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CIAで異常事態~中国女スパイのハニートラップで篭絡された男(下)

CIAが獲得した協力者十数人が、中国当局に殺害されていたことがわかった。CIAの対中国諜報網は壊滅的な打撃を受けた。中国側はどうやってCIAの協力者を割り出したのか?中国スパイたちの手口はどのようなものなのだろうか。

■パーラーメイド(お手伝いさん)の正体
 FBIの協力者だったレアンは、大きな黒縁眼鏡をかけた四十九歳の垢抜けない女性だった。しかし、彼女を操り、情報を提供しているはずのスミスを「ハニートラップ」にかけていた。ハニートラップとは、女スパイが工作対象をベッドに誘い込み、男を篭絡する手法だ。レアンは十八年という長い歳月をかけて、肉体関係に持ち込んでいたのだ。

 二人の親密さに疑いを抱いたFBIはベッドでの一部始終を盗聴して初めてスミスが篭絡されていることを知った。そして中国に旅行するレアンのスーツケースを秘密裏に捜索して、FBIの機密文書が運んでいることを突き止めた。
 FBI捜査官らは、レアンに「パーラーメイド」という、ふざけたコードネームをつけたことを後悔しただろう。レアンは主人を肉体で篭絡するとんでもない「お手伝いさん」だったわけだ。
  レアンとスミスが逮捕されると、米メディアは「現代版のマタ・ハリだ」とセンセーショナルに報じた。マタ・ハリとは、第一次大戦中、美貌と妖艶な踊りを武器に、フランスの機密情報をドイツに流した女スパイのことだ。
 二人の情報交換の場は、レアンが住む豪邸だった。二人に言葉は必要なかった。スミスはレアンから情報を受け取ると、その代わりに捜査資料が入った鞄を置いたままトイレに行き、盗み出す機会を提供していた。いわば「阿吽の呼吸」で、FBIの機密文書がごっそりと中国に渡っていたのだ。「米国情報機関が中国国家主席の専用機に盗聴器を仕掛けている」という情報も中国側に密告していたといわれている。 
 恐ろしいことに、レアンはスミス以外の別のFBI捜査官もハニートラップにかけていた。たった一人の凄腕女スパイはFBIに深く食い込み、組織を蝕んでいたのである。

■日本のスパイ対策は脆弱
 元FBI捜査官のスミスは、私の取材にこういった。
「僕は訴追されているからあなたに何も話すことはできない。ただひとつ言えるのは、カウンターエスピオナージ(防諜)は私の仕事だった。私は非常に熱心に自分の仕事をしただけだ。あなたが私にマイクを向けたのと同じようにね」
 中国の女スパイの罠に嵌ったことを悪びれる様子もなかった。敗戦に充足感すら感じているかのように見えた。
 スミスのようにインテリジェンスに関わる要員は、情報源との間で、ぎりぎりの駆け引きを展開しなければならない。ギブ・アンド・テイクもこの世界の作法だし、時には一線を越えなければならないときもある。知らぬうちに相手に取り込まれ、ミイラ取りがミイラになってしまうリスクは常に付きまとっているのだ。
 レアンが十八年かけてスミスを篭絡したように、中国諜報機関は気の遠くなるような年月をかけて、工作対象を取り込んでいく。本人すらスパイにされていることに気付かないケースがほとんどだという。
 中国にとって日本も重要な諜報対象国だが、日本政府の防諜体制はあまりに脆弱だ。警察で対中国防諜捜査に専門とする捜査員は100人程度にすぎない。
「特定秘密保護法ができて満足していてはダメだ。スパイ活動を取り締まる捜査員が少なすぎるから、中国のように人海戦術で諜報網を張り巡らす国家に太刀打ちできない。このままでは日本政府や企業から情報が流出し続けるだけだ」(警察幹部)
 日本政府は、今回、CIAで起きている異常事態をよく分析して、防諜意識を高め、体制を整える必要があるだろう。このままでは日本は「スパイ天国」という汚名を払拭できない。

                               了