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ヒューマン・バラク・オバマ 第1回:父親としてのオバマ大統領「私はフェミニスト」


■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■


前代未聞の事態となった大統領選が進む中、アメリカではすでにオバマ大統領の引退を惜しむ声が出ている。先日の民主党全国大会では早くも「I Miss Obama(オバマが恋しい)」と書いたプラカードを掲げた人もいた。多くの人が選挙戦が進めば進むほど、それはオバマ大統領の引退を意味することから、一抹どころか大いなる淋しさを感じているのだ。


ヒラリー・クリントン対ドナルド・トランプの大統領選挙本選は11月8日。その日の勝者が年明け1月20日の大統領就任式で正式に第45代アメリカ合衆国大統領となる。その前日に第44代バラク・オバマ大統領の任期が終わる。


アメリカの人々、特に黒人市民の胸中には8年前の、史上初の黒人大統領誕生への期待、熱狂、感動が再び走馬灯のようによぎっている。あの時、「この瞬間、この時代に立ち会えて本当に良かった」と誰もが心から思ったのものだ。


しかし、以後の8年間はアメリカにとっても、オバマ大統領にとってもイバラの道だった。リーマン・ショックとイラク/アフガン戦争を引き継ぎ、オバマケアを始め、ほとんどの政策で共和党の意固地さに苦しめられた。テロ、無差別乱射、警察から黒人への銃暴力が頻発した。「ケニア人は大統領の資格無し」など、オバマ大統領自身への人種差別も続いた。外交に関しては必ずしも盤石とは言えず、批判されることも多かった。


だが、米国大統領はアメリカの国政をおこなう者でもある。日本ではあまり報道されてこなかったが、オバマ大統領は人種的マイノリティ、貧困層、女性、LGBT、刑務所収監者など社会的弱者の権利のために地道な努力を続けた大統領だ。「貧困層の中高生も宿題ができるよう、低所得者団地にWi-Fiを無料提供」など、過去のどの大統領も思い付かなかった政策だ。その背後には彼自身の生い立ちも深く関係している。以後、人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を連載として書いていきたい。


第1回となる本号では、オバマ大統領の政策ではなく、「ダディ」父親としてのバラク・オバマについて書いてみる。


オバマ大統領は8月6日から2週間の夏休みを取る。今年も妻ミシェル、2人の娘マリア(18)、サーシャ(15)と共にマサチューセッツ州の高級避暑地として知られる“マーサのワインヤード島”で過ごす。


普段は寝る暇もないほど多忙な大統領は、この時ばかりはゴルフ三昧となるが、毎夏、娘たちとサイクリングしたり、アイスクリーム・ショップで好みのフレイバーを舐めたりもする。彼が娘たちを、それこそ目に入れても痛くないほどに可愛がっていることはよく知られている。なのでここ2〜3年は「娘たちがティーンエイジャーになって、父親と遊んでくれなくなった」とよく嘆いている。昨年の夏は長女マリアがニューヨークのケーブルTV局HBOでインターンをしたため、わざわざ大統領がニューヨークまで飛び、マリアの友だちも呼んで夕刻に閉館後のメトロポリタン美術館で“デート”をしたりもしている。(美術館まではセントラルパークを歩いたため、偶然居合せたニューヨーカーたちには大きなサプライズ!となった) 年頃の娘を持つお父さんとは、かくも切ないものだ。とは言え、娘たちも実はお父さんが大好き。今は「大統領とファースト・ドーターズ」として最後の休暇を存分に楽しんでいる最中ではないかと思う。


そんなオバマ大統領が、休暇に出発する2日前に女性ファッション雑誌グラマーに「フェミニストとはこんなふうに見えるものさ」と題したエッセイを寄稿した。タイトルの下には20代の頃のバラク・オバマの白黒写真。パナマ帽を被り、“ナンパ”な顔付きで写っている。当時、ある若い女性写真家がバラク・オバマをモデルとして見初めて撮影した写真だ。


文中、オバマ大統領は自分がフェミニストであると何度も書いている。


このエッセイ、究極のポイントは娘たちのより良い未来のために、娘たちが何であれ希望する道に進めるよう、女性にすべての門戸を開きたいということだ。そのためには「女性はこうあるべき」というステレオタイプを無くさなければならない。そう思い至った背景として、シングルマザーとして自分を育てた母親(開発途上国の女性支援に生涯を捧げた)、その子育てを助けた祖母(学歴がないにも拘わらず銀行の支店長になった)、自分自身のキャリアと子育ての両立を苦心しながらもやり遂げたミシェルの存在と、当時は議員という職業のスケジュール上、子育てを手伝えずにミシェルに大きな負担をかけたことへの後悔を挙げている。


加えて、女性へのステレオタイプを無くすには男性へのステレオタイプを無くす必要もあると強調している。大統領は父を知らずに育った自分が「どんな男性になるべきか」が分からずに苦しんだこと、そこには世間にあふれる「男性とはこうあるべき」というステレオタイプの存在があったことを綴っている。



2009年の初当選時、オバマ夫妻が最も心配したのは、当時7歳のサーシャと10歳のマリアのことだった。まだ幼い子どもを一般社会から隔絶されたホワイトハウスに住まわせ、常にシークレットサービスに付きまとわれる生活が一体どんな影響を及ぼすのか。


両親としての2人は子どもたちに可能な限り「普通」の生活をさせるよう、心掛けた。子どもたちは4年後、もしくは8年後にティーンエイジャーという、とても難しい年頃で一般社会に戻らなければならないことが分かっていたからだ。ミシェルはホワイトハウスのメイドに対し、娘たちにベッドメイキングを自分でさせるよう頼んだと言う。アメリカ人にとって寝起きにシーツやベッドカバーをきちんと整えることは必須の生活スキルなのだ。ちなみに今夏、15歳になった末娘のサーシャは避暑地に一足早く出掛け、地元のシーフード・レストランで短期のアルバイトを経験した。これも来年からの一般人としての生活のリハーサルなのだろう。もっとも、6人ものシークレットサービスに取り囲まれてのことだったらしいが。


ミシェル自身もファーストレディとして多忙になることが分かり切っていたため、ミシェルの実母、子どもたちの祖母もホワイトハウスに同居した。オバマ大統領の両親とミシェルの父はすでに他界しており、子どもたちにとって唯一のおばあちゃんだ。


娘たちのプライバシーを守るためにメディア露出は抑えられたが、ホリデーシーズンや休暇時のファミリー写真は公開された。両親揃って長身なためか、娘たちも新しい写真が出るたびに驚くほど背が伸び、顔付きもどんどん大人びて、全米の“オバマ・ファミリー・ファン”を驚かせた。ミシェルの見立てと思われる、子どもたちのファッションも注目を浴びた。


アメリカの黒人にとって、聡明そうな可愛い黒人の女の子がセンスのいい服を着てホワイトハウスで無邪気に笑う図は、まさに「夢のよう」だった。これは母親であるミシェル自身がまったく同じように感じていたことでもあり、7月下旬に開催された民主党全国大会でのヒラリーへの応援演説の中でこう語った。


「私は毎朝、奴隷が建てた家(ホワイトハウス)で目を覚まします。そして、美しく、知的な、若い黒人女性である娘たちが芝生で犬と遊んでいるのを見るのです」


ミシェルもオバマ大統領と同くハーヴァードのロースクールを出たエリートであり、夫が上院議員の時代には夫を凌ぐ収入を得ていた。しかし典型的なアメリカ黒人家庭出身の女性がそこまで登り詰めるのは容易なことではなかったと断言できる。ミシェルの出身地は、若き日のバラク・オバマが一旦キャリアを捨ててコミュニティ奉仕家として出向いたイリノイ州シカゴ。サウスサイドという黒人貧困地区を抱え、今、シカゴの殺人件数は3倍以上の人口を持つニューヨーク市のそれを上回っている。過剰な犯罪発生率は背後に昔から延々と続く貧困と差別があることの証拠であり、そうした暮しを強いられる黒人へのステレオタイプも消えることなく刻印となってしまっている。400年前に祖先が奴隷であったことは、今の時代を生きる黒人たちにも大きなインパクトを与えているのである


したがってビジネス界で成功を収めるには、ミシェルは女性としてだけでなく、黒人としてのステレオタイプとも闘わなければばらなかった。自身も黒人であることから大統領となった後も人種差別を受け続けているオバマ大統領は、「フェミニスト」エッセイでミシェルの黒人女性としての葛藤にも触れている。


こうした歴史背景と現状があるからこそ、オバマ夫妻は娘たちに「ジェンダーや人種によって自分や、他の誰かが不公平に扱われたら声を上げる」ことを教えてきたと書いている。「娘たちにとって父親がフェミニストであることは重要だ」とも。なぜなら「娘たちは、全ての男性がそうであることを望むからだ」

(続く)

Glamour Exclusive: President Barack Obama Says, "This Is What a Feminist Looks Like"
http://www.glamour.com/story/glamour-exclusive-president-barack-obama-says-this-is-what-a-feminist-looks-like


Transcript: Read Michelle Obama’s full speech from the 2016 DNC
https://www.washingtonpost.com/news/post-politics/wp/2016/07/26/transcript-read-michelle-obamas-full-speech-from-the-2016-dnc/

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堂本かおる

米国ニューヨーク在住のフリーランスライター。テーマは黒人社会、マイノリティ文化、アメリカ社会、オバマ大統領など。
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