小児急性脳症診療ガイドライン 改訂のポイント

2022年12月に「小児急性脳症診療ガイドライン 2023」が公開された. 2016年の旧版のガイドライン公開から6年超を経た改訂となり, その期間中に発表された様々な知見, あるいは提唱などを踏まえた内容となっている.

大小さまざまな点について変更されているが, 今回個人的に思った改訂ポイントについて以下で述べていくこととする.

主な改訂ポイントの概要

1. 急性脳症を疑う患児に対する, AESDへの進展, 後遺症の予防目的での体温管理療法の実施に関してクリニカルクエスチョン(CQ)が設けられ, 基準の提示, および実施することが弱く推奨されるようになった
2. 定義: 意識障害の基準がJapan Coma Scale 20以上 もしくは Glasgow Coma Scale (GCS) 11未満となった
 ・以前は「GCS 10〜11以下」とされていた
3. 急性脳症の分類において, 一部の表記が変更/統一された.
 ・出血性ショック脳症症候群が日本語名となる
 ・AESDがけいれん重積型(二相性)急性脳症のみに統一される
 ・可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)のみに統一される
4. 急性脳症の疫学(予後含め)に関する情報が2014-2017年を対象とした研究結果を反映した内容に変更された
5. 急性脳症の診断に必要あるいは有用と考えられる検査項目の1つであるAST上昇の基準の下限値が変更された ([旧]90-150IU/L以上 → [新] 40-150U/L以上)
6. 急性脳症の診断に必要あるいは有用と考えられる検査項目として, 新たな知見に基づいて知られるようになった項目(血液検査・尿検査・脳波検査)が追加された
7. ANEの画像所見の解説で視床病変が数日の経過で出血を反映したT1, T2信号変化を呈する事が追記された
8. AESDの画像所見の解説で, 高b値拡散強調像やMRI ALS法, MRIスペクトロスコピー(MRS)についての知見が追記された
9. 急性脳症の脳波検査の異常所見として「発作の存在」が追加された
10. けいれん性てんかん重積状態に対する経静脈的治療法の選択肢にロラゼパムが追加された
11. けいれん性てんかん重積状態に対する経静脈的治療法の解説にレベチラセタム・ロコサミドに関連する知見が追記された
12. 急性脳症の全身管理における循環管理での血圧の目標値に乳児の内容が追記された(収縮気圧 70mmHg以上)
13. 切迫脳ヘルニア徴候としての意識レベルの基準が変更された([旧]GCS < 8 → [新] GCS 8以下)
14. 体温管理療法として脳平温療法の詳細および小児急性脳症に対する体温管理療法実施の現状についての詳細な解説が追加された.
15. 先天代謝異常症の診断と検査における推奨で, 遊離脂肪酸が保険収載されたことを反映して, 注意書きがなくなった
16. ミトコンドリア救済としてミトコンドリアカクテル療法が新たに言及されるようになった
17. ANEに関して: 日本人におけるANEと関連する遺伝子異常についての解説およびANEの重症度スコアが掲載されるようになった
18. AESDの早期診断スコアについての詳細について解説が掲載された.
19. 脳平温療法についてはCQが設けられ, 特定の条件において実施が弱く推奨されるようになった
20. 難治頻回部分発作重積型急性脳炎(AERRPS)に類似した疾患であるFIRES, NORSEとの関係性について新たに言及されるようになった.
21. AERRPSに対して有効である可能性がある治療として, 新たに抗サイトカイン療法が挙げられた.

各論

1. 急性脳症を疑う患児に対する, AESDへの進展, 後遺症の予防目的での体温管理療法の実施に関してクリニカルクエスチョン(CQ)が設けられ, 基準の提示, および実施することが弱く推奨されるようになった

小児の急性脳症に対する体温管理療法についてはエビデンスは乏しい現状があり, 改訂前のガイドラインでは「有効性に関する明確なエビデンスはない(推奨グレードはなし)」と記載されていた.
今回のガイドライン改訂では, 2015年および2016年に発表された2つの研究(*1)(*2)から得られた知見に基づいて, AESD予防を目的として, 以下の1)または2), かつ3)を満たす症例に関しては実施が弱く推奨されることとなった:
1) 難治けいれん性てんかん重積状態
2) 6時間以上続く意識障害
3) 多臓器障害を疑わない(例: 神経症状出現6時間以内のAST<90)


2. 定義: 意識障害の基準がJapan Coma Scale 20以上 もしくは Glasgow Coma Scale (GCS) 11未満となった

以前のガイドラインでは意識障害の基準がGCS 10〜11以下とされ, 幅がありやや曖昧だった. しかし今回の改訂では意識障害の基準はGCS 11未満とされより明確な基準となった.
ちなみに改訂前のガイドラインの英語版が2021年に公表されており, その英語版では意識障害の基準はGCS 11未満とされていた(*3)ため, 英語版とは比較すれば明らかな変更はないとも言える.


3. 急性脳症の分類において, 一部の表記が変更/統一された

以下の病名が今回のガイドラインでは変更/統一されている:
・出血性ショック脳症症候群: 日本語名となる
・AESDがけいれん重積型(二相性)急性脳症: この病名のみに統一される
・可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS): この病名のみに統一される


4. 急性脳症の疫学(予後含め)に関する情報が2014-2017年を対象とした研究結果を反映した内容に変更された

2014-2017年を対象とした全国調査が行われ, その結果に基づいて推奨や解説文の内容が変更(反映)されている(*4).
改訂前と大きな違いはないものの, 死亡率が6% → 5%となっていたり, 最も多い病原体はインフルエンザとHHV(ヒトヘルペスウイルス)-6/7が並列と記載されるようになったなど細かい変更はみられる.


5. 急性脳症の診断に必要あるいは有用と考えられる検査項目の1つであるAST上昇の基準の下限値が変更された ([旧]90-150IU/L以上 → [新] 40-150U/L以上)

急性脳症の診断に必要あるいは有用と考えらえる診察項目・検査項目がガイドラインの概解説で示されている.
その中で,検査所見において血清ASTの上昇がその1つとして提示されているが, この基準値の下限値の幅がやや広がり, 下限値の下限が90IU/Lから40U/Lに変更された.
この明確な理由について特に言及はないものの, AESDの早期の予測スコアとして提案されている代表的なものの1つであるTadaスコアで, 血清AST≧40が項目の1つにあることから(*5), これを反映したものかもしれない.


6. 急性脳症の診断に必要あるいは有用と考えられる検査項目として, 新たな知見に基づいて知られるようになった項目(血液検査・尿検査・脳波検査)が追加された

知見の集積に伴い, 有用な可能性がある様々な検査項目について新たに言及されるようになった.
血清プロカルシトニン(PCT)値や血清PCT/CRP比といった, 一般の医療機関でも測定できることが多い項目も中には含まれているが, 容易には測定できない, あるいは結果を得るまで数日を要するものも多いため, 実際の臨床に活用するにはまだ課題があるのが現状ではある.


7. ANEの画像所見の解説で視床病変が数日の経過で出血を反映したT1, T2信号変化を呈する事が追記された

従来から教科書的にも知られている所見で(*6), 改訂前のガイドラインでも表では記載されていたが, 解説での説明も追記された.
基本的には3日以降で出血を反映した所見がみられるとされている.


8. AESDの画像所見の解説で, 高b値拡散強調像やMRI ALS法, MRIスペクトロスコピー(MRS)についての知見が追記された

高b値拡散強調像(b=3000s/mm2)では通常よりも描出能に優れているという可能性がある(*7)ことや, MRI ALS法がAESDの早期診断に有用であることに期待がもてるような知見(*8)が新たに追記されている.
高b値拡散強調像についてはMERSでもより描出能が優れていることが示唆されている(*7).
MRI ALS法では, 早期の発作後8.5から22時間以内に血流減少がみられ, 後期の発作後24時間以内に血流増加がみられたこと, その血流異常の分布がAESDでの特徴的なMRI所見であるbright tree appearance (BTA)と比較的一致していたことなどが示されている(*8).


9. 急性脳症の脳波検査の異常所見として「発作の存在」が追加された

脳波検査において, 特に臨床症状を伴わない脳波上の発作(electrographic seizures)が重症群でみられやすいことが示唆され(*10), またその存在が転帰と関連している可能性が知られるようになった(*11).
それらの知見から, 「推奨」での急性脳症での主な異常所見として「発作の存在」が新たに追加された.


10. けいれん性てんかん重積状態に対する経静脈的治療法の選択肢にロラゼパムが追加された

ロラゼパム(ロラピタ®)が2018年9月に承認され, 2019年2月に市販されるようになったことを受け, けいれん性てんかん重積状態に対する経静脈的治療法の第1選択薬の1つとして新たに追記された. 
なお, ほぼ同時期に改訂された『熱性けいれん(熱性発作)診療ガイドライン2023』(*12)および『小児てんかん重積状態・けいれん重積状態治療ガイドライン2023』(*13)でもてんかん重積状態に対する治療薬の第1選択薬の1つとして挙げられるようになった.


参考文献

(*1) Nishiyama M, Tanaka T, Fujita K, Maruyama A, Nagase H. Targeted temperature management of acute encephalopathy without AST elevation. Brain Dev. 2015;37(3):328-333.
(*2) Murata S, Kashiwagi M, Tanabe T, et al. Targeted temperature management for acute encephalopathy in a Japanese secondary emergency medical care hospital. Brain Dev. 2016;38(3):317-323.
(*3) Mizuguchi M, Ichiyama T, Imataka G, et al. Guidelines for the diagnosis and treatment of acute encephalopathy in childhood. Brain Dev. 2021;43(1): 2-31.
(*4) 平成30年度厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)「良質なエビデンスに基づく急性脳症の診療に向けた体制整備」研究班. 急性脳症の全国実態調査(第二回, 平成29年度実施)
(*5) Tada H, Takanashi J, Okuno H, et al. Predictive score for early diagnosis of acute encephalopathy with biphasic seizures and late reduced diffusion (AESD). J Neurol Sci. 2015;358(1-2):62-65.
(*6) 大場洋編著. 小児神経の画像診断 脳脊髄から頭頸部・骨軟部まで– 秀潤社. 2010.
(*7) Tsubouchi Y, Itamura S, Saito Y, et al. Use of high b value diffusion-weighted magnetic resonance imaging in acute encephalopathy/encephalitis during childhood. Brain Dev. 2018;40(2):116-125.
(*8) Uetani H, Kitajima M, Sugahara T, et al. Perfusion abnormality on three-dimensional arterial spin labeling in patients with acute encephalopathy with biphasic seizures and late reduced diffusion. J Neurol Sci. 2020;408:116558.
(*9) Fukuyama T, Yamauchi S, Amagasa S, et al. Early prognostic factors for acute encephalopathy with reduced subcortical diffusion. Brain Dev. 2018;40(8):707-713.
(*10) Fukuyama T, Yamauchi S, Amagasa S, et al. Early prognostic factors for acute encephalopathy with reduced subcortical diffusion. Brain Dev. 2018;40(8):707-713.
(*11) Mohammad SS, Soe SM, Pillai SC, et al. Etiological associations and outcome predictors of acute electroencephalography in childhood encephalitis. Clin Neurophysiol. 2016;127(10):3217-3224.
(*12) 日本小児神経学会 監修. 熱性けいれん(熱性発作)診療ガイドライン2023. 診断と治療社. 2022
(*13) 日本小児神経学会 監修. 小児てんかん重積状態・けいれん重積状態治療ガイドライン2023. 診断と治療社. 2023

(以下, 工事中)


記事が気に入ったりしていただけたら、サポート頂けると幸いです。 今後の記事の資料収集の費用にいたします。