見出し画像

論文執筆について思うこと ⑤・・・「科学論文の書き方の科学」 by Gopen et al.

ここで紹介する内容は10年以上前にボストンにいた際に、ボストンの研究者向けに寄稿した文章を改編したものです。寄稿したものはメルマガのような形で5つほどあったように記憶していますが・・その1つが次の論文の紹介です。

George D. Gopen and Judith A. Swan, Science of Scientific Writing, American Scientisit, 1990;78(6) 550-558
(WebではBlogのように再掲載されています。原著のPDFを置いているJSTORはこちら。)

この論文は科学論文を書く研究者の誰にとっても非常に価値のあるものと考えています。おそらくとても有名な論文で、英語圏の人でも読むべきだと私は考えていて学生に勧めたりしています。このNoteでも紹介したいと思っていました。ご関心のある方はぜひ読んでみてください。この論文をWebで検索するといろいろな学術機関でシェアされているのがわかりますね。

ボストンでこの論文をメールで紹介した後日、初見でお会いした方に、「教授の方と思っていました」と誤解されていることがわかりました(当時、学生)。それほど論文の書き方の核心に迫る無い様が、この論文にはあるのかなと思っています。

さて、これは10年前には書かなかった(書けなかった)ことなのですが、私のキャリアはこのDr Gopenの論文(の考え方)に救われてきたように思います。この論文のおかげで自分の論文の執筆の技術が飛躍的に向上したのはもちろんなのですが、他人の論文を読む際にも科学的に問題点を指摘できるようになったと思っています。

私は英語を母国語とする研究者(の卵)の書いた論文などを改善する、時には校正する立場にあります。彼らにとって私は非英語圏の人間ですから、英語に関する問題について、私が感覚的な指摘をしても説得力がありません。私も指摘する内容について自信を持つことはできないでしょう。その難点の解決の糸口をこの論文を与えてくれました。なぜ読みにくいのか、どう改善すべきなのか、それを論理的に説明できるような考え方の基盤を、このDr Gopenの論文は作ってくれたのです。それほど自分にとっては価値のある論文でした。

ちなみにこの論文を学生に渡したとき、たまたま傍にケンブリッジ大学の教授がいたのですが、彼から簡単な説明を求められ応じたところ「私も読むよ!」と言ってくださいました。

またこのNoteを読んでくださっている方には、英語の論文を読むのも慣れたいけどなかなか慣れないという方もいらっしゃるかと思います。そういった方にとってもこのDr Gopenの論文はおすすめです。この論文には、読みにくい科学論文があったとしても、それはあなたの読者としての能力、読解力の問題ではない可能性をこの論文は教えてくれています。そういう意味で元気が出るので(?)、英語論文を読めるようになりたいという方もぜひ読んでみてください(このNoteの最下部をご覧ください)。

私がNoteに遺した「論文執筆について思うこと」  も、ご覧になっていただければ嬉しいです。書き方のガイドラインに従う基礎、因果関係の書き方についてなど触れています。

イントロダクション

Dr Gopenの指南の主旨は、「読者が何を期待しながら読むか」ということを念頭におくことです。たとえば、複数の都市の天気予報を読む、あるいは読ませたいときに次のTable 1とTable 2、どちらがよりよいでしょうか?

Table 1.
天気        都市    
雲         大阪
雲         ニューヨーク
晴         東京
雨         ボストン  

Table 2.
都市        天気   
ボストン      雨
東京        晴
ニューヨーク    雲
大阪        雲    

 多くの方が、内容からTable 2の方が見易いと判断すると思います。なぜなら、私たちは天気予報というと、都市⇒天気という情報を流れを期待しながら天気の情報を読み取ろうとするからです。そして、表があると私たちは左から右に情報の流れを汲み取ります。表を読むときに情報を汲み取る流れと、場所⇒天気という情報の流れが一致しているから、Table 2は読み易く、Table 1はその2つの流れがお互いに逆を向いているから読みにくいのです。

同じ事を文章を書く際にも考えるのが読み易い文章を書く術のひとつになります。たとえば、文章に書き込む情報を配置する位置については次のように考えます。

横書きの英文を読む際には、私たちは左から右に、話の流れを読んでいきます。そしてその流れの中で古い情報、あるいは既存の情報を基に、新しい情報を処理・読解・解釈するという過程をとります。その読み進み方、読者が無意識にも期待している流れを考えると、文章の内容というのは「古い情報 ⇒ 新しい情報」と書かなくてはなりません。そのことから・・・

・1つの文章では、古い情報を前に、新しい情報を後に配置すべきと考えることができます。
・2つの文章のつながりは、1つの文で紹介された情報が、次の文章の冒頭部分に引き継がれるように配置すべきと考えることができます。

簡単に述べましたが、1つの文の中で理解し易いように情報の流れを組み立て、さらにその次の文章でもその流れを絶やさないようにしていくのです。

こうしたこと、そしてさらに踏み込んだ内容が冒頭の論文、Science of Scientific Writing(科学論文執筆の科学)で論じられている内容になります。読者の考え方や息継ぎまでにも気を配るということで論文執筆の科学とは、言語学と認知心理学の融合のような話とされています。基本的には読み手がどのように読み進んでいくか(Readers' Expectation;読み手の期待)という心理に着目し、それを意識して英文を書くのが肝とのことです。論文のサブタイトルにある言葉の通り、「読み手が書き手の述べたいことを理解するのであれば、書き手も読み手が必要としていることを理解しなくてはならない」ということが基になっています。

世の中には論文の書き方の本などたくさんあります。しかし、抄録や導入部分をどう書くか、「簡潔に、解り易く、明確に・・・」どんな表現が望まれるかなど形式的なこと、表現の実例などを網羅する類のものが多いように思います。まさに私がNoteで紹介したようなことです(論文執筆について思うこと:   )。それらと比べると、このDr Gopenの論文は別格のように思います。

ただ「論文執筆について思うこと‥②」などでは「査読者がどう読むか」、つまり「読み手が期待すること」にも触れている点は、Dr Gopenの考え方を汲み取ったつもりではあります(やはり論文の書き方の基盤として重要なのかもしれません)。

「科学論文執筆に関する科学」の内容

さてこの論文は、一貫して「読み手の期待」を重要視しているのですが、論文がどういった内容なのか3点、以下に挙げます。

1.論文の構成、英単語の用法に関する記述は無い。文章についてのみを論じている。
 このDr. Gopenらの論文では、「読み手の期待」に基づいて、文章1つの造りとその文章と前後の文章との繋がり、「文章の読まれ方」を重要視しています。よくパラグラフの文章を考える際に、1つのパラグラフでは1つの軸(テーマ・トピック)が必要であるという事が挙げられます。「読み手の期待」という視点でこれを考え直すと、読み手は「1つのパラグラフから1つのメッセージを読み取ることを期待するのだから、書き手もその期待に答えるように執筆することが重要だ」ということとなります。そうした視点から、主語と動詞との関係や執筆者として強調したい事柄をどう配置するかなどの考え方が紹介されています。

2.論文の校正をしている。
 Dr. Gopenらの論文では、読み難い実在の科学論文の例を挙げ、その問題の在り処を整理し、そして改善を加えられていっています。具体例を基になぜ読み難いのかを、読み手の期待を軸に分析し明らかにしています。そして、その問題点に着目して、その元の文章を改善し、文章が読み易くなる改善しています。実際にPublishされた論文の文章が、客観的な視点で校正されているというような様子です。

3.読み難い文章の原因究明
Dr. Gopenらは、難解な文章というのは専門用語の難しさに原因が帰属されがちであること述べ、それを否定しています。確かに、科学の論文というと、読み難いと感じたとき、それが専門用語や科学性の難しさが原因だと判断しがちかもしれません。しかし、Dr. Gopenらはその因果関係を否定し、筆者の文章構成の問題が主な原因であるとしています。そして、科学的な重要性や深い理解を求める論理性を損なわずに読み易くできる事を強調し、実際に例で示しています。冒頭の天気予報の例はこの一環です。

レッスンの要約

この論文の最後には7つの要点がリストされています。それぞれの要点には、読み手がどういった期待を読む際に持っているのかということが背景にあります。それぞれを以下に紹介します。

1.読み手は、動詞の意味とその主語との関係を基準にして文章を理解する。従って、主語と動詞がかけ離れること(Subject-Verb Separation)のないように。

2.読み手は、1つ1つの文章で新しい情報を得るために文を読み、一文を読み終えるごとに間を取る(Mental Breath)。その間を取る直前の内容に読み応えを覚えるために、その箇所(Stress Position)に強調したい内容を配置すること。

3.読み手は、誰(何)がどうなるのかを期待して読む。したがって、主語という文章のプレイヤーをその文章のトピックを定める位置(Topic Position)、すなわち文の前方に配置すること。

4.読み手は、古い情報から新しい情報を理解するように読み進む。したがって、古い情報が、前文からの流れを引き継ぎ、文章のトピックが定まり、さらに新しい情報を導くように配置すること。

5.読み手は、あらゆる情報がプレイヤーとしてその過程でどうアクションを起こすか、動詞から読み取ることを期待しながら読み進む。したがって、各文章や節で動作を明確にすること(Locating the Action)。

6.読み手は、自身で解釈をしつつ読み進む。したがって、その解釈を書き手が助けるように筋道を明確にすること。読み手に推測させるようではいけない。

■7.読み手は、文章の構成から強調されている内容を読み取る。したがって、読み手が文章の構成に導かれて強調されていると感じる箇所とその程度に沿うように、書き手として強調したい内容を配置すること。

この7つのポイントに基づいて、実際に発表された論文中の文章を改善していく実践の例がDr Gopenの論文では挙げられています。その様子をぜひご覧になってみてください。

論文を読む立場になって

Dr Gopenの論文のいくつかの箇所に難解な論文の特徴があげられています。上述したように、よく考えられがちなのは、内容そのものが難しい、専門的な表現などが難しくて読みにくいと、まるで読者の能力が問題とされてしまうことです。

しかし、Dr Gopenが繰り返し述べているのは、論文の読者が内容を理解できないのは、読者のせいではなくて論文の著者の書き方が問題だということです。読み手となって難しい論文に出会った際、「著者が悪い」と考えるのはおこがましいですが、私もこの論文に出会って、そしてその指南を念頭に多くの論文を読んできて実際にその可能性が強いように感じています。英語の論文を読むのは難しいと悲観的にならずに、前向きに堂々と著者のせいにしながら多くの英語の論文を批判的に読めるようになるとよいですよね。

ここまで読んでくださって有難うございました。

おしまい。

トップの画像は https://unsplash.com/photos/FHnnjk1Yj7Yより

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?