カバ

真理子/大人の援助交際 27

秘密が無い夫婦なんていない。

 

10年以上前の話し。私が、22〜3歳くらいだったころ。

ニューヨークに来て、4年過ぎた頃、

学生ビザでバイトしか出来ない私は、貯金なんてとうの昔に底をつき、本当にお金に困っていた。

当時飼っていたチワワのマメオの尿路結石症を治す為の高額な治療費という突然の出費、ビザをキープする為にもう行く必要も無い語学学校への学費、突然フリーズして動かなくなったマックの修理代、毎年更新の度に値上がりする家賃の支払い。

夜のバイトだけでは、もうどうにもならなくなっていた。

アルバイト先のピアノバー(キャバクラ、クラブ)で、お客さんから「愛人にならないか?」と言われたり。独身の駐在員の男性からも「ただで良いから僕の家に住めば?そのかわり家事をしてくれると嬉しいな」いうオファーもあったけれど、ニューヨークの狭い日本人コミュニティー内で面倒な関係や噂は避けたくて、少し誘惑に負けそうになったけど適当に話しをそらして断った。

ただ、

そうか、その手があったか、と考え始めた。

その頃、クレイグズリストという募集広告サイトには、(普通はルームメイト募集や、お部屋探しなどに利用するサイトだが)愛人募集です、とは明確には記されてはいないけれど、これは愛人募集求人ですよねというコーナーがあった。

例えば、

家賃50ドルでアッパーウエスト(高級住宅街)に一緒に住みませんか?、アジア人女性、20〜30歳、身長155〜165、細身。面接有り、興味があれば電話ください。

月給10000ドル(約100万円)ハウスキーパー(お手伝いさん)、住み込み、容姿端麗、年齢25歳まで。

私設秘書、月に2〜3回のお仕事で、お給料50万、金髪ロングヘア女性に限る。学生可。


最近では、Suger Daddyって検索すれば数々のサイトが出てきて、有名な大学に通う女子大生でも学費稼ぎのパトロン探しに役立てているらしい。

3年前に一緒に住んでいたフランス人のルームメイトもその一人で、19歳の彼女はパパ探しサイトをアルバイト探しの代わりに利用していた。男性側が、例えば、食事デートだとしたら、この金額で、と気に入った女の子に入札して、その金額に女性が満足なら交渉が成立し、その後デートのスケジュールを決めるというもの。彼女はディナーを一緒にするだけで、150ドル(1万5千円)もらえるから週に3日のスケジュールを組んでいた。

彼女は「真理子も仕事の後にやれば? 意外と素敵なおじさまがいいレストランに連れて行ってくれるわよ」とそのバイトからの帰宅後に少しうっとりした顔で私に詳細を話し、

私はその度に、あの経験がフラッシュバックするので、「そうね、機会があったらね」と答えていた。

最近は愛人や援助交際の条件も会う前からクリアで、金額もわかりやすくお互いの誤解も少なくなっている。Pimp(仲介人)の仕事も減って、もっとビジネスライクと言うか。

きっと、私の時にも、そんなサイトがあったら、あの人には会っていなかったと思う。


彼に会ったのは、8月の平日の午後3時だった。

彼はマンハッタンにある老舗ホテルのChairman(会長)だったので、待ち合わせは、そのホテルのカフェだった。

私がそのカフェに着いて辺りを見回していると、それらしい60代半ばの白人アメリカ人がこちらを見ている。彼は私に気がつくと手を挙げてくれたので、彼の方に向かうと、席から立ち上がり、握手の為に手を差し伸べ、「Hi,There.  It's pleasure to meet you.」とゆっくりとした落ち着いた声で優しく挨拶してくれた。

彼の容姿は、少しうねった白髪を後退した生え際からオールバックに撫で付けたヘアスタイルで。身長は175cmぐらい。麻素材の三つ揃えのスーツのベストには、お腹の膨らみによってボタンから横に皺が入っている。手の爪は綺麗に磨かれ小指には家紋入りの金のシグニットリングが馴染んでいて。たぶんイギリスの男性靴ブランド Edward Greenの brogue(穴飾り)が表面にデザインされた上質な茶色の靴をさりげなく履いていてなかなかお洒落で。年齢と恰幅の良い体の割に姿勢が良い紳士だった。

整髪料の香りなのか、香水なのか、少し甘くて苦いアラミスっぽい、おじさん特有の匂いが彼が動くたびに漂った。

「日本人なのかい? 私も仕事で何度が日本を訪れたことがあるよ、東京と京都に行った事があるよ。とても素晴らしい国だよね。」

「普段、君は学生さんなのかな? 」と、これから深い関係になるかもしれないであろう私との最初の気まずさを和らげる、他愛も無い話しを彼は少し続けて、私は yeah や i see と返事し、

彼が本題に入った。「僕が、その、君にしてもらいたい事は、たいした事ではないんだ、ただ、出来るか出来ないかは、もちろん君によるし、、、仕事で海外出張も多いので、こういった感じで会うのも月に一度か二度の事で、、」

「それを続ける事をできるか確認が取りたくて、今日ここまで来てもらったんだ。」

私は、「I understand (わかったわ) 」と答え、

「じゃあ、部屋へ行こうか?」と彼は先に席を立った。

カフェを出ると彼はアールデコ様式の刻印の様な装飾が施された銀色のドアのエレベーターへ慣れた足どりで向かい、

エレベーターの中に入るとすぐに確認もせず41階のボタンを押した。

さすがにこのホテルの会長だけあって、幾つかの部屋が彼の為に押さえられているようで。彼は部屋のカードキーを幾つか手にしていた。

エレベーターを降りると、長く続く廊下の奥から一つ手前の部屋に通された。

その部屋は、花柄の絨毯が部屋全体に隙間無く敷き詰められ、重厚な生地の大柄ストライプのドレープカーテンの縁には小さいタッセルが沢山ちりばめられており、ベッドは高級なホテルで見られる寝ぼけて落ちたら軽く事故レベルの高さのマットレスで、周りには、ヴィクトリア調の家具が置かれて豪華だった。

「少し飲む?」と聞かれ、頷くと。彼は栓の部分もクリスタルガラスで作られ表面にレリーフが施されたウィスキーボトルからお酒をグラスに少し注いで、私に手渡した。

少しすると、

黒いシルクにリボンの付いたアイマスクを手渡され、下着姿になって欲しいと頼まれた。私がサマードレス1枚をするっと脱ぎ終えると。

アイマスクをして、あそこの椅子に座って少し待っていて欲しいと言われ。従った。

彼はアイマスクのリボンを私の頭の後ろで結び。肩を軽く触って私を誘導し、ベッドの正面に置かれた椅子の前に近づくと、彼が私の肩を少し押さえるサインをしたので椅子に座った。

下着姿になった私の裸の太ももはクーラーで少し冷たくなったヴェルヴェット生地の椅子の質感に直に触れた。

私は、視覚を奪われているので、なにが起こるのだろうと聞こえる物音から想像しながら、彼の合図を待った。

彼が、トイレを流してドアを閉めた音、こちらに近づいて来る足音、鍵をベッドサイドテーブルに置くジャラっとした音、ベルトを外してズボンをを降ろす音、靴を置く音、ベッドのシーツを剥ぐ擦れる音。

カーテンが閉められる音が聞こえて、アイマスクの下部の鼻と目の間にできた隙間から、ほんの少し入ってきていた窓からの光が消え、その代わりに、カチッと言う音の後に室内照明の光が、ほんのりその隙間から入って来た。

アイマスクを外してと言われ、リボンをほどくと。

おじさんは、一番始めに目に飛び込んできた裸のでっぷりとしたお腹を中心に、(幸いな事に大きいお腹のお陰であまり局部は見えていない。)4つの白い枕が並ぶベッドの背もたれに寄りかかり股を広げて、私を待ち受けていた。

そして、「こっちへ来なさい」と言い。

私に「ベッドの上で四つん這いになり、足の指を舐めなさい and arouse me and turn me on(気持ちよくして)」

と、あくまでも上品で柔らかいけれど、奥に潜む彼の怖さが語尾に残る命令口調でお願いしてきた。

私は薄暗い中を、おそるおそるベッドに近づき、白いシーツの上に両手をついて四つん這いになり。そして彼の左足に顔を近づけた。

するとそこには

彼の職業、上品な身なり、ぴかぴかに磨かれている手の指の爪からは想像がつかないほど汚い足が真っ白い綺麗なコットンのシーツの上に並んでいた。

顔を近づけて凝視すると、今まで見た事もない粘土色の垢が、ずっと切られていない足の全部の爪に満遍なく入っていて。指と指の間には名前の無い言い表す事の出来ないしっとりとした黒いクズの様な物質と、乾燥してがびがびの皮膚から染み出た汗が乾き白く塩になった粉のような物がへばりついており。当然のごとく、そこからはパンジェントな刺激臭と汚臭が放射線状に放たれ、なに者かが交互に数千本の細いアイスピックで私の鼻の中の粘膜を刺している状態になって気を失いそうになった。

けれど、ギリギリ皮一枚で繋がっていた正気を取り戻し、ヴッと唸って、頭を止め抵抗した。

(あえて、足の指を不清潔に保ち醱酵させ、それを奴隷に舐めさせる事から欲情する性癖か。。。)

すると私の抵抗を感じた彼が、私の頭と髪をを掴み上から押さえつけようとしてきたので、やっぱり出来ない、無理だと思って。

反射的に彼の押さえつけようとする腕を掴んで止め。

「NO!!  STOP IT! I CAN'T!( やめて!できない!)」と強く言って、彼を見た。

彼は突然、独裁者の様な顔をカーネルサンダースの様な表情に戻して、残念そうに「そうか、わかった」と言って。力を緩めた。

私はベッドから飛び降りて、床に落ちたサマードレスを拾って首を通し、袖を通す前にソファーの上に置いたサンダルと小さいバッグを掴んで部屋を逃げるように出た。

もちろん会長は追いかけては来なかった。

ホテルを出て、パーク アヴェニューに出た時まだ外は明るく、まだもの凄く蒸し暑かった。あの部屋からここに来るまでの間に無呼吸状態だった気がして、グレーのビルディングとイエローキャブの排気で熱さが増している空気すら愛おしく感じて深呼吸し、ホッした。

悪夢の様な真夏の午後の経験だった。

確かに、彼が提示していた金額は、恐ろしく汚くて臭い足を舐めるという行為をしてくれる奴隷へと彼のマニアックな性癖に見合う金額だったとは思うけれど。

それ以来、そういう仕事を探そうとは思わなくなった。

ちゃんと働きましょうね!って、いう神様からのお告げだったのかもしれない。


そして、もちろん、

今、横で「ワイン、赤?白?どっち飲む?赤でいい?開けるよ」

って微笑んで聞いている旦那様には、

夫婦間の秘密ってほどでもないけど、そんな話しを告白する必要もないと思っている。し、

今が幸せだなと思う。



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