映画『ダム・マネー ウォール街を狙え!』感想

昨日観た映画『ダム・マネー ウォール街を狙え!』がなかなかの佳作だったので感想を残しておこう。ネタバレ有なので読まれる方は注意

どんな映画?

この映画の基本プロットは、投資ファンドが空売りによってゲームストップという街のゲーム屋さんを食い物にして儲けようとしているのに対して、庶民が中心の個人投資家が結束して立ち向かい金持ちに一泡吹かせるというもの。金融用語なども出てくるがそのあたりはサラッと流しても、スカっとするエンタメ作品として楽しめる。

タイトル通りマネーゲームの映画なんだけど、それだけじゃないのがこの映画のいいところ。この映画はマネーゲームを通じて社会の今と変化を描いた映画といえる。具体的には、
・富裕層と庶民・貧困層の格差の拡大
・コロナ禍のアメリカ社会
・インターネットやテクノロジーの発展による個人の力の増大
などが作中で描かれる。これらを描くために登場人物や組織が上手く割り当てられているので、次にこれらを分析する。

登場人物・組織

主人公と家族

主人公のrolling cat ことキース・ギルは個人投資家でyoutuberのようなストリーマー。投資情報交換の掲示板で自信のポジションを公開し、配信で仲間を集めてゲームストップ株を押し上げてファンドに立ち向かっていく。逆張りに自分の資産をオールインするという行動から、頭のネジが外れたような人かと思いきや、自分の行動に悩みながら自分の応援しているゲームストップの株を買い増していく気弱なオタクとして描かれている。

キースと父は元運転手、母は元看護士とエッセンシャルワーカーで家庭は裕福ではない。弟はUber eatsのような配達の仕事をしているが、つまみ食いしまくるダメ弟。兄貴の配信を荒らしにきたり、車を勝手に借りたり、やりたい放題だが、観てる方は楽しい。キースは妻子がいて奥さんが常識人で、子供は可愛いので応援したくなる。

個人投資家たち

キースに触発されてゲームストップ株を買い増していく個人投資家たちも何人か登場するが、彼らには明確な役割が割り当てられていると思った。

看護師のジェニーは正当に報いられていないエッセンシャルワーカーとして描かれている。コロナ禍で働いているのにろくに報いられず、金持ちから搾取されていると感じている。

学生のリリとハーモニーからは、アメリカの大学生の現状が見える。アメリカの大学生たちの多くは奨学金を受けており、社会に出る前の段階から多額の借金を背負っている。またハーモニーの父は、ファンドに食い物にされて職を失っており、真面目に働く一般庶民が報われない現実がある。

移民でゲームストップ店員のマルコスは、当初ほとんど資産を持っておらず移民がアメリカ社会で生きていく難しさが感じられる。一方で、彼は勤務しているゲームストップ株で大儲けをするにも関わらず、ゲームストップの経営が上向くことに協力する気はさらさらない。一連の出来事がやはりマネーゲームであり、ゲームストップの事業の実態とほとんど関係ないところで起きたことを象徴している。

ファンド・ベンチャー企業

メルビン・キャピタル・マネジメントのゲイブ・プロトキンは本作のわかりやすい悪役。いい生活をして庶民から金を巻き上げることを当然のことと思っている。最後にメルビンが倒れることも含めて、わかりやすい役どころ。

シタデルのケン・グリフィンは、立ち位置的にはゲイブと似ているがもっと大物で、ゲイブがピンチになったときに金と権力を使って助け、最後もわかりやすく報いを受けるわけではない。ゲームストップ騒動で痛手を受けた金持ちはごく一部でしかないことを象徴しているように感じた。

ロビンフッドの創業者2人は面白い立ち位置。手数料無料のロビンフッドの投資アプリは個人投資家たちへの投資のハードルを下げ、個人投資家が結束してファンドに立ち向かう武器となる。一方で、シタデルから(おそらく)圧力を受け、ゲームストップ株の買い注文を停止してしまうことで、言わば個人投資家たちを裏切った形となる。その企業名が弱者の味方のロビンフッドというのがまた皮肉だ。

まとめ

本作は弱者(一般庶民)が強者(金持ちエリート)に立ち向かい一泡吹かせるというわかりやすい物語で、時間も105分のコンパクトでテンポが良く、エンタメ作品として非常に質が高い。ただそれだけではなく、丁寧に作品で描かれていること見てみると、意外に奥が深く興味深い。

reditやロビンフッドなどのプラットフォームやアプリケーションは、個人がつながり社会に影響を及ぼすことをより容易にした。昨今のSNSでの炎上などを見ていると、これは良い側面だけでなく悪い側面も目立つが、少なくとも以前よりも簡単に社会に影響を及ぼせるようになった。

つい数年前のコロナ禍の出来事であることも外せない。実際に現実で集まることができない中で個人がつながったわけだ。また議会での証言もオンラインであるためにキースは自宅の地下室で妻と、ゲイブやケンは側近を並べて立派なオフィスビルから参加する対比も面白い。それにしてもアメリカでも日本と同じように他人がマスク外してるとマスク!マスク!って感じだったのかと意外だった。

もう1つ、実際に起きたことはこの作品の表層で描かれるほど単純ではないことも重要だ。個人投資家の中には大儲けした人もいるが、乱高下のなかで大損をした人もいる(看護師のジェニーは損していることがエンディングで明かされる)。またファンドの側も打撃を受けたのはメルビンなどごく一部であることが、シタデルのエピソードなどから示唆される。そして渦中のゲームストップの事業は決して好調ではなく、実態そっちのけでマネーゲームの対象になったことは間違いない。個人投資家たちが正義というわけもないことは押さえておかないといけない。

色々な意味で観て損はない映画だと思うので、興味のある方は是非見てみて欲しい。

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