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月の夜の共犯者 11,


今日はそろそろ中原さんが来る頃だな。

じぶんでも馬鹿みたいに心臓が高鳴っているのが分かる。ただ一眼だけでも会いたいなんて、これじゃ、まるで中学生の恋じゃないか。

そうは分かっていても、この胸の早鐘を止める事は到底できそうになかった。

中原馨 21歳
取引先の株式会社△□の営業部のアシスタントの子だ。

△□は都内では30年以上続く有数で老舗の医療機器メーカーだが、最近では医療機器の時代だからなのかその業績をグングン伸ばしていた。

いや、それにしても40を超えたおっさんが、ふた回り以上歳の離れた子に夢中になるなんて恥ずかしい話しだな。

こんなところを妻に見られたらカミナリだけでは済まないだろう…。

分かってはいるけれど、彼女から放たれる香りと妖艶さには自制心を抑えることが難しかった。まさに遠くまで香るという意味の「馨」という名前が彼女にはピッタリだった。

いつか…万が一彼女と仕事以外で2人きりになれたら、手を出さないでいる自信はなかった。
それほど彼女は魅力的だった。
彼女を手に入れ肌を貪るそのためには先ず、彼女に気に入ってもらわねばならない。気に入ってもらうためには、一体どうすれば良いのだろう…。

そんなことを考えていると

「山初専務、お待たせいたしました。
中原さんが到着されました」と内線が入った。

「ここに来てもらってください。お得意様になる可能性が高い相手だから丁重にお通しするようにね」

「畏まりました」

ここは慎重に対応せねば…。

いかん、年甲斐もなく変に緊張してきた。
部屋に立てかけてあった鏡の前で、この日のために選んだ上質な濃紺のネクタイを結び直し、髪も再度撫でつけた。

どこもおかしいところはないか…
鏡を覗いていると、コンコンとノックの音がして「お待たせ致しました、中原様をお通しいたします」と声が聞こえてきた。

「どうぞ」

「失礼します」

キィィと扉は開き彼女はグレーのジャケットとパンツを着て僕の前に現れた。

「案内ありがとう。下がって大丈夫だよ。
飲み物はもう少ししてから頼む」
そう案内してくれたウチの子にいうと

「畏まりました」と扉を閉めた。

彼女は総てを見透かしているような茶色の大きな瞳をこちらに覗かせている。

その途端ドクンっと胸が早鐘を打つ。

「中原さんっ、ようこそお越しくださいました!」

僕は茶色の皮張りの椅子が並べてある部屋のなかへとお通しする。

「お世話になっております。この度は再度お会いしていただき誠にありがとうございます。」

中原さんは深々と頭を下げてきた。

「いやいや、顔をあげてください。ちょうど私たちもシステムソリューションだけでなく、他の事業展開も考えていたのですよ。ですので、△□様とお会い出来たのは何よりの機会でした。また中原さんは弊社の業績もちゃんと調べていただいたうえでご提案をいただいて、嬉しかったです。」

そう言いながら僕は椅子を勧めた。

しかし彼女は立ったまま

「常々、弊社のなかで山初様のご活躍は噂になっておりました。これまでの会社経営から一転総和グループ傘下に入られることを決意され、益々大きな事業展開へと乗り出されたその手腕と実行力は山初さまでなければ、なし得なかったと私自身心から思っております」

「中原さんにここまで認めてもらえるのは、手放しで嬉しいですよ」

もしかして、僕のことを個人的に興味を持ってくれているのか…自尊心が高まり、じぶんの男心が擽られているのが分かる。

「山初様…」

一歩二歩と、中原さんは僕に近づいてくる。

「このようなこと、○○コーポレーションをここまで導いてこられた山初様にしか頼むことは出来ません…。中原の一世一代のお願い、聞いてもらえますか…」

中原さんと僕の距離は数十センチだ。
薔薇の匂いか…?

中原さんから漂う花の香りに目眩がする。

僕は喉をゴクリと鳴らした。

「中原…さん…」

「山初様になら、わたくし…この身を委ねてもいいとさえ思っております」

「それじゃぁ、僕と…その個人的な関係も…?!」

「それは、勿論やぶさかではございません…」

その言葉にたかが外れ、僕は彼女の真っ白な頬に触れ、彼女を抱きしめようとしたその瞬間

「◯◯駅の都市開発ー…」
その言葉に僕は我に戻った。

普通なら飛び出すはずのない言葉に後退りする。

「な、なぜ君がそのことを知っているんだ」

「この街で営業をしておりますと、色々な情報が耳に入ってまいります…。
とある医療従事者のかたから、◯◯駅の都市開発について話しがまとまってきていると、お伺いしました。総和グループは元々医療法人が母体で様々な政治経済の方たちとも面識があるとか。
そして今回の都市開発は少なからず有名な政界の方も関係しているとお伺いしております」

「中原さん、君は…営業アシスタントではないのか?まさか僕を揺すろうとしているのか?!」

「いいえ、滅相もございません。
わたくしは山初様を真の営業手腕をお持ちの方だと思うからこそ、お願いしたいのであります。」

「お願い…だと…?」

「はい、お願いをしたいのは他でもございません。うちの営業部長の神崎に都市開発の誘致の件で◯◯コーポレーション様が深く関わっていることをお伝えいただきたいのです。そして医療機器に関しては、弊社の商品を入れてもらえるよう推薦していただければ幸いです。もちろんこれは内密に、神崎にだけ伝える体(てい)にしていただければ…と思っているのです。くれぐれもわたくしから耳に入れたとの情報は内密に…」

「…それが君の営業のやり方なのか…。そんなことをしていては、君は認められないままだぞ」

「わたくしは、私個人の業績をあげるよりも御社とwin-winの関係が作れたらと思っているだけでございます」

「君は…一体何者なのだ。どんな家庭で育てばそんな育ち方になる…」

「わたくしは、ずっと1人で闘ってまいりました。人に認めて貰うための手段は星の数ほどあるかと思うのです。人生とは戦です。その闘いに勝てなければ、自分が今度はやられてしまう。より闘いに有利な陣形を取る、その為にはどうすれば良いのか…そのために何が必要なのか考えて行動した結果を申したまででございます」

「それが君のやり方なのだな…分かった…考えておこう」

「ありがとうございます。さすが山初様話しが早いですわ。本当に有り難うございます。今後とも弊社のことをどうぞご贔屓くださいますよう、宜しくお願い申し上げます」

そう言い残して、中原馨は僕の部屋を出ていった。

彼女が部屋を出ていった瞬間、大粒の汗が吹き出してきた。

彼女は一体なにものなんだろうか…

窓越しからは勝者にしか味わうことのできない、夕陽に照らされる東京の街が光ってみえていた。

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