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夏はハロウィン。

新卒から三年間、月刊誌の編集部に配属されたことによる弊害は、

「季節がわからなくなる」

ということだった。

月刊誌は基本、常に2ヶ月先のことをやっている。
ファッション誌やアパレル業界だともっと先々を見据えているのだろうが、8月に作っているのが10月号、というスケジュールはほぼ同じなのではないかと思う。

夏の号は、ゴールデンウィークから梅雨にかけてとっくのとうに作り終えている。
肌寒い時期に「お盆!」「バカンス!」「夏休み!」とテンションを上げきったので、実際に世の中が夏休みムードに入る頃には息も絶え絶えだ。

ではこの時期、月刊誌の編集部は何をしていたのか。

そりゃもう、ハロウィンである。

トリックオアトリートでハロウィンナイト、カボチャに誘われようとも誘われなくとも、当時下っぱ編集者だった私はこの時期、ハロウィングッズを探して町を走り回っていた。

***

ざっと五、六年ほど前の話なので、まだ世間ではさほどハロウィンが一般的ではなかったと思う。
せいぜい近所の商店街に、近くの保育園の子供たちが「トリックオアトリート!」とお菓子をねだりに来るくらいの微笑ましいイベントだった。

だがしかし、こちとら女性向けの月刊誌なのである。

季節感が命。
ビジュアルも命。

秋のイベントは思いの外少ない。
春はお花見と新入社員シーズン、夏はバカンス、冬はクリスマスとお正月。
泣きたくなるほど使える素材がないのだ。

美味しいものは多い。秋ナス、サンマ、栗に柿……。
だがしかし、誰が秋ナスとサンマで彩られた女性誌を読みたいというのだろうか。

色の変わった紅葉や銀杏はいい。和風の企画に使えるし。でも、問題は洋風チックな企画のときなわけで……。

やむを得ず手を出すジャックオランタン。
カボチャのオレンジと魔女の黒の饗宴。
私にとっての夏は、ハロウィンカラー一色だ。

***

本来、ビジュアル命の女性誌には「スタイリスト」という素敵な職業に就く人が投入される。
出版や広告をテーマにした小説やマンガにはよく出てくるのでチェックしていただきたい。
その人がいるだけであーら不思議、センスのいい小物とセンスのいいコーディネートによってセンスのいいページが出来上がるのである。

が、現実、そして斜陽といわれる出版業界はさほど甘くない。
雑誌不況、広告激減、資金難、当時の会社は小さな編プロ。
スタイリストをやとうお金なんて、当座の口座をひっくり返したって出てこなかったのである(余談だが、ライターも校正者もやとえなかった)。

ではどうするか。


答え:自分でやる。

センスのない女が、他社のセンスのいい雑誌を読んで必死に勉強をし、センスのよさげな小物を必死にかき集めて、センスのいい……?ページを作らねばならないのだ。
これを無茶ぶりと言わずなんと言おう。

そんなわけで、私はこの時期いつも、強烈な日差しに耐えながら、頭の中はハロウィンナイトという矛盾を抱えつつ、オレンジ色の小物を求め奔走するはめに陥っていた。

が、いかんせん夏だ。

今でこそハロウィンシーズンが近づいてくると、雑貨売り場は魔女やらカボチャやらの置物であふれるが、当時の、しかも季節外れの時期である。

花屋を見ても雑貨屋を見ても、ハロウィングッズどころかカボチャひとつ置いていない(ここまで書いてみて思ったが、別に今も夏は置いてないよね、ハロウィングッズ)。

「ちくしょう、カボチャは夏野菜なのに!」

などとデスクをガンガン叩いてみるが、そもそも夏にカレーなどに投入されるカボチャとハロウィンの飾り目的のカボチャはまったくの別物だ。

そんなある日、その店は現れた。
それは全国全雑誌全編集者の救いとなるはずの店だった。

店名は、「クリスマスカン○ニー」(一部伏せ字でお送りいたします)。
その名の通り「一年通じてクリスマス」という、この仕事についていなければ意味不明の、一生縁のなさそうな店だった。

***

月刊誌的クリスマスシーズンは10月だ。
ハロウィンすら終わってない時期に、赤と緑とサンタと雪にまみれる生活を送るはめになる。
昨今「早すぎない?」と言われているイルミネーションが点灯する頃には頃には、「クリスマスって今からだっけ?」と、過ぎ去った学生時代を眺めるような気持ちで、そこここに立つツリーを眺めた。

10月のクリスマスを助けてくれる店として、その場所は知っていた。
が、まさかハロウィンまで助けてくれるとは思わなかったのである。

暑さに息も絶え絶えで、そのオシャレな町にある店を、気まぐれでのぞいた。
クリスマスの店が夏に何をしているのか、純粋な興味もあった。

そして、巡り会うのである。

「ハロウィングッズ……!!!」

嗚呼、貴女も苦労しておられたのですね。
クリスマス以外の季節、どうやって店をもたせてゆくのか。
そして産み出された苦肉の策がこれだった。

【おうちにあるツリー、秋はハロウィン風にアレンジ☆】

自分は絶対やらないけど、このアイデアすごい。
この場にいるのかいないのかわからない店長に、私は尊敬と感謝の念を向けたのだった。

***

ハロウィンだのクリスマスだの並べていてよくわからなくなったが、これは夏のお話である。

あまりに季節感がなくなりすぎて、私は自らの感覚の狂いに危機感を覚え、四季を大切にするお稽古後とで一二を争う茶道を習ってみたりするほど切羽詰まったのだが、完全なる余談である。

単行本編集者となった現在は、季節先取りをしなくてもよい生活を送っている。

願ってもみない生活なのだが、いざそうなってみると、真夏の最中に、カボチャでジャックオランタンを作ることを諦め、パプリカを彫刻刀で削ってジャックオランタン風の飾りを作ったというトンデモ体験が懐かしく思えてくるから勝手な話だ。(腐りやすいため一両日中にはおいしくお召し上がりください)

夏はハロウィン。

今の会社では「は?」と言われてしまいそうなので、その言葉はそっと胸にしまいこみ、転職してもやはりとれなかった夏の長期休暇に思いを馳せながら、私は今日も手頃で夏らしいイベントを模索している。

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