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言語コミュニケーションを神経学にマッチング(後編):発声・発音と運動機能


はじめに

言語コミュニケーションを神経学にマッチング(前編) – 記号(sign)と感覚処理(sensory processing)」の続き後編です。言語コミュニケーションの基本概念である記号(sign)と神経系の感覚処理(sensory processing)との関連に触れました。今回は言語の発音(pronunciation)に焦点を当て運動機能に触れます。拙稿「その先の英文法:Loud Talking(大声)によるCOVID-19拡散増(2020年NITレポート)をPhonetics(音声学)から観る---Stops(閉鎖音)、Fricatives(摩擦音)、Affricates(破擦音)のAspiration(気音)」とも関連しますので参照してください。神経学、言語学関係の学術用語がたくさん出てきますが、クリックすると発音が聞けます。英語圏に留学する人や滞在する人に役立つと思います。

神経系の構図:受容器官でインプットされた情報→統合→運動器官による運動アウトプットまで


前回、解剖学・生理学(anatomy and physiology)の入門書E. N. Marieb著Essentials of Human Anatomy and Physiology Chapter 7‘The Nervous System”[1]に掲載された下図Slide7.5とSlide 7.2に沿い神経系の概要を述べましたが、S.C. Bhatnagar and O.J. Andy 著Neuroscience for the Study of Communicative Disorders [2]より神経科学(neuroscience)の情報を補足します。TOEFL iBTテストを受験する読者は、語彙力強化のため、本文中の医学用語(下線表示)をクリックすると発音が聞けるようになっていますので練習してください。


The Nervous System’s Functions (Marieb Slide 7.5)


Organization of the nervous system (Marieb Slide 7.7)


  1. 神経系は、中枢神経系(the central nervous system/CNS、脳brainと脊髄spinal cord)と末梢神経系(the peripheral nervous system/PNS)から構成される。

  2. 脳は、全ての感覚・運動機能、認知機能を始動・制御・調整し、脊髄は感覚・運動の情報を身体各部から集め、かつ各部へ伝達する。

  3. 末梢神経は脊髄神経(spinal nerves)と脳神経(cranial nerves)を含み、臓器、筋、関節、血管、皮膚表面に分布し、全身を通じて広範な軸ケーブルとサクワイヤーのネットワークを構成する。脊髄神経の源は脊髄で骨格筋や内臓器官を制御し、脳神経は脳幹(延髄、橋、中脳)から頭部、顔面、頸部、口腔を制御する。

  4. 末梢神経は感覚/求心性(sensory/afferent) 神経と運動/遠心性(motor/efferent) 神経から構成される。

  5. 感覚/求心性神経は受容器官(sensory receptors) が察知した情報(impulses) を集め、中枢神経系(CNS)に送る。

  6. 中枢神経は送られた情報を統合(integration)し、

  7. 運動/遠心性(motor/efferent)神経を通して運動器官に送り運動アウトプットを起こす。

  8. 運動/遠心性(motor/efferent)神経は体性/随意系(somatic/voluntary)と自律/不随意系(autonomic/involuntary)から構成される。

  9. 体性/随意系(somatic/voluntary)は骨格と皮膚を神経制御し、自律/不随意系(autonomic/involuntary)は内臓(viscera)と腺(glands)を神経制御する。

  10. 自律/不随意系には交感(sympathetic)神経と副交感(parasympathetic)神経があり、興奮モード時に交感神経が、休みモード時に副交感神経が機能する。

  11. 脳神経は顔面と頸部の感覚機能と運動機能を調節する。


(前編)は記号に焦点を当て、末梢神経の感覚受容器官(sensory receptors)による情報(impulses)収集と中枢神経による統合(integration)までの感覚プロセス(sensory processing)中6と7に触れました。今回は発音に焦点を当て、中枢神経からその情報を運動/遠心性(motor/efferent)の末梢神経を通して運動器官に送り運動アウトプットを起こす上記8.と9.に触れます。余白が限られており、体性・随意系(somatic/voluntary)運動の一つである言語の発音に絞ります。

言語を発するという運動がヒトにとってどれほど大きいか脳地図をみると一目瞭然

前回触れた、感覚刺激(impulses)の受容、弁別、単一様態連合、異種様態連合までの感覚処理プロセス(sensory processing)は、大脳皮質の一次体性感覚野(primary somatosensory cortex)に関連します。その情報を受けて発出される運動(motor)指令は一次運動野(primary motor cortex
)に関連します。面積ではなく人口を基に再現された世界地図を見たことがあると思いますが、下図は、一次体性感覚野が全身部位から受ける感覚情報(下図左)の量と、一次運動野が運動指令を出す全身部位の量を基に身体を再現した体部位再現図(Cortical Homunculus)です。[3]


(Cortical Homunculus) 

上図をそのままの比率で再現すると以下のような像になります。


Cortical Homunculus Britanicaより

体性感覚(somatosensory)においても運動(motor)においても顔(face)と手の大きさが際立ちます。手においては小指(little finger)、薬指(ring finger)、中指(middle finger)、人差し指(index finger)、thumb(親指)、顔においては、目(eye)鼻(nose)、特に口における両唇(lips)、歯(teeth)、顎(jaw)、舌(tongue)の大ききさが際立ちます。ヒトにおいては、衣食住に加え、言語コミュニケーションに多用される顔の部位、特に口の部位の相対的な大きさが際立ちます。今回、発音を取り上げた理由が分かるでしょう。

非常に興味深いのは、体性感覚/求心、即ち、受信プロセスと、運動/遠心、即ち、発信プロセスにおいて多少の差はあってもあまり変わらないことです。言語コミュニケーション活動において、手は情報の受信においても発信においても頻繁に使われます。目はどちらかというと視覚情報の受容だけと思われがちですが、運動においても自他の位置確認など、また、言語コミュニケーションにおいて目視による視覚情情報は必要です。まさに「目は口ほどにものを言う」ですね。英語では“The eye is the window of the mind”と言いますが、実際、“Eyes as the window to the mind”(Cambridge Neuroscience)と称する自閉症(autism)と関連づける研究があります。

健常者は相手の目の表情を見ながらコミュニケーションするが自閉症患者は相手の目を見ずに口元に固執するという報告です。Cortical Homunculusの体性感覚側は目(eye)全体ですが、運動側は瞼(eye rid)と眼球(eyeball)の動きであり、表現機能の一端を担っているのが分かります。要は、目は受信だけではなく発信機能も有する器官です。イギリスのコメディアンRowan Atkinson(Mr. Been)は目で表現できる天才でしょう。

言語の発音:ホムンクルスの運動側の両唇、歯、舌などの発生器官


言語の発音(pronunciation)に戻ります。Cortical Homunculus図で言うと、運動(Motor)側の口における両唇(lips)、歯(teeth)、顎(jaw)、舌(tongue)などに当たる部分です。言語学では音声学(phonetics)の領域です。音声学については、別稿「その先の英文法:Loud Talking(大声)によるCOVID-19拡散増(2020年NITレポート)をPhonetics(音声学)から観る---Stops(閉鎖音)、Fricatives(摩擦音)、Affricates(破擦音)のAspiration(気音)」および、その他関連記事で英語の音声分析を中心に紹介しました。以下、簡単におさらいします。音声学は、1. 調音音声学(articulatory phonetics)、2. 音響音声学(acoustic phonetics)、3. 印象的音声学(impressionistic phonetics)[4]に細分されます。1では音が体内で作られる過程を、2では体外に出た音が起こす空気の振動を、3では音が聞き手の鼓膜に達してから体内の聴覚に認識される過程を扱います。発音、即ち、音の発出に関係するのは1の調音音声学です。下図は調音音声学が掲げる調音に必要な発声器官です。


The Organs of Speech(An Introduction to General Linguistics. F. Dinneen)

ラテン語由来の難解な用語が多いですが、以下、邦訳を付けますので、覚えておくと、英語圏の鼻咽喉科(otorhinolaryngology)や歯科(dentistry)口腔外科(oral surgery)などに行く際に役立ちます。

trachea気管esophagus食道 larynx喉頭 vocal cords声帯glottis声門 epiglottis喉頭蓋pharyngeal cavity咽頭腔、uvula口蓋垂velum軟口蓋/velar region軟口蓋領域、palate口蓋/palatal region口蓋領域、alveo-palatal region歯茎・口蓋領域、alveoli/alveolar ridge歯茎/alveolar region歯茎領域、apex舌先/apico-articulator歯茎調音器官、blade(舌橋)、front(前舌面)/frontal articulator前舌面調音器官、back/dorsum後舌面/dorsal-articulator後舌面調音器官、root(舌根)、lips唇(lower lip下唇/upper lip上唇)、teeth歯(lower teeth下歯/upper teeth上歯)、oral cavity 口腔、nasal cavity鼻腔

これらの発声器官は脳神経(cranial nerves)の管轄下におかれ、肺で音声の生成に必要な呼吸/空気吐き出し(respiration)、その空気の流れを、喉、口腔、鼻腔を通して、発声(phonation)し、調音(articulation)します。

英語の母音、子音の調音

以下、「その先の英文法:Loud Talking(大声)によるCOVID-19拡散増(2020年NITレポート)をPhonetics(音声学)から観る---Stops(閉鎖音)、Fricatives(摩擦音)、Affricates(破擦音)のAspiration(気音)」で触れた英語の母音、子音の調音について簡単におさらいします。

発声器官には非可動器官(immovable organs)と可動器官(movable organs)があります。

非可動器官(immovable organs)は、口腔上部の upper teeth(上歯:形容詞dental)、alveolar-ridge(歯茎:形容詞alveolar-)、alveolar-palate(歯茎・口蓋:形容詞alveolar-palatal)、glottis(声門:形容詞glottal)です。

可動器官(movable organs)は、別称、articulators(調音器官)と称され、lips(両唇labio-)、lower jaw(下顎)、tongue(舌)、velum(軟口蓋:形容詞velar)で、articulator(調音器官)としてのtongue(舌)は、前方から順に、apex(舌先:形容詞apico-)、blade(舌橋)、front(前舌面)、central(中舌面)、back/dorsum(後舌面:形容詞dorso-)、root(舌根)に細分されます。

調音は、かいつまんで言うと、調音点(points of articulation)と調音方法(manners of articulation)の組み合せのことです。調音点(points of articulation)とは、非可動器官(immovable organs)に可動的器官(movable organs)を密着させるか、接近させて作るポイントのことです。下図Consonants(子音)では横軸に調音点が表示され、例えば、/f/は、下唇(lower lip/labio-)の内側を上歯(teeth/dental)に密着させるのでlabio-dentalと表示されます。調音方法(manners of articulation)は調音する際の空気の流れ方に関連します。第151回で触れたように、1. 声帯(vocal cords)を振動させるか、させないかにより、有声音(voiced sounds)と無声音(voiceless sounds)を区分する。2. 空気の流れを口腔(oral cavity)か、鼻腔(nasal cavity)に通すかにより、口腔音(oral sounds/orals)と鼻音(nasal sounds/nasals)を区分する。3. 空気が妨げ無しにスムーズに流れるか、どこかで妨げられ気音(aspiration)を起こすかで区分する。空気がスムーズに流れる場合は母音(vowels)、気音(aspiration)を伴う場合は子音(consonants)、その中間の場合は半母音(semi-vowels)に区分します。4. 気音(aspiration)の作り方により、子音(consonants)は閉鎖音(stops)、摩擦音(fricatives)、nasals(鼻音)、側音(laterals)、破擦音(affricates)に分かれます。

下図はConsonantsとVowelsをまとめたものです。例えば、/f/の発音(voiceless labio-dental)には、まず、声帯を開いて空気を通し(voiceless)、下唇の内側を上の歯にくっ付けて気音(aspiration)を起こさせ、そのまま口から息を出すよう発声器官を整えなければなりません。英語の子音は20数個あり難しいです。


母音(vowels)は通常、有声音(voiced sound)で、調音点(points of articulation)は、舌(tongue)の相対的位置=前部/後部/中部(relative position:front/central/back)、相対的高さ=高/中/低(relative height:high/mid/low)、両唇の相対的形状=丸い/平たい(relative shape of the lips:round/unround)などで区分されます。要は、可動器官(movable organs)の舌(tongue)のみで調音しなければならず、調音点を可動器官を不可動器官に密着/接近させて調音する子音(consonants)に比べ難しいです。

次の3つの動画は、言語の音声の生成に必要な呼吸/空気吐き出し
(respiration)→発声(phonation)→調音(articulation)の過程を3次元にして分かりやすく説明しています。[5]

How Does the Human Body Produce Voice and Speech?(NIH)
Organs of Speech | An Introduction to the Organs | Speech Mechanism | Phonetics | HSA PSC Exam(The English HUB)
Speech Production Mechanism (Aze Linguistics)

脳神経の一つの迷走神経が調音器官をどう動かすか

では、これらの器官を動かす末梢神経の脳神経(cranial nerves/ CN)はどうなっているかチェックしてみましょう。脳神経は第1〜第12の12対があります。

第1脳神経 臭神経  Olfactory CN 1(sensory)
第2脳神経 視神経  Optic CNⅡ (sensory)
第3脳神経 動眼神経 Oculomotor CN Ⅲ(motor)
第4脳神経 滑車神経 Trochlear CN Ⅳ (motor)
第5脳神経 三叉神経 Trigeminal CN Ⅴ(mixed)
第6神経  外転神経 Abducens CN Ⅵ(motor)
第7神経  顔面神経 Facial CN Ⅶ(mixed)
第8神経  内耳神経 Vestibulocochlear CN Ⅷ(sensory)
第9神経  舌咽神経 Glossopharyngeal CN Ⅸ(mixed)
第10神経 迷走神経 Vagus CN Ⅹ(mixed)
第11神経 副神経  Accessory CN Ⅺ(motor)
第12神経 舌下神経 Hypoglossal CN Ⅻ(motor)

それぞれの解剖学的情報・機能についてはCranial Nerves(BYJU‘s)やDysfunction Cranial nerves(Physiopedia)やSummary Table Cranial Nerves(Teach Me Anatomy)などのサイトが分かりやすく説明してくれます。特に調音器官の動きに関係がある運動系の脳神経は、第10神経 迷走神経Vagus CN Ⅹ(mixed)と第12神経 舌下神経Hypoglossal CN Ⅻ(motor)です。Neuroanatomy Cranial Nerve 10(Vagus Nerve)(NIH)とNeuroanatomy Cranial Nerve12(Hypoglossal)(NIH)などのサイトにもう少し細かい情報があります。以下、それぞれに関連する筋肉(muscles)をまとめます。

迷走神経は喉頭(the larynx)と咽頭(the pharynx)の筋肉を制御しますが、このうち喉頭の内筋と喉頭蓋は音声生成に最も重要な神経です。[6]

また、舌の後部の筋肉である口蓋舌筋(the palatoglossus muscle)も制御します。この筋肉は舌の後部を持ち上げる機能があります。

舌下神経は舌(the tongue)の全ての内因性筋肉(the intrinsic muscles)および一部を除く外因性筋肉(the extrinsic muscles)を制御します。

外因性筋肉は次の3つから成ります。オトガイ舌骨genioglossus:舌根(the root)を前方に引っ張ります(draw the tongue forward from the root)。

舌骨舌筋hyoglossus:舌を引っ込めたり側面を圧縮したりします(retract the tongue and depresses its side)。

茎突舌筋styloglossus:舌を上に引っ張ります(draw the tongue upward)。

内因性筋肉は舌の形を短くしたり、狭めたり、丸くしたりします(change the shape of the tongue such as shortening, narrowing, curving the tongue)。

ALS(amyotrophic lateral sclerosis)(MAYO)などの舌下神経の障害は、嚥下、摂食、そして、スピーチに重篤な障害を来します。上述したように、母音は舌の位置/高低により識別され、子音はそれぞれ舌を調音点に正確に合わせなければなりません。舌下神経は不可欠です。

今回は、調音(articulation)に焦点を絞りましたが、これに、呼気(respiration)、発声(phonation)器官を動かす神経、そして、唇、顎、顔の表情(Facial Nerve)などの複雑な動きが加わるのです。母語であれ外国語であれ、言葉を話すことがいかに複雑であるかお分かりでしょう。

これらの神経の動きはみな随意(voluntary)で意識して習得するのですが、歩いたり走ったりするのと同じように、生まれて数年で身に付くと意識せず無意識に表出されます。幼児は喃語にはじまり歩き始めるころには母語の発音体系を習得します。母語だけではなく外国語の音も結構速く習得します。これについては別稿でお話しします。

言語記号の構成要素の一つ音のイメージ(sound image)は分からないことだらけ

前回触れた(言語)記号を構成する形態としての音のイメージ(Sound Image)は、脳神経のこうした複雑な動きによるもので、未だ、分からないことだらけです。

ソシュールの(言語)記号

筆者が言語学の手解きを受けた1970年代に比べ、音声学は神経学や解剖学などの研究と連動し、格段の進歩を遂げています。現在、言語学を学んでいる読者が、別稿「アメリカの医学部に入学するには」(1) to(2)で触れたように、例えば、University of California, San Francisco(UCSF医学部)に進学すれば、次のような授業を受けることができます。

How speech movements are controlled by our brain

‘Music of Speech’ Linked to Brain Area Unique to Humans

(2022年12月22日記)

[1] この動画はTOEFL iBT テストのリスニング(上級レベル)の良い訓練になります。
[2] このpreviewは本書の一部しか反映されていないので、手元にある翻訳版『神経科学コミュニケーション障害理解の為に』(舘村卓訳 医歯薬出版社)を参照しました。
[3] 最初に再現したのはWilder Graves Penfield(1891-1976)です。臨床医学の成果です。動画をクリックしてみてください。TOEFL iBTテストの中級レベルのリスニングです。
[4] 聴覚音声学(auditory phonetics)とも言います。
[5] TOEFL iBTテストのリスニングの練習になります。難易度順に並べてあります。
[6] Neuroscience for the Study of Communication Disorders. Bhatnagar and Andy.(舘村卓訳 P.302)


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