父と母から電話があった。

父にはもう時間がないから会いに来てくれと、母から電話があった。父の病院帰り、姉の運転する車の中からだった。母の電話は嫌いなのでいつも通り応答したくなかった。留守電も普段は聞かずに削除している。

母の話し方が嫌いだ。頼み方が鬱陶しい。猫なで声を聞きたくない。彼女に関わることが私を殺してくる気がする。気のせいだと思う。
インターネットで調べると、これは過剰な執着があるからだと書いてある。確かにそうかもしれない。過干渉なくせにお金の補助だけしてくる母。それに甘える自分。
ただただ、母の通話を聞くと許せない思いが湧いてくる。これ以上何を言ってもわかってくれないから話すことがない。そう、私は母にわかってほしかったのかもしれない。今はもうその思いを捨てなくてはいけない。

今はインターネットでの友達としか話をしていないから、また、前の会社へのストレスも合わせて、電話をしてきた母に向いたのかもしれない。他にぶつけられる人がいないから。
それでも、母の声を聞いていると胸がむかむかして痛くなる。何も考えられなくなり、そのうち怒りが涙になる。

姉の咳払いか、もしくは小言か、なにか人から空気が漏れる音が聴こえて怖くなった。
この通話は母が一方的に機嫌を伺うように保険証を切り替えろと話始めて切った。また電話をかけてこないように機内モードにした。耐えられない。

私はもう人として生きたくないのだと思う。偉そうに他人に人生観を話してしまうこともあるけれど、根本すべてに嫌気がさしている。だから適当なことをズバリと言える。
誰にも頼れない。頼る人もいない。早く死んでしまいたい。もういいんだよと自分を許せるのは死ぬ時だけだと感じる。

昨夜、深夜1時に鳴った電話は父からだった。癌の検査の結果で、肺や脳にも腫瘍はあって、治療は試みるが元気でまともに話せる時間はもうないからすぐに会いにきてほしいと言われた。私は相槌を打つだけで何も言えなかった。
コロナが流行ってるのに、別に話すことなんてなくて昨年会った時も話さなかったじゃないかとぼんやり頭の片隅で揺れた。父は泣きそうになりながら話していた。元気を出してとか、頑張ってとか、そんな言葉が私から出てくるわけがなかった。
父が咳き込んで、なにかの機械の向きを直した。肺にある癌が呼吸を妨げるのでなにかしなければいけないらしい。
実家の会社は次女が継いで、長女の旦那が助ける形になることも聞いた。簡単に潰れないような会社にしたから、私が十年くらいまだ好きにしてても大丈夫だからと。やりたいこと見つかるようにと。来年かいつかわからないけど俺は死ぬけど、私のことをこの先も責任持つからと。
そして何か困ったことはないかと聞かれたけれど、何も言えなくてないと答えた。最後にじゃあね、と言って通話を切った。

これを書きながら涙が出てきたのは、もしかするとこれらが父との最期の会話になるかもしれないと気づいたからだ。寝ぼけながら聞いた父の言葉をもう一度反芻して書いて置きたくなった。忘れたくないと思った。

朝8時前、また電話が鳴った。私は寝ていたけれど、父からだったのであまり迷わずに通話ボタンを押した。
もしもし、といつもの父のもしもしの言い方だった。私の声で、すぐに寝ていたことに気づいたらしく、寝てたか、ごめんなーと上から言った。
やっぱり、今、コロナで大変だから、落ち着いてから来いという話だった。そりゃそうだろうと私は寝ぼけたまま思い、今すぐ動く必要がなくなったことに心底ほっとした。
また、札幌に住んでほしいとも頼まれた。そうしたら目に届くから、と。新しく出発しろと。私は曖昧に相槌した。
父は今日から病院行って、検査や治療に入るからなと言って、じゃあなと電話を切った。

脳に癌や腫瘍があるというのはどういうことか、医療系海外ドラマでなんとなく知っていた。急を要するであろうこともなんとなく気づいている。でも後悔しても何でもいいや、と人生に投げやりになった私にはどうでもよく感じてしまうくらい、私はもうだめな人間だ。

父と話せなくなっても大丈夫だろうとさえ思っている。母と縁が切れても私は死ぬだけだろうというのも楽観かもしれない。
私の人生の輪郭は失われ、すべてがぼやけていく。このままとかされて消えてしまいたい。

父が死んでいく時でさえ、私は私のことを考えている。むしろ、前向きに生きることを考えるなら、もっと、父の為にではなく、私は私の為に、私と父の関係の為にどう生きるかを必死で考えて選択しなければいけないと思う。
今日、明日、いつ北海道へ帰るかは、家族のためではなく、私の為の選択でなければいけないと思う。

母と姉二人の助言はいらないのだ。ただ姉たちとはしばらく話していないので何を考えているのかもうわからないが。
姉たちは私より一回り以上早く生まれている。私の生きた年月より父と母に馴染みがあるはずなので、なにか私に対しても不満か何かはあるはずだが。

とにかく私は私の為にここに書いて、状況と頭の中を整理して、私の為に選択をする。
父と母のことが好きな気が少しだけしてくる。こんな言葉で締めたくないけれど。

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