見出し画像

『ヘレディタリー/継承』で「なんで?」と言い続けるはめになったラスト数分の話。

このレビューは、去年くらいに公開された映画『ヘレディタリー/継承』のレビューです。

レビューのきっかけ

まず私がなんでこのレビューを書くことになったかと言ったら、同期の虎走かける先生が『CATS』のレビュー書いてましてね、それがすごくおもしろかったんですよ。人の情念と煩悶が表れていて、にやにやしながら読みました。

で、「次何書こうかなー」とか言ってたんで、これは私も知ってる映画を書いてもらったら面白いじゃないかと、そこでリクエストしたのが『ヘレディタリー/継承』ですよ。このタイトル毎回書くの長いな。

この映画についての情報は以前から、人によってはTLにちらほら流れていたと思います。具体的には私のフォロワーさんは強制的に流されていたと思います。

これ、単なる私が変な人だな……。結局配信で見ました。

まあ映画の内容についての細かい説明は虎走先生の方で読んでもらうとして、「書いてあげるからそっちも書きなはれ、クロスレビューじゃ」みたいになったんですよ。あのホラー映画大好きで、ゴア映画をさも普通の映画のふりして人に勧めてくる虎走さんとクロスレビュー。もう巨人と蟻じゃん。

そんなわけで真面目なレビューは虎走さんがしてくれてます。ホラー映画好きの中でも「めっちゃくちゃ怖い」「何これ電気消して寝れない」「監督の澄んだ目がかえって怖い」と大評判だったヘレディタリーが、いかにホラー映画の中で際立っているかはこちらを読んでください。

で、私が書きたいのは「ホラー映画見慣れてない人間が見ると、こんな風にすっとこなことになるよ」という話です。

こんな話です。

このヘレディタリーというのは、一貫して「家族の話」で「厭な話」です。

台詞で説明されることはほとんどありません。全てが画面の中に起きていて、それを観客が自分で気づいて嫌な気分になる、という話です。

登場するのは両親と兄と幼い妹の一家で、母親の母親、つまり祖母の葬式から始まります。その葬式がもうなんか変なんですよ。母親のスピーチが「母は変わった人でした」とか「今日も知らない人がいっぱい参列してます」とか。うわ、なんか変な感じ……。

で、葬式後の一家にすこーしずつすこーしずつ異変が起きていく、と言う話なのですが……。

なんでそうなるの???(人の心)。

この映画のターニングポイントは、そこそこ序盤に訪れます。ネタバレありなのでご注意くださいね。

それは、自身の過失によって妹を事故死させてしまった兄が、背後で死んだであろう妹の死体を「一度も直視せずに」「まっすぐ振り返らずに家に帰り」「ベッドに入って一睡もできぬまま夜を明かす」というくだりです。

え、なんで。

なんで振り返らないの。

なんで放置してベッドに入ってるの。

いや、分かるんですよ。直視したくないって気持ちは分かるんです。バッグミラーを見ようとして見られない、その兄の表情も演出もすごいんです。

でもなんで。

よく他の創作物で「そういうことすると事態が悪化するだけなのに、どうしてそういうことするのよー」ってことがあるじゃないですか。この映画は、その方向性で、想像しうる最悪を軽くスキップして越えていきます。

ここから先は、なんでそういうことするの? の連続です。

妹を事故死させた兄と、母親の間柄はもう最悪です。母親はもともと精神不安定な気質がちらちら見えていましたので、そこからジェットコースターですよ。娘の事故死現場のリアルなジオラマを作ったり、食卓の席で兄を責めたり大惨事です。板挟みのお父さんかわいそう。

ただ問題は、このお母さんの不安定さがすごく顕著だったということでして……。

こういう話だと思っていた。

このお母さん、過去に夢遊病で兄妹を焼き殺しかけたことがあるんです(火をつける前に目が覚めた)で、そういうエピソードをはじめとして、一家に起きる異変は主に、メンタルをやられたお母さんと兄の周りに現れます。

で、それらの全てが彼らの幻覚であるように見えるんです。

なので私は早々に「ああ、継承というタイトルだし、祖母からの精神的な気質が彼らに継がれて、それが悲惨な事件をきっかけに発症したんだな」と思いました。家の中に現れる祖母の影も、死んだはずの妹が立っているという悪夢も、不思議な光がまたたいている現象も割とよくある幻覚ですし、「追い詰められて幻覚が現実を浸蝕していくんだな」と思ったわけです。

実際に西洋の悪魔つきが起こるのは精神的に不安定な青少年に多く、彼らの超常的な動きは、彼ら自身が動いているのだ、みたいな話もあります。ので、そういう切り口の映画なんだろうと。

それくらい現実の世界では何も変わらない、ただ彼らの視界内だけに不穏が起きているわけです。

同時に彼らの家は、怪しい宗教団体によって蝕まれていきます。

精神的に参っている母親が、同じ事故被害者の会で知り合った女性。彼女は「自分も似たような経験をした」と言って近づきつつ、数日後に「あれから私、交霊術によって救われたのよ!」と母親に語るのです。もう見え見えの宗教の勧誘手口じゃないですかー。最初は怪しんでいた母親も、実際に交霊術を体験してラップ音を聞き、自らも家庭内で交霊術を行います。

この時は私まだ、交霊術にトリックあるんだろうな、って思ってました。

実際、追い詰められていく母と兄の間で、父親だけが「君(母)が夢遊病で自分でやっているんだ、君は心が弱っている」と指摘して頑張っていましたし、私も同意見でした。墓から祖母の遺体がなくなっているのも、無意識のうちに自分で掘り起こしたんでしょう。そういう推察をさせるだけの余地がありました。そう説得した父親が、突然発火して焼死するまでは。え、なんで?

あれ、これ何が起きてるの??

この映画において、お父さんは唯一の正気の人で良心だったんですよ。だから不思議な現象にもあわない。幻覚も見ない。崩壊していく家族の中で踏みとどまっている人。

そんな人に母親は「娘の遺品が悪魔つきの原因だからこれを焼いて欲しい」と懇願します。お父さんはそれを母親の妄想だと思いながらも、「それで気が済むなら」とつきあってくれるんです。そして死んだ。

ここから先はもうジェットコースターです。私の混乱のジェットコースター。

兄が目覚めると母親は既に正気ではなく、壁にはりついた後すんごい勢いで追いかけてくるし、家には謎の裸のおっさんがいる。意味わからん。え、何おきてるの。

そしてもう否定することのできない超常現象の数々。忍者みたいな動きをするお母さん。泣き叫ぶ兄。家のあちこちに点在する裸の人々。いつの間にか死んでる飼い犬。

ここにおいてようやく私は、自分がホラー映画でよくある「ずっとオカルトを否定し続けて犠牲になる人」カテゴリであることを知るのです。このぎすぎすした家族映画をずっと見てきて! 最後の10分くらいで!

振り返ると伏線だらけだった。

そうしてぽかーんとしたまま、悪魔復活の儀式が終わります。

でここでようやく「これは本当にオカルトの話だったのか」と思って振り返ると、まー出てくるわ出てくるわ悪魔教団の痕跡が。

妹が死ぬ原因になった電柱には、悪魔の印が刻まれているし

母親を勧誘してきた女性の家にも同じものがある。

一家の周りをうろうろしていた謎の女性たちは葬儀の参列者だし

家のあちこちに入りこんできた裸の人間も彼らである。

つまり最初から最後までこの一家は悪魔教団の掌の上にいたわけです。気づいた時には既に遅し、なんですが、彼らは「これもう勝ったな」という最後の瞬間まで直接的には乗りこんでこない。ぎりぎりまで「娘を失った一家の精神崩壊の話」になりうるラインを保ちながら、勝ち確が見えたらもう裸で人んちになだれこんでくるんですよ。満面の笑みで。もっと遠慮がちに来いよ。

私なんかは配信で見たので、見終わった後考察サイトを見ながら何度もあちこちのシーンを見直しました。公開当時には「本当の幽霊が映ってる」なんて評判になったシーンもありますが、安心してください。あれお母さんです。その前のシーンからずっと天井にはりついてます。ただ気を付けて見ないと気づかないだけです。

そんな感じで、ぎりぎりまで超常現象的ホラーを書かぬまま、その実山ほどの伏線を仕込んできた話。最後の最後でジャンルのどんでん返しをくらうのは、主に「信頼できない語り手のミステリ」に慣れてる人たちなんじゃないでしょうか。つまり私です。人を信じる心がないからこういう目にあうんですよ。

ミッドサマー公開されるよ。

そんなヘレディタリーの監督、アリ・アスターさんの新作が今月公開です。ミッドサマー。「目をそらしようがない明るさの下で描かれる最悪」と評判です。私は劇場で見る勇気がないので虎走さんのレビューを待ちます。

この監督、人の心がないタイプの人や……。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?