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支える人材の高齢化と人手不足

現在、地方スポーツ団体においては一般に、役員・審判の高齢化と人手不足が深刻な問題となっています。そのことについて、栃木の陸上競技界の状況と、今後に向けた私見などを記します。要旨は、以下の通りです。

  • 2巡目の国体を終え、役員・審判を務める現職教員・OBの高齢化が進行。1巡目国体以来、審判に従事してきた地域人材も高齢化が著しい。

  • 慢性的な人手不足の中、高齢化と構成員の固定化などに伴う組織のマンネリ化・危機意識低下、世代間ギャップなどが危惧されるところ。

  • 時代のニーズに合った競技振興を進める上では、これ以上先送りすることなく、人材の新陳代謝を促すとともに体制を整えることが不可欠。

高齢化と人手不足の状況

”お年寄りばかり”

記事執筆時から約1年半前となる2021年11月、栃木では独自の障害者陸上競技大会を開催しました。晴天のもと大会は無事成功裏に終わりました。普段陸上競技になじみの無い、障害者ボランティアの方が多数来場し、競技役員と連携して運営にあたりました。

朝の役員顔合わせの際に、障害者ボランティアの何名かの方が目を大きく見開いて、遠巻きに驚きの声をあげていました。

陸上の大会って、審判はこんなにお年寄りばかりなの!

実態を表す、実直な感想だと思います。中学や高校の大会であれば、引率の先生方の審判協力があるため、それほどの印象にはならないと思います。しかしこの日の競技役員は、教員ではない審判員の方が主体となっており、加えて大学生と高校生補助員といった構成でした。

実際に、栃木における現役教員以外の審判員は多くが高齢の方です。(全国的にも、同様の傾向であるようです。)組織内では10年以上前から「どうにかしないと」という認識はありつつも、これという決定打を見いだせていない状況です。

少子高齢化の状況

栃木では1980年に1巡目の「栃の葉国体」、2022年に2巡目となる「いちご一会とちぎ国体」が開催されました。1巡目の頃は高度成長からバブル期へ向かい、子どもの数が増えつつある、景気が良い時代でした。2巡目では少子高齢化、経済の停滞感が長期的に続いており、そしてコロナ禍の中で行われました。この2回の国体それぞれにおける社会情勢は全く異なるものとなっていました。

栃木の陸上競技界では、1980年の1巡目国体開催にあたり、県内各地域に陸協・クラブが組織化されたり、地域人材の中から多数の審判員が育成されたりしました。その後、40年以上が経過しましたが、それらの組織体制に大きな変化がみられることなく、また人材の新陳代謝を十分に図ることができないまま、現在に至っています。

2巡目の国体開催に向けては、栃木陸協審判部が主体となり、新たな人材確保に向けて取組がなされてきましたが、十分な成果が得られたとはいえない状況です。現在も、上位の役員と一部の審判部署については、1巡目の頃の方が中心となり、組織/大会運営がなされています。

図1 栃木県における人口ピラミッド 1980年と2020年の比較

図1に、栃木県における人口ピラミッドとして1980年と2020年を比較したものを示しました。1巡目では「つりがね型」であるのに対し、2巡目では「つぼ型」となっており、典型的な少子高齢化傾向となっています。イメージとしては、役員・審判員についても、1巡目の頃に20~30代で国体に関わった方が、40数年後の現在、60~70代となり、引き続き2巡目とそれ以降を担っているという状況です。

教員の男女・年代別構成

地方の競技団体では多くの場合、高校現職教員・OBが主体となり構成されています。その理由は別の機会に記しますが、教員の年齢構成をみても、当然ながら高齢化が進んでいます。子どもが減れば教員定数も減り、若手教員の採用が制限されるためです。

図2 栃木県立高等学校(全日制)年齢別教員数 1980年と2019年の比較
(2019年61-65歳の項目は5歳分の積算であることに注意)

図2に、県立高校教員の男女・年代別構成について、1巡目の頃と2巡目の頃を比較したものを示します。昔は若い世代が多いだけでなく、男性の比率が高かったことがわかります。

1巡目の頃は、40代以上の女性の割合が非常に少ないです。「男女雇用機会均等法(1983年)」が施行される前であり、女性は出産の機会や一定の年齢に達した際に、自主退職をする方が少なくなかったようです。こうした若手男性主体の構造の中で、社会の好景気に後押しされながら、地方競技団体は発展を遂げてきました。

一方で現在は、教員の高齢化が進むとともに女性の割合が増加しています。高齢の方やスポーツ経験が乏しい女性に、従前から行われてきたような「運動部活動指導の中心的な担い手」を任せるのは、体力面や専門性、ワークライフバランスの関係などから、厳しい状況と考えます(では若手男性なら良いのかというと、それは別の論議を呼びそうです)。

教員も昔に比べ、高年齢層の男性が中心となっています。また、そうした方々が退職後に、OBとして審判協力をしてくださり、大会運営が成り立っているというのが現状です。

地域人材による協力体制

社会全体において、最近25年ほどにおいては自営業・家族従業者が大幅に減少し、代わって非正規雇用が増加しています。図3には、栃木県における就業構造の時系列統計データを示します。

図3 就業構造基本調査(総務省) 栃木県の時系列統計
自営業・家庭従業人口が減少し、それに変わって非正規雇用人口が増加した。

これまで自営業の方の中には、ジュニアスポーツ環境を支える地域人材として活躍される方が多数存在しました。小売店業や飲食業、保険業や整体師などといった方々が、夕方や休日に地域スポーツの指導や運営を担い、そうした活動による地域の交流を通じて得た人脈を、本業の経営に生かすなどしていました。そのような地域人材が、現在は大幅に減少かつ高齢化しています。

1巡目の国体の頃は、そうした方々が当時、市や町の体育指導員(現在はスポーツ推進員)として非常勤職員扱いで任命され、地域スポーツの指導や運営を担ってきました。そうした方の一部が競技団体の役員業務にも協力いただくこととなり、42年後となる2巡目の際にも、現役として役員・審判を続けているというのが、現在の状況です。

現在、自営業としてお勤めいただいている若手の方々に、同じように地域人材としての活躍を期待するのもまた、難しい点があるように思います。今後、部活動の地域移行を見据えた際、「民間の力を導入できる財源がある」「若手人材が比較的豊富である」といった都市部と異なり、地方では新たな人材確保に向けて、これまでとは異なる発想で取組や手法を検討する必要がありそうです。

今後に向けて

2023年5月20日(土)・21日(日)、東日本実業団陸上競技選手権大会が21年ぶりに栃木県で開催されました。残念なことに、男子3000m障害では水濠障害の高さに誤りがあり、記録が無効となる事態が生じました。こればかりでなく栃木県では、2022年の国体において、リレーでスターティング・ブロック位置に誤りがあり、対象チームが次ラウンド進出対応となるなど、様々なトラブルが発生しました。2020年11月の関東高校駅伝・トラック開催では、写真判定の操作ミスで、レース終了後日に女子3区の成績を修正した、といったこともありました。

令和2年度男子第73回・女子第29回関東高等学校駅伝競走大会結果の訂正について(PDF)

(これらの件に関し、私個人も関係組織に属するものとして、対象の皆さまには大変申し訳なく、この場をお借りして謹んでお詫びを申し上げます。)

こうした大小に至る様々な人為的ミスが、毎年のように大規模競技会で発生してきたことをみると、組織の体制に何らかの不備・問題があるのではないか、あるいは再発防止に向けた取組・対応が不十分でなのではないかと、お叱りをいただいても致し方ないところです。

ミスのすべてが、高齢・ベテランのせいであるという訳ではありません。また、ミスに関係した特定個人だけの問題という訳でもありません。加齢に伴い認知・判断能力等は着実に低下します。また、長年にわたり構成員が固定化することで、組織がマンネリズムを帯び、危機意識が低下しがちとなります。これらの特性や問題点が、相互に影響を及ぼし合うことで、組織的な問題として、これまでに度重なるミスが発生してきたものと考えられます。

高齢化に関しては、若手との世代間ギャップも軽視できません。例えば現在、50歳未満のスタッフ間では、様々な情報のやりとりや意思疎通について、メールやSNSを用いて迅速に対応できます。申し訳なくも、高齢の方々においては未だ郵送・FAX・電話でなければ通信できない方や、昔の感覚と常識を持ち続ける方々が少なからず存在し、そうした方々との間のコミュニケーション・共通理解形成は、なかなか難しいところがあります。そうした構成員による組織が、現在活躍している選手・チームが求める競技のニーズに適切に対応できるかどうか…甚だ疑問に思うところです。

これらの大きな課題に対し、関係組織では時間をかけて協議し、人材の新陳代謝を促すための仕組みづくりと、新たな組織体制づくりを求めなければならない…と考えます。その責務を果たさないまま、このまま次の世代へ今の体制をそのまま「先送り」してしまうことは、栃木の陸上競技振興にとって大きな損失になることでしょう。

私の年代を含む、切り替わりとなる世代には大きな負担となる課題ですが、関係者間で力を合わせ、流れを変えていけるよう強く願うと共に、私自身、その方面の取組に力を注ぎたいと思います。