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瞬間小説​『勇者になる男』

世界を救う勇者に、オレはなる!

ドラゴン退治、姫の救出、幻の薬草調達など数々の依頼をこなし、ディスティニーランド全土に名を轟かせたオレは、稼いだ報酬で最強の武器と防具を手に入れ、戦闘技術も極限まで鍛え上げ、近い内に魔王を倒し、世界を救った勇者として伝説になる予定なのだ。

魔王の居場所はすでに突き止めていたが、乗り込むにはまだ早い。
念には念を入れ、魔王の弱点を調べておく必要がある。予備の武器も何本か用意しとくべきだろう。薬草ももっと十分に確保しておかなくてはならない。負けて死ぬのが怖いわけでは無い。万が一、オレが負けるようなことがあったら、世界が闇に支配されてしまうのだ。

そんな事を考えながら歩いていると、少し先の林から、ドラゴンの咆哮と大勢の叫び声が聞こえてきた。

オレが木の陰から様子をうかがってみると、巨大なドラゴンと30人ほどの戦士の集団が戦闘状態にあった。しかし、すでに戦士のほとんどは血だらけになって息絶えており、生き残っているのは4、5人だけのようだ。

その中の1人に、オレが密かに恋心を抱いている女性戦士「レイコ」の姿も見える。ここでオレが助けに入り、ドラゴンを見事に倒して見せれば、レイコと恋仲になるのも夢じゃないかもしれない。

・・・とも思ったが、オレには分かる。このドラゴンはただのドラゴンではない。普通のドラゴンの数十倍は強いレア種のドラゴンだ。いくらオレでも100%倒せるとは限らない相手だ。

そう、万が一でも、ここでオレが死ぬわけにはいかない。

「すまないみんな・・・。そして、すまないレイコ・・・。
 オレには、魔王を倒し世界を救うという使命があるのだ・・・。」

オレは断腸の思いで、その場を後にした。


そのすぐ後、オレは対面から走って来た男とすれ違った。

オレの存在にも気づかず、なりふり構わず全力疾走で駆け抜けていった男は「カケル」だ。おそらく、レイコたちの集団から救援要請を受けて、一人で助けに向かっているのだろう。

依頼もほとんど達成できず、ろくな武器も防具も持てず、戦闘技術も全然未熟なヘタレ戦士のカケルが、あのドラゴンを倒せるはずが無い。完全な無駄死にになることは明白だ。残念だが、無謀な馬鹿は勇者にはなれないのだ。

その時、どこからともなく鐘の音が響き渡り、周りの景色が薄らいでいく。

「ん? 何事だ!?」






気がつくと、オレはゲームコントローラーを握って、テレビモニターの前に座っていた。

ああ、そうだ。
オレはMMMMMORPG「クエストファンタジー9」をプレイしていたのだ。

最新ゲーム機PlayBox7の《なりきり催眠システム》の効果で、すっかりゲーム内の世界を現実だと思い込んでいたのである。

「まもる! いつまでゲームやってるの! ごはんが冷めちゃうでしょ!」

1階から聞こえる母親の怒声を聞きながら、さっきまで現実だった、あの世界の出来事を思い返す。

なぜ現実のオレに友達がいないのか、なぜ運動も勉強もできない同級生の「かける」が人気者なのか、そして、なぜ「かける」がクラスのアイドル「れいこ」と付き合う事ができたのか、なんとなく分かったような気がした・・・。

オレはしぶしぶ階段を降りながら、なぜかあふれてくる涙を手でぬぐった。


<完>

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