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BTS "IDOL" アイドルだって人間だ ~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.062

俺の中には何十、何百人の俺が居る
今日 また別の自分を迎え入れるよ
どうせ 皆全部俺だから

IDOL


俺をアーティストと呼べばいい
俺をアイドルと呼べばいい
いいやそれとも何と言えど
構いやしない 誇りに思う

俺は自由だもんね
もう皮肉はうんざり
俺はいつも俺だったから

後ろ指をさすよ
俺は全然気にしないさ
俺を悪く言うお前の
その理由が何だろうと

俺は俺が何者か分かる
俺の望むものが分かる
俺は決して変わるつもりない
決して取引するつもりもない
(俺は何も犠牲にしない)

何をつべこべ騒いでらっしゃる
俺は俺のやる事をやる だから
あんたはあんたで上手くなさって
自分を愛する俺は止められない
オルッス、よっしゃ!
自分を愛する俺は止められない
チファジャ、いいぞ!
自分を愛する俺は止められない
Oh oh oh oh...
トンギドッ クンドロロ
いいぞ!
Oh oh oh oh...
トンギドッ クンドロロ
いいぞ!

対決するフェイス・オフ まるでジョン・ウー
スポットライトと共にあるトップスター
時にはスーパーヒーローになる
目まぐるしい君のアンパンマン
24時間じゃ足りないね
手に負えない 俺には贅沢

俺は俺のすべき事をする
俺は自分を愛している
俺は自分を愛している
俺のファンを愛している
ダンスをはじめ俺の全てを愛してる

俺の中には何十、何百人の俺が居る
今日 また別の自分を迎え入れるよ
どうせ 皆全部俺だから
悩むよりは ただ 走るだけだね
ランニング・マン

何をつべこべ騒いでらっしゃる
俺は俺のやる事をやる だから
あんたはあんたで上手くなさって
自分を愛する俺は止められない
オルッス、よっしゃ!
自分を愛する俺は止められない
チファジャ、いいぞ!
自分を愛する俺は止められない
Oh oh oh oh...
トンギドッ クンドロロ
オルッス!
Oh oh oh oh...
トンギドッ クンドロロ
オルッス!

俺はどこに行こうとすこぶる元気
たまに遠回りしても大丈夫
俺は自分を愛しているから
大丈夫 俺はこの瞬間が幸せだよ

オルッス、よっしゃ!
自分を愛する俺は止められない
チファジャ、いいぞ!
自分を愛する俺は止められない
Oh oh oh oh...
トンギドッ クンドロロ
オルッス!
Oh oh oh oh...
トンギドッ クンドロロ
オルッス!


※ジョン・ウー(오우삼)…映画監督。アクション映画『フェイス・オフ』を監督。


韓国語歌詞はこちら↓ 
https://m.bugs.co.kr/track/31203512

『IDOL』
作曲・作詞:Pdogg , Supreme Boi , "Hitman" Bang , Ali Tamposi , Roman Campolo , RM


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今回は2018年8月にリリースされたリパッケージアルバム「LOVE YOURSELF結 'Answer'」に収録されているアルバムタイトル曲 "IDOL" を意訳・考察していきたいと思います。

この楽曲は、公式アンケートに答えたのべ約34万9千人のARMYが選んだ「好きな楽曲」として上位に挙げられています(出典)。

"IDOL" Offitial MVは、YouTube公開直後の24時間再生回数で当時の世界記録を更新。2022年4月にはYouTube再生回数11億回を達成しています。

2020年9月の米「The Tonight Show Starring Jimmy Fallon」オンライン出演時には、観光名所・古宮景福宮で韓服を纏い、楽曲を披露しました。

個人的に一番好きなパフォーマンスは、冒頭に掲載したMelon Music Awards(MMA)2018でのスペシャル・ステージです。こちらの衣装も韓服ベースのもので、伝統芸能とのコラボレーションが見事です。



1.韓国+アフリカ×EDM="IDOL"

■韓国伝統音楽

楽曲 "IDOL" は一度聴いたら忘れられない独特なリズムとメロディで、彼らの楽曲の中でも群を抜いて個性的な1曲です。伝統文化の要素をこの楽曲で殊更に取り上げるのには理由があるのですが、既に広く知られている通り、この楽曲は韓国の伝統音楽(国楽)の要素を取り入れて制作されています。

具体的にどのような伝統的要素が取り入れられているのかを調べてみました。

◇농악(農楽)
농악(農楽)は、朝鮮半島の農村で伝承されてきた民族芸能で、打楽器を打ち鳴らしながら群舞するのが特徴です。(参考

この農楽から新しく作られた舞台芸能「サムルノリ」が "IDOL" のモチーフだと書いてある記事を多く見かけますが、"IDOL" の振り付けには農楽の舞の要素ががっつり取り入れられているため、身体的な躍動感を含めこちらが源であると考えるのが自然なのではないかと私は思います。

◇추임새(チュイムセ)
「オルッス」「チファジャ」は、そのまま日本語には訳せない「囃子はやし言葉」「合いの手」です。伝統芸能「パンソリ」において、唄い手に対して鼓手や観客が掛けるものです。(参考

◇장단(チャンダン)

덩기덕 쿵더러러
(トンギドッ クンドロロ)

https://music.bugs.co.kr/track/31203512

この呪文のような節については、KBS WORLDの日本公式サイトにとてもわかりやすい解説が掲載されていました。↓

この解説によると「トンギドッ クンドロロ」は韓国伝統音楽のリズム・チャンダンにおいて楽器の音や叩き方を声で表したものであるとのことです。

…と、ここまで "IDOL" と国楽との関係をひとつずつ拾ってみましたが、国楽の要素が "IDOL" に取り入れられた経緯は意外にも「偶然」であったことが、2018年8月26日の記者会見で明かされています。始めから国楽要素を取り入れた楽曲を作ろうとして作ったのではなかったのだそうです。

RMは「僕も韓国人で、小さい頃にパンソリを学んだ時もあった」とし、「そうするうちに調和したのであって、韓国的なことを見せたくて企画をしたのではない」と話した。
――「LOVE YOURSELF」ツアー開催記念記者懇談会(이데일리 2018.8.26)

https://www.edaily.co.kr/news/read?newsId=02059846619311256&mediaCodeNo=258

2018年9月2日配信のV LIVEアルバムレビューでも、ナムさんが当時のことを振り返って話をしてくれています。(41:04~が該当箇所)

「本当に偶然出てきた」という国楽コードに載せる歌詞を苦心の末20個程英語で作ったが、最後に冗談で足したチュイムセがPdoggPDの同意を得たことから始まり、ビートだけだった部分にも自然と「トンギドッ クンドロロ」を挿入することになった、とのこと。"IDOL" の現在の形は、ナムさん曰く「ドラマチックに」国楽要素のピースがはまった末に奇跡的に生まれたものだったのです。


■アフリカン・ミュージック

"IDOL" を語る上で「韓国」と同等に外せない要素がもうひとつ。それは「アフリカ」です。

◇gqom
gqom(ゴム)は、南アフリカで2000年代初頭に南アフリカで生まれた、ハウスミュージックを起源とする音楽ジャンルです。

"IDOL" Official MVが公開になった2018年8月24日付のBillboard公式サイト記事にはgqomの文字が並んでおり、MVの序盤でサバンナの景色や動物たちが登場する理由は、「楽曲のビートがアフリカ由来である」ということだったのだとうかがえます。

"IDOL" 味を感じられるgqomのメドレー動画を見つけました。

◇Gwara Gwara
また、前述した2018年8月26日の記者会見で、j-hopeがこのように答えています。

「また、EDMスタイルを結合して韓国的でありながらもグローバルな音楽が誕生した」とし、「特にアフリカの〈グアラグアラ〉ダンスとサムルノリ、仮面舞踏が混ざるにしたがって踊り易いダンスができたので、お祭りのように楽しんで欲しい」と頼んだ。
――「LOVE YOURSELF」ツアー開催記念記者懇談会(연합뉴스 2018.8.26)

https://www.yna.co.kr/view/AKR20180826042351005

「구아라구아라(グアラグアラ)」の英文綴りは「Gwara Gwara」で、日本ではグワラグワラと発音されているアフロ・ダンスです。
肩から肘と膝の使い方に特徴のある、"IDOL" 曲中で言う「Oh oh oh oh~」の部分の振りがこのグワラグワラをベースにしています。

めちゃくちゃ見覚えがある動き…!


■EDM(Electronic Dance Music)

"IDOL" には、1)feat. ニッキー・ミナージュバージョン、2)日本語バージョンと、日本語版FAKE LOVEシングルに収録されているEDM色がより強めの3)Stadium Remixバージョン(歌唱は韓国語)が存在します。
(ちなみにこのStadium RemixのMixing Engineerは、たくさんの名曲を彼らに提供してきているDJ Swivel氏が担当しています)

Stadium Remixと通常バージョンを聴き比べると「韓国伝統音楽」と「アフリカン・ミュージック」の要素がそぎ落とされ、電子音で繰り返されるあのイントロのメロディーが際立っていることに気付きます。

つまり、「韓国」と「アフリカ」の両者を融合させていたのはEDMの要素だったのではと窺い知ることができるのです。

伝統音楽とダンスミュージックの融合。
その出発点は決して意図的ではなかったものの、唯一無二の楽曲と成り得た"IDOL" は、国境を越えて世界中を魅了し続けています。


2.トレードオフ

"IDOL" 歌詞の中に、どう訳すか迷ったフレーズがあります。

I never gon' change(俺は決して変わらない)
I never gon' trade(俺は決して取引をしない)
(Trade off) ※1

https://music.bugs.co.kr/track/31203512

※1 Trade off(トレードオフ)…どちらかを取ればどちらかを失うといった、双方の存在が相容れない関係。

調べてみると「Trade off」は主にビジネス上の「取引」の場面で使われる用語であることがわかりました。

では、この歌詞において一体何と何が「トレードオフ」の対象となっているのか。

それは「アーティストやアイドルと呼ばれている〈俺〉に対して周囲が持つ期待」と「〈俺〉が〈俺〉であるために貫こうとしている自らの意思」なのではないでしょうか。

プロのアイドルがその職を全うする為には、ファンが支払うお金への対価としてその身を捧げなければならないのだ、とする考え方は、日本にも根強く存在しているのではないかと思います。笑いたくない時にも笑い、身体を壊してでも歌い踊り続ける。それがアイドル。何故なら、それが「職業」だから、これは金銭的な「取引」なのだ、と。

ところがこの関係、フェアなようでフェアじゃない。
不特定多数の誰かの期待に無条件に応え続けるということが、どれ程の精神力を要するか。1対1でも悩みが尽きないのが人間関係なのに、相手の数が多いからと言ってひとりもおざなりにできないなんて、神仏でもない限り成し得ることはできないでしょう。
ですので、お金を出す側であるファンや対外的な部分で主導権を握る所属事務所の方が、本人たちよりも精神的に余裕があり、立場的にも上にあるというのが実情なのだと思います。

"IDOL" の歌詞で彼らは「俺は変わらない」「俺は取引しない」ときっぱり打ち出しています。
確かに自分たちはアイドルとして活動はしているけれども、自らの精神と肉体を犠牲にしてまで支持を得たいとは思わない。そこにある「トレードオフ」を自覚しているが、何と呼ばれようと俺は俺だ、と。

そこで私は「Trade off」をこう意訳しました。
「俺は何も犠牲にしない」

そんな彼らは、どうやってその精神と身体を捧げることなくアイドルとしての自分を成立させようとしているのか。
そこで「俺のやるべきこと」として掲げているのが以下の箇所です。

I do my thang(俺は俺のやるべきことをする)
I love myself(俺は自分自身を愛している)
I love myself(俺は自分自身を愛している)
I love my fans Love my dance and my what
(俺は自分のファンを愛しているし、
ダンスとその他の自分のものを愛している)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31203512

アイドルのくせに…アイドルなんだから…という「取引」に関わる一切の悪態を振り払い、ひたすらにその「愛」を周りにも自分にも伝えることがすべきことである、と。

Official MVには「愛」「사랑」という文字が画面いっぱいに現れるシーンがあります。
もうこれ以上の言葉は要りませんね。


3.俺の中の「何十、何百の俺」

前述したV LIVE配信で、歌詞のポイントについて語るナムさんはこのように解説してくれています。
(41:04~が該当箇所)

「俺は俺だと言っているのに何故多くの説明が必要なのか?そんな世の中が悲しい」
「どんな姿であれ俺は俺だ」
「自分を愛するためにこういう歌詞を書いた」

https://weverse.io/bts/live/0-105457278

歌詞にはこんな表現があります。

내 속안엔 몇 십 몇 백명의 내가 있어
(俺の中には何十、何百の俺がいる)
오늘 또 다른 날 맞이해
(今日 また 違う俺を迎え入れる)
어차피 전부 다 나이기에
(どうせ全部 皆 俺だから)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/31203512

仮に、理想とされるアイドル像が「ファンに幸せをもたらし、非の打ち所がない姿」であるとしたら、果たして人間にアイドルは務まるでしょうか。

その答えは当然否でしょう。
非の打ち所のない人間など存在しません。
自分ですら自分の中に気に食わない部分があると言うのに、誰かにとって自分が完璧でいられるはずがないのです。

――アイドルとして人の前に立つ自分の他にも、自分の中には様々な部分があり、それら全部が周りに受け入れられるとは限らない。つまりそれは、アイドルとしての資質を問われることになるのではないか。

それでも「全部俺だから」と胸を張り、必要以上に周りの目を気にすることなく、ただ生き抜くために走り続けよう。
だから「自分を愛する俺のことを止めることはできない」――

Official MVに登場する「マルチカラーに塗り分けられたマネキン」や「無限にコピペされた顔」は、この「自分の中のたくさんの自分」の存在を表現しているのだと思われます。

地球規模で「多様性」が取りざたされてきている昨今ですが、ひとりの人間の内側にも多様な部分があるということを自覚することが、集団においても他を尊重し合えるようになるための第一歩になるのではないかと感じます。

この記事を公開した本日2022年8月24日で "IDOL" がリリースされて丸4年となりました。

「防弾少年団」がひとつの個性だとすれば、メンバー一人一人はその内側の多様な部分のひとつひとつ。マルチカラーの一色一色ですね。どの部分もそれぞれ色鮮やかでありながら、ひと度集まれば調和し更に輝く。

こうあるべきだと形にこだわる偶像アイドルであることに疑問を持ち、自分を愛してくれる人たちの為に自分を愛し抜くことを決めた彼らのことを、止められる人はやっぱりいない。そう思います。



最後までお付き合い下さりありがとうございました。
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