを見せたいだけ
ただ ラップをしたかっただけさ
お前は俺が 操り人形だと言った
黙れ 俺は違う
―― "Too Much" 歌詞和訳より抜粋("Intro : Persona" 記事中)

https://note.com/nozomiari/n/n6ae225f49bfa

信じて歩み始めた道を否定され、それでも尚「自分のアーティストとしての能力を証明する方法について日に数百回、数千回考える」と話す当時(満)19歳のRap Monster。
一度は同じ夢を持ち、同じ練習生として生活を共にした仲間が放つネガティブな意見には、相当の心理的ダメージを受けていたのではないかと思われます。

BIGHITが防弾少年団のコンセプトを本格派ヒップホップからアイドル路線に変更したことがきっかけで事務所を離脱したメンバーには、i11evnイレブンの他にIRONアイアンKIDOHキドがいました。

IRONは防弾少年団の最初期メンバーとしてナムさんと共にオーディション前から事務所に所属、i11evnはユンギが入社するきっかけとなった2010年HIT ITオーディションの優勝者であり、離脱後別事務所からグループでデビューしたKIDOH然り、皆ラッパーとしての気概と実力は確かなものであったはずです。

しかしその後、賞賛とは程遠い人生を送ることになるi11evnIRONKIDOH

デビュー後に同業者から受けた批判には真っ向から立ち向かっていたナムさんでしたが、かつて同じ夢に向かい切磋琢磨した仲間たちに対する感情は、以後どのように変化したのか。その一端をこの〈涙〉のパートに垣間見ることができるのではないかと私は思います。



이별은 내게 티어 ※1
(別れは俺にとって涙)
나도 모르게 내 눈가 위에 피어 ※2
(知らないうちに自分の目尻の上に咲く)
채 내뱉지 못한 얘기들이 흐르고
(まだ 吐き出せなかった話が流れて)
미련이 나의 얼굴 위를 기어
(未練が俺の顔の上を這う)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※1
・티어…英単語「tear(涙)」のハングル表記(参考
★ちなみに「tear(裂け目・引き裂く)」のハングル表記は테어。
・내게=「나에게 (있어서)」…私にとって(参考
※2 나도 모르게…知らないうちに(参考

この出だしの4行、ちょっと美しすぎて言葉になりません。大好き。
ここにある通り、頬を伝う涙の理由はずばり「未練」です。

내게 넌 한때는 나의 Dear 
(俺にとってお前は一時は親愛なる人)
하지만 이젠 쓰기만 한 Beer ※3
(だが今はもう苦いばかりのビール)
때늦은 자기혐오로 얼룩진 심장은
(手遅れの自己嫌悪にまみれた心臓は)
스치는 저 바람에도 비어
(掠めるあの風にも虚ろだ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※3 ~기만 (하다)…~ばかり(している)(参考

「お前」とは過去のある時点では「My dear (friend)」だったが、今となっては一緒に飲む酒も不味いだけ。
どうしてこんな関係になってしまったのか。
こうなる前に何か自分にできることはなかったのか。
もう手の施しようもない現状を前に、不甲斐なさで何も手に付かない。

이별은 거짓뿐이던 나의 연극 끝에
(別れは 嘘ばかりだった俺の芝居の果てに)
오고야 말았던 나의 댓가 ※4
(やって来てしまった 俺の対価)
누군가 시간을 되돌려준다면 ※5
(誰かが時間を戻してくれるというのなら)
어쩜 내가 좀 더 솔직할 수 있었을까 ※6
(どうすれば俺がもうちょっと正直になれただろうか)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※4
・~고야 말다…~してしまう(参考
・댓가…対価 ★本来の表記は「대가」(参考
※5 ~ㄴ/는다면…~というのなら、~であるならば(参考
※6 ~ㄹ/을까…~だろうか?、~しようか?(参考

もしかしたらナムさんは離れて行った友人たちに対して、スタンスの違いを矯正してまで同じ方向を向くつもりも向かせるつもりも毛頭ないけれど、ヒップホップを続けている限りはどこかでわかり合えるという望みを持っていたのかもしれません。
友の行く末を内心案じながらも、自身の立場や周りへの影響を考えると「芝居(=縁を切った振り)」をしてでも距離を置かざるを得なかった、という状況も考えられます。

決定的な断絶を招いてしまったのは自分で自分を嘘偽った結果であり自業自得。
あの時、どうしたら自分に正直になって彼らに手を伸ばすことができただろうか。
そんなifルートは果たして存在し得ただろうか。

나만 아는 나의 그 맨얼굴도
(俺だけが知っている俺のその素顔も)
추하고 초라한 내 안의 오랜 벗들도 ※7
(醜くてみすぼらしい俺の中の長年の友たちも)
나를 보던 그 미소로 여전히 넌 나를
(俺を見たあの微笑みで相変わらずお前は俺を)
그렇게 또 사랑해줄 수 있었을까
(そうやってまた愛してくれただろうか)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※7 
・추하다 …醜くい、みっともない(参考
・초라하다…みすぼらしい、しがない(参考

かつての友人たちは、残念ながら卑しくしがない人間に成り下がってしまった。
それでももし、時を戻し彼らの話をもっと親身に聞くことができたなら、アイドルの仮面をかぶる前の素顔の自分にそうしてくれたように、彼らは変わらず自分に笑顔を向けてくれただろうか。自分のことを大切に思ってくれただろうか。

영원 영원 같은 소리 좀 그만해
(永遠 永遠のような話はちょっとやめろ)
어차피 원래 끝은 있는 거잖아
(どうせ元々終わっていることじゃないか)
시작이 있다면.. I don't wanna listen to that
(始まりがあるのなら…俺はそれを聞きたくない)
너무 맞는 소리 혹은 너무 많은 위로..  I don't wanna listen to that ※8
(正し過ぎる話 あるいは過剰な慰め…俺はそれを聞きたくない)
그냥 너무 무서웠어
(ただ とても恐かった)
어쩜 내가 너를 사랑했던 적이 아예 없는 것 같아서
(どうかすると俺がお前を愛したことが始めから無いことのような気がして)
늦었지만 넌 진실했다고 ※9
(遅れたけれど お前は誠実だったと)
너만 나를 사랑했다고
(お前だけが俺を愛していたのだと)

(更に)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※8 맞는 말이야…その通りだよ(参考
※9 〜다고 하다…〜だと言う【伝聞】(参考

2018年の時点で「永遠」を語る歌詞を持つ歌といえば、"EPILOGUE : Young Forever" が代表的です。僕ら永遠に少年であれ、と歌うこの楽曲に対して「やめろ、どうせ元々終わっていること」と言っているのだとすると、当初の計画を変更し一部の練習生が事務所を去った時点で、防弾少年団は一度「終わっていること」であると言われても腑に落ちます。
始めから防弾の全てを見て来たナムさんならば、そう感じるのは当然なのでは、と。

「そんなこと聞きたくない」と突き放す程在り得ない「始まり」とは一体何なのか。離脱組との関係がこじれてしまった事の発端を「始まり」とするならば、防弾少年団が一度終わったその時こそが「始まり」だったのかもしれません。

道を違えたのが自身も含め本人たちの意思によるものであり、結果的に防弾少年団は成功を収めている。それを踏まえてこの状況を「正論」で「慰める」とするならば、
仕方のなかったこと/これが運命だった/当然の報い……云々
自分にも何かできたかもしれないと未練を抱える本人にとっては「そんな慰めは聞きたくない」となるのも頷けます。

信頼し合えていたあの時間すらもなかったことになりそうで恐い。
今更だけどあの時、違う道を選んだお前たちだって、決して間違っていた訳じゃないと言いたい。
自分の力を信じてくれていたのは他でもないお前なんだ、と。


後にナムさんは、2022年リリースのソロアルバム「Indigo」に収録された "Change Pt.2" で次のように歌っています。↓

かつて君を愛したとは信じ難い
君が俺のことを、
一度ならず 二度も騙したから
―― "Change Pt.2" 歌詞和訳考察記事より抜粋

https://note.com/nozomiari/n/n360ab6a4622c

私はこの記事を書くにあたって初めて、防弾の「最初の2人」の内のひとり・IRONの事務所離脱から最期までの概要を把握したのですが、"Tear" を読んだ今になってあらためて考えてみると、

  • "Change Pt.2" の「かつて愛した君」と "Tear" の「俺が愛したお前」は同一人物なのかもしれない

  • 「二度だまされた」はIRONの二度の起訴事実を指しているのかもしれない

後悔を繰り返し未練の涙を流す。
もし私の「かもしれない」が核心をついているなら、現実世界で迎えた結末は考え得る中で最悪のものになってしまったわけですが、「Indigo」のエンディング曲 "No.2" でナムさんはこうも言っています。

君よ もう過去を振り返らないで
(中略)
君は最善を尽くしただけなんだよ
―― "No.2" 歌詞和訳考察記事より抜粋

https://note.com/nozomiari/n/n550d12fb18eb

二度と戻らない輝かしい20代の10年をバンタンにまるごと捧げた彼が、そこから得たものがまさにこの境地なのだと思うと、感慨の深さに限りがありません。

未練の「Tear」を流すのはもうやめてその先に進むことが、ナムさんにとってのチャプター2であることは確かなのではないかと思います。


3.別れとは綻び、そして

続いてユンギパートに触れてみたいと思います。彼が担当するのは〈裂け目〉のパートです。

CDブックレットでユンギパート冒頭の「Tear」の表記は「T.E.A.R」とすべて大文字な上にピリオドで区切られています。わざわざ区切るには何か理由があるとすると、それぞれ独立した意味を持つ略語である可能性が高いのではないかと思います。

英語の略語(Abbreviation)を検索できるサイト Acronym Finder で「TEAR」を調べてみると、いくつかの専門用語と共にひとつの興味深い文章が挙がりました。↓

To Accept the reality, Experience the pain, Adjust, and Reinvest
(J. William Worden's Four Tasks of Mourning)
―― Acronym Finder による 'TEAR' の検索結果より抜粋

https://www.acronymfinder.com/TEAR.html

調べてみたところこれは心理学者 J. William Worden氏が2008年に著作(Grief Counseling and Grief Therapy)で紹介した「Four Tasks of Mourning(ウォーデンの4つの追悼のタスク)」と呼ばれているものである、とのことです。(Geniusにもこのタスクの存在がユーザーから投稿されています)

ここでは死別を受け入れ悲しみを乗り越えるための「課題タスク」として、

T=現実をTo accept(受け入れること)
E=悲しみの痛みをExperience(経験)すること
A=故人がいない環境にAdjust(適応する)こと
R=新しい現実にReinvest(再投資)すること

の4つの項目が設けられています。

「別れとは俺にとってのT.E.A.R」とある歌詞にこの略語の意義を当てはめるなら、「別れとは俺にとっての〈課題タスク〉」……つまり、
ブレずに淡々とこなさなくては目的を達成できないもの
であると捉えることができるのではないかと私は考えます。

この角度から以降の歌詞を読んでみると、なるほど、と思える部分がみられます。

이별은 내게 T.E.A.R
(別れとは俺にとってのT.E.A.R)
눈물 따위는 사치니까
(涙なんかは贅沢だから)
아름다운 이별 따위는
(美しい別れなんかは)
없을테니 이제 시작해줘 ※10
(無いだろうから もう 始めてくれ)
Woo take it easy 천천히 심장을 도려줘 ※11
(ああ 落ち着けよ ゆっくりと心臓をえぐってくれ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※10 ~(ㄹ/을) 테니(까)…~だろうから【意思・推量】(参考
※11 take it easy…気楽にやれよ(参考

課題としての別れを確実にやり遂げる為には、涙を流している暇なんかない。
感情に浸る間も、後くされなく美しく別れようとする必要もない。
だからもう、ひたすら淡々とやってくれ。
ああでも、だからといって焦っちゃいけない。ゆっくりと慎重に、確実に目の前の事をこなしてくれ。

まるで手術を施す外科医の手元が見えてくるような、繊細で緊張感のある表現です。感情に流されず、尚且つ気負いすぎずに目の前のことを処理していく。
この場面では執刀する側、される側の両方が自分自身であると考えてよいかと思います。
別れによって引き裂かれ生じた「裂け目」の扱いはひとつの〈課題タスク〉であり、そう割り切ってこそ自分を自分の範疇に収めることができる。主導権を持って自身と向き合おうとする姿勢が伝わってます。


그래그래 조각이 나버린 파편 위를 즈려밟아줘 ※12
(そう、そう 欠片が出てしまった破片の上を踏みつけてくれ)
미련 미련 그딴 게 더는 남지 않게
(未練 未練 そんな事がまた残らないように)
갈기갈기 찢어발겨버린 내 심장을 싹 불태워줘
(ズタズタに引き裂かれてしまった俺の心臓をすっかり燃やしてくれ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※12
・~버리다…~してしまう(参考
・즈려밟다…踏みつける

★「즈려밟다」の本来の表記は「지르밟다」です。
 「지르다(摘む、刈り取る、挫く、ぐ)」+「밟다(踏む)」

詩人キム・ソウォルが1922年に発表した詩『진달래꽃(ツツジの花)』にて誤って用いられたまま、標準語よりも遥かに有名になってしまった単語とのこと。この詩に曲を付けた楽曲も存在しています。

「즈려밟다」が含まれる該当箇所は、
「놓인 그 꽃을 사뿐히 즈려밟고 가시옵소서놓인 그 꽃을 사뿐히 즈려밟고 가시옵소서(置かれたその花をそっと踏みつけてお帰り下さいませ)」
という部分。

誤表記「즈려밟다」の経緯を説明する際には、詩『진달래 꽃』が必ず引き合いに出される程の世間での浸透率を考慮すると、「즈려밟다」に対する「사뿐히(そっと)」はすでに枕詞のように繋がりの強い言葉になっているのではないかと思われます。
そう考えると、韓国内では良く知られたこの誤表記について元ネタを知らない日本人が一読してもその語感が伝わるように、日本語で意訳する場合には「そっと」の部分を加味する必要があるのではないかと思うのです。

実際、直前の一行で「落ち着けよ ゆっくりと心臓をえぐってくれ」と冷静で慎重になることを促す場面とリンクしていますし、「そっと踏みつけてくれ」とすることで繊細かつ確実に「別れ」のタスクを遂行する様子が描けるのではないかと思います。


옳지 그래 거기야 뭘 망설이니 ※13
(そうだ、そう そこだよ 何をためらうの?)
니가 원하던 그 결말이니 ※14
(お前が願っていたその結末なのだから)
망설임 없이 어서 죽여주길 ※15
(ためらうことなくどうぞ殺して欲しい)
Woo yeah yeah burn it
Woo yeah yeah yeah burn it
Woo yeah yeah yeah burn it
(燃やせ 燃やせ 燃やせ)
타버린 재마저 남지 않게
(燃えてしまった灰さえ残らないように)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※13
・옳지…そのとおり、そうだ【相槌】(参考)※옳다…正しい(参考
・~니 / 名詞+이니…~なの?(参考
※14 ~니 / ~으니 / 名詞+이니…~だから、~だし(参考
※15 ~주기를(주길) 바라다…~して欲しい(参考

ユンギパート終盤は燃え盛る炎のイメージが印象的です。花様年華のワンシーンを想起させるようなこの一節は残酷なまでに冷静で、別れの痛みを我がものにするためなら全てを失うことも厭わない。
そんな徹底した〈課題タスク〉遂行の意志を感じます。


4.別れとは、恐れ

そして「恐れ」を取り上げるホビのパート。
設問:別れに対して恐れを解とした理由は、デビュー前の出来事にあるのではないかと思います。

"Outro : Ego" でも触れられている「운명의 Recall(運命の召還)」のことです。

デビュー前に起こったというホビの一時脱退にまつわる出来事。
この件に関しては2018年にYouTubeにて公開された「Burn The Stage」のエピソード3に収められているメンバーの会話の中で触れられています。グクが説得するも一旦は離れていったホビのことを、ナムさんが事務所を説得し皆で呼び戻した、というエピソードです。

これを踏まえて彼の「恐れ」を読み解いてみようと思います。

왜 흘리는지
(何故こぼれるのか)
왜 찢어버리는지
(何故引き裂いてしまうのか)
소용없어 내게는
(無駄だ 俺にとっては)
이별은 내겐 그 순간들뿐 (Flashback)
(別れは俺にとってはあの瞬間だけ(フラッシュバック))

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

「あの瞬間」が「フラッシュバック」するという「俺にとっての別れ」。
防弾少年団としてのデビューが叶わなくなるという絶望が、彼にフラッシュバックする程の「別れの恐れ」を植え付けたとしても不思議ではありません。"Outro : Ego" にはこの時の事を忘れた頃に思い出すといった旨の歌詞もあります。

どんな理由で涙を流そうと、どんな理由で(関係を)引き裂いてしまおうと、自分にとってはあの●●瞬間だけが「別れ」たり得るのだと、他の何事もあの●●時に比べたら取るに足らない無駄話だと言っているのではないだろうかと感じました。

네 입에서 말을 하는 순간
(お前の口から言葉を言う瞬間)
우리의 초점이 불규칙해지는 순간
(俺たちの焦点が不規則になる瞬間)
모든 게 위험한 순간에
(全ての事が危うい瞬間)
두 글자가 준 우리의 끝
(二文字が与えた俺たちの終わり)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

ここで伏せられている「終わりをもたらした二文字」は「お前の口から出る言葉」のことを指しているのではないかと思います。
「俺たちの焦点が不規則」になり、「全ての事が危うくなる」瞬間。
前述のシュチタでのユンギの言及も考慮する限り、それは「탈퇴(脱退)」もしくは「해산(解散)」の二文字に他ならないのでは、と。

안 울 걸 안 찢을 걸 ※16
(泣かなければ良かったのに 引き裂かなければ良かったのに)
그런 말은 못 한다고 앞으로 나도 ※17
(そんな言葉は言えないって 今後俺も)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※16 ~(ㄹ/을) 걸…すれば良かったのに(参考
※17 ~다고【伝聞】…~だと、~って(参考

離脱をする側に一度なったことがあるからこそ、泣かなければ良かったのに、自ら去ることなどしなければ良かったのに、などとそんなもっともな話は今後自分も言えない。離れたくなってしまった時の気持ちが痛いほどよくわかるから。

今思えば2018MAMAでの大賞受賞コメントで涙が止まらなかったのは、チームからの離脱を真剣に考えたことのある二人、テテとホビでした。

이별 불치병
(別れ 不治の病)
넌 내 시작과 끝 That is all
(お前は俺の始まりと終わり それがすべてだ)
나의 만남과 나의 이별
(俺の出会いと俺の別れ)
전부였어 앞으로 가 Fear
(全部だった 前に進め 恐れ)
반복될 거야 너로 인한 ※18
(繰り返すだろう お前に因る)
Tear
(裂け目を)
Tear
(涙を)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※18 ~(ㄹ/을) 거예요…~でしょう、~つもりです(参考
★~(ㄹ/을) 거야はパンマル(タメ口)

経験してしまった別れの「恐れ」は、決して治癒しない病のように事あるごとにぶり返す。
始まりと終わり。出会いと別れ。自分の人生におけるそれらの全ては 防弾少年団お前にある。

出会ったからには必ず訪れる別れ。
防弾少年団として前に進むことを選んだ自分は、ここにいる限り、ここにいることにる「恐れ」、「断裂」そして「涙」を繰り返すのだろう。


5.二文字の解

ホビは楽曲 "Tear" でサビの歌唱も担当しています。
この部分はシュチタでも引用されていましたが、特に「脱退」「解散」の二文字がチラつく内容になっています。

また、ナムパートの直後にも挟まれるこの歌詞はデビュー組だけに向けられているとも限らない、とも言えるかもしれません。

같은 곳을 향해 걸었었는데
(同じ場所に向かって歩いていたけど)
이 곳이 우리의 마지막이 돼
(ここが俺たちの最後になる)
영원을 말하던 우리였는데
(永遠を語った俺たちだったけど)
가차없이 서로를 부수네
(容赦なくお互いを潰すね)
같은 꿈을 꿨다 생각했는데
(同じ夢を見たと思ったけど)
그 꿈은 비로소 꿈이 되었네 ※19
(その夢はようやく夢になったね)
심장이 찢겨져 차라리 불 태워줘
(心臓が引き裂かれる いっそ燃やしてくれ)
고통과 미련 그 무엇도 남지 않게끔 ※20
(苦痛と未練 その何も残らないように)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※19 비로소…初めて、ようやく(参考
※20 ~게끔…~ように(参考

「夢がようやく夢になった」とは、
1)実現しようと目指していた夢が結局叶わない夢物語で終わった
あるいは、
2)悪夢のような現実がようやくただの夢になった
のどちらかであると思われます。

当時のチームの状況を元に「メンバーの為の歌詞」を書くことで実体のない不安に形を与えるこの行為は、見えないところで大きくなっていた問題を把握するために必要なことだったのではないかと思います。

そしてユンギが歌唱したプレコーラスには、問題の解決策、というよりは、どんな状況であっても譲り難い核心のようなものが綴られています。

이게 진짜 너고 이게 진짜 나야
(これが本当のお前で これが本当の俺だよ)
이젠 끝을 봤고 원망도 안 남아
(もう終わりを見たし 恨みも残らない)
달던 꿈은 깼고 나는 눈을 감아
(甘かった夢は覚めて 俺は目を閉じる)
이게 진짜 너고 이게 진짜 나야
(これが本当のお前で これが本当の俺だよ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

어떤 말을 해야 할지 ※21
(どんな話をしたらいいのか)
우리는 알고 있지
(俺たちはわかっているね)
정답은 정해 있는데
(正解は決めているけれど)
늘 대답은 어렵지
(いつも返事は難しいね)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31078337

※21 ~(아/어)야 할지…~したらいいのか(参考

個性や感覚が際立っているからこそ選ばれて集まったひとりひとりにとって、チームを組んで活動すること自体、本当は簡単であるはずがありません。
でも、無理にでも行き先を絞り、足並み揃えて進み続けることを行わなければ、全てが狂い始めてしまう。
だからといって「本当の自分」を押し殺すことも、「本当のお前」を否定することも有益・有効とは言い難い。

「本当の自分」を守り通し、「本当のお前」を尊重するためにはどうすればいいのか。
極論「脱退/解散」を選び、ひとりの人として己を最優先させることがその問いに対する最適解であることはわかりきっています。
それでも、その解を選び取って返答するのは難しい。難しすぎる。

デビュー5年目を迎え、いよいよ本格的にその「防弾」の名が世界に轟き始めた2018年。二文字の解を選び取らずに済んだことはARMYにとっての最良の結果ではあったけれど、結局、そこまで彼らを追いこんだものについての根本的な解決策がこの時見つかっていたとは言えなかったのではないかと思います。

プロとして活動するからには、ひとりの人間・ひとりの表現者としての欲を満たすことよりも優先させるべきことがただでさえたくさんある上に、彼らには兵役履行までのタイムリミットもありました。
だからこそ尚更、一時の自分ひとりの気持ちの問題でチームのスケジュールをストップさせることなどできる訳が無いと、蓋をしてしまうところもあったのかもしれません。

そしてその後、なんとかここまで頑張れば、と全力で駆け抜けようとした中継地点はコロナ禍で更地になってしまった。
これを運命と呼ぶには余りにも簡単すぎて、そして残酷すぎるとも感じます。

楽曲 "Tear" に封じられた傷跡は実に生々しく、〈涙/綻び〉の名に違わぬ容赦のない痛みに溢れたものでした。
これらを楽曲で世に残そうとした彼らの表現者としての生き様とその技量について、後世語り継がれることを望みます。




今回も最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
💧