見出し画像

#もっと早く読んどきゃよかった本10選~私にとってのバナナフィッシュ日和はいつ?~

「BANANA FISH」という少女漫画がある。一度読み始めると止まらなくなるけど、読むのにかなりカロリーを使うので2度目は手を伸ばしにくい名作。今回は、そのタイトルのもとになった、サリンジャーの作品「バナナフィッシュ日和」(「バナナフィッシュにうってつけの日」)をご紹介。

手に取るのが怖かったサリンジャー作品

小さいころから、たくさんの小説に囲まれて育った。本棚には、もちろんサリンジャーの作品もあった。かの有名な「ライ麦畑でつかまえて(Catcher in the rye)」である。漢字が読めるようになってからは、家にある多くの小説を読んだけど、この作品だけは怖くてずっと読めなかった。

なぜかというと、「ライ麦でつかまえて」を読んだ若者がジョン・レノンを銃殺したのだ、と親から聞いていたからである。

画像1

この小説を読むと狂ってしまうのだろうか、という恐怖でいっぱいになり、触ることさえ恐れる自分にとっての〈呪いの小説〉というカテゴリーに入ってしまったのである。

しかし、大人になってから「ライ麦、は読めなくとも他のサリンジャー作品なら、読めるのではないか」と考え書店で購入したのが「ナイン・ストーリーズ」。タイトル通り9つの短編で構成されており、「バナナフィッシュ日和」は最初に登場する短編である。

ナインストーリーズ

最後の一行で心臓を凍らす作品

「バナナフィッシュ日和」の主要人物はミュリエル(女の子)、シビル(おそらく幼女)、シーモア(ミュリエルの恋人)の3人。この3人は同じホテルに滞在している。

最初のシーンでは、ミュリエルとミュリエルの母が電話で会話をしている。どうやらこのミュリエルの母は「シーモアは異常な人間」として捉えており、(母から語られるシーモアのエピソードは確かに奇々怪々)娘の身を案じている。しかし、ミュリエルは何も心配しておらず、どこか楽観的な感じさえする。私だったらシーモアが恐怖だ。

場面が変わり、ビーチではシーモアとシビルが戯れている。一緒に海に入り、シーモアはシビルに提案する。「バナナフィッシュをつかまえようじゃないか。」シビルは「バナナフィッシュ」が何か分からない。バナナフィッシュは、見かけは普通の魚だが、バナナがたくさん入っている穴の中に泳いで行ってしまうと豚のようにふるまい、穴から出てこられなくなる、悲劇的な生涯を送る生き物だとシーモアは説明する。

もうこのへんから、訳が分からないのだが、シビルはバナナフィッシュを海の中で見つけた、というのだ。それを聞いたシーモアは突然ホテルに戻り、ミュリエルが寝ているベットへと行く。ここからが怒涛のラスト。最後のシーモアの行動に私の心臓は一瞬凍ってしまった。

この作品は一度読んだだけでは何が起きているかさっぱり分からない。そして、様々な解釈が生まれる作品でもある。

ここからは自分なりの解釈。シーモアは戦場から戻ってきて明らかに何かの後遺症かPTSDがある。色も識別できない。だから、ミュリエルの母が心配する行動をとるのだろう。
「バナナフィッシュ」は架空の生き物だと思われるが、シーモアの中では真実に近い何かなのだろう。狂気に憑りつかれた人間のこと。もしかしたら、シーモアはもう、人を人として見ていないのではないか。人間の皮をかぶった化け物。さらにバナナフィッシュにはシーモア自身も投影されている気がする。

最後のシーモアの行動の理由は何も描かれず、唐突である。でも、なんとなくだけど、最後シーモアは笑顔だったんじゃないかとまで思う。解放される、自由になれる、その選択を自分でした。そんな感じがするのである。

人によっては二度と読めないトラウマ作品となってしまうだろう。だけど、わたしは、もうこれを何度も何度も読んだ。分からないことが多すぎるからだ。

自分にはシーモアのような強烈な体験はない。でも、自分と重ねてしまう瞬間がある。よく晴れた日、特に青空で、気温も心地よい日。金木犀の香りがする日。涼しい夜。そういう気分のいい日に、なぜか、昔から、事故に巻き込まれてしまう自分を想像する癖がある。
プラットフォームからふらっと線路に落ちてしまう。
信号を渡ろうとしたら、車にぶつかってしまう。
そのときの周りの反応。
もっと怖いことにその先の葬儀の様子まで想像してしまい、「あー。あの恥ずかしい日記は処分すべきだった」と、自分の機密事項へ思いを馳せてしまう。
実際にはしませんからね!ただ想像してしまう癖があるだけで!

その時の夢遊病みたいな感覚と、シーモアの感覚が重なるのである。狂ってるのは誰なんだろう、自分なのかな、周りなのかな、この社会なのかなと、分からなくなっちゃう。

「バナナフィッシュ日和」はそういう癖がある自分に寄り添ってくれる優しい作品で、もっと前に読んでおけばとも思うし、これ、高校生の時とかに読んでたら、逆に精神削ってたんじゃないかとも思う。

「繊細だね」の一言で片づけられてしまう悔しさと、そんなことに悔しさを覚えてしまう自分のめんどくささと、人に言われるのが嫌だから、先に自分から「私、繊細なんです」という一言でとりあえず片づけておいておく虚無感。そういうものから少し楽にしてくれる作品。それが「バナナフィッシュ日和」なのである。

・・・たぶん万人受けはしない作品です。

画像3


この記事が参加している募集

読書感想文

人生を変えた一冊

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?