的外れなカーネーション(戯曲)

阿波野
高島
網屋
おっちゃん


 阿波野がいる。

阿波野 今日は祝日。夏の暑さも、ようやくなりを潜めて絶好の行楽日和だ。しかし、僕、阿波野伴久はしがない路上ミュージシャン。時間はあっても金が無いのです。嗚呼、お金が欲しいな。あと友達も欲しい。嗚呼、寂しいなあ。兎は寂しいと死んでしまうんだ

 おっちゃん が入場。

おっちゃん やあ!元気にしてるか?
阿波野  おっちゃん!いい所に来てくれた愛しの大親友よ
おっちゃん はっはっは!どうした、どうした。気持ち悪いぞ、吐き気がする
阿波野 そんなこと言うなって。なあ、僕の新曲、聞いてくれよ
おっちゃん おっ!性懲りも無く続けてんのか、路上ミュージシャンよぉ!
阿波野 ちょっと、ちょっと。僕の名前はアワノだぜ、阿波野。路上ミュージシャンじゃないよ
おっちゃん けっ!路上ミュージシャンみてぇな社会のはぐれ者に名前なんざ必要ないさ
阿波野  なんだって?そんなの、あんたみたいなホームレスだって同じじゃないか
おっちゃん ややっ!こりゃ一本取られたな

 笑い合う二人。

おっちゃん You are my best friend
阿波野  I think so too
おっちゃん はてさて、阿波野くん。俺に新曲とやらを聞かせてもらおうじゃないか
阿波野  合点承知の助。感動のあまり卒倒するんじゃないよ
おっちゃん するわけなかろう

 阿波野はポーズを決める。

阿波野 ではではのでは!ミュージックスタート!

 阿波野はギターをでたらめに指でこする。
 阿波野は口でジャーンジャーンとか言う。(エアギター{実物あり})
 おっちゃん 静かに大盛り上がり。
 舞台上手側より網屋、高島が入場。(網屋→高島の順番)

高島  嗚呼!青天の霹靂、電光石火の光、流星、ながれぼし、流星群!君は太陽。俺は月。つまり君が好きだ!網屋さん、俺と付き合ってくれ!
網屋  (間髪入れず)ごめんなさい!

 網屋は頭を下げる。
 呆然とする高島。

高島  ……やっぱりだめ?
網屋    だめじゃないけど、高島くんは私なんかやめたほうがいいよ。整理整頓下手だし、要領悪いし
高島    悲しいこと言わないでおくれよ。そんなの、俺が完璧にエスコートしてやるって
網屋    とにかく!高島くんなら、きっといい人が見つかるよ。それじゃあ

 網屋は舞台下手側へ歩いていく。

高島  待ってくれ!そう言われ続けて六年弱。そんな人、一人もいなかった!無責任だ!そんなの……

 網屋が完全にはけた所で阿波野がエアギターをやめる。
 おっちゃん が高島を指差し、言う。

おっちゃん はははははっ!見たまえ阿波野くん。若人(わこうど)が青春しているぞ
阿波野  本当だ。いいね。若いね。うらやましいね
おっちゃん しかし、よい結果ではないようだ。なあ阿波野くん

 おっちゃんが阿波野を見る。

阿波野  ああ。言いたいことがわかるぜ、my best friend。いっちょ、恋のキューピッドにでもなってやろうかね

 二人はうなだれる高島に近づく。

阿波野  やあ。少年。何か嫌なことでもあったのかい

 びっくりする高島少年。

高島  ひっ!?だ、誰だ、あんたら。金なら無えぞ!

 舞台上手側に逃げる高島。しかし、立ちふさがる おっちゃん

高島  うわぁあっぁぁ!?えらいこっちゃ。変な奴とヤバい奴に囲まれてやがる。俺、高島佑。人生最大のピンチ!どうしよう
阿波野  まあ、待てって。僕は阿波野伴久、路上ミュージシャンだ。変な奴じゃない
高島  変な奴だよ。
おっちゃん まあまあ。落ち着きたまえよ。俺たちは君の失恋の一部始終を見させてもらったのさ
高島  はあ?……ははっ、なんだよ、おたくら。人の失恋を笑おうってのかい
阿波野  違うよ、高島。僕は君の恋のキューピッドになってやろうと考えているのさ
高島  恋のキューピッド?なにがどうして見ず知らずの俺なんかのために
阿波野  形骸の日々の流れ。ギターで指先をすり減らす毎日。そんな折、まるで電光石火のごとき君たちの青春の光を見つけたのさ
おっちゃん ようするに、死ぬほど暇だったってことさ
高島 しかし、そんなのは卑怯じゃないか?あまり気が進まないな。なにせ、俺は筋金入りのジェントルメンだから
おっちゃん 言ってら
阿波野 見ると、彼女は君が嫌いな訳ではなく、自分に自信が無いようだ。だったら、そこを治してやれば、君と積極的に関係を築けるかもしれない。安心してくれ。僕は昔、想い人と文通をしていたくらいのイケイケボーイだ。場数は踏んでいる
高島  やだ、ロマンチック
おっちゃん くっだらねえ嘘をつきやがって
阿波野 大丈夫。僕は人に自信を持たせることは得意なんだ。なにせ、僕の社会的身分は地の底まで落ちているからね
おっちゃん 悲しいなあ
高島  そうか、ありがとう阿波野くん。おまえの善意に甘えるとしよう

 高島と阿波野は堅い握手を交わす。
 おっちゃんは舞台上手側へ高島は舞台下手側へはける。
 舞台下手側より網屋が登場。
 舞台中央で待ち構える阿波野。

阿波野  やあ、お嬢さん。元気かい?
網屋  ちょっとなんですか、あなた
阿波野  そうか、元気か。それは良かった

 阿波野は客席側に体を向ける。

阿波野  元気でない筈がないさ。見てごらん、この血の気の無い青ざめた空を
網屋  あまり綺麗じゃなさそうですね
阿波野  そして、耳を澄ませてごらん

 網屋は阿波野の背後を通り、舞台上手側へ。

阿波野  どうだい、雀たちの可愛らしい囀りが聞こえるだろう?…………ハハっ、。何も聞こえない。しかし情緒的ではあるじゃないか
      (下手側を向く)、あれ、居ねえ。ちょっと!ちょっと!

 阿波野は網屋の前に回り込み、舞台下手側に追い込む。

網屋  もう、何?ナンパ?
阿波野  違う違う。僕は君と友達になりたいだけなんだ
網屋  そうですか。ありがとうございます。お気持ちは嬉しいですが、他所を当たってください。さようなら

 網屋は阿波野の隣を抜けようとする。
 しかし、阿波野はそれを止める。

阿波野  待ってくれよ。友達なんて何人いても損はないだろう?
網屋  食い下がるなあ。こんなの、高島くん以来だ
阿波野  高島くん?誰それ、彼氏?
網屋 違います

 網屋は阿波野の隣を抜けようとする。
 しかし、阿波野は網屋の鞄を取って止める。

網屋  ちょっと!離して
阿波野  ヤダー!、友達になってくれるまで離さないもんね
網屋  もうっ嫌
阿波野  あっ!

 網屋は鞄を落とす。
 中身が散乱する。

阿波野  ああっ!どうしよう!鞄の中身が飛び出してしまった!
網屋  嘆いてる暇があったら片付けろ!
阿波野  はいっ!すみません!

 二人は地べたに這いつくばって中身を拾い集める。

阿波野  しかし、君は鞄に物を詰め込みすぎではないか?辺が廃棄物処理場みたいになっているぞ
網屋  うるさいなあ。女子の荷物はかさばるんだよ
阿波野  荷物って、ゴミばっかりじゃないか!(一つ拾う)ほら、なんだこれ。(見る)チケットだ。としまえんの。としまえんのチケット!何でとしまえんのチケット入ってるの?しかも十五年前のやつ!
網屋  お守りだよ、お守り!
阿波野  お守り?としまえんのチケットが?練馬区の遊園地が何を守ってくれるというんだ。ディズニーランドとかじゃないんだぞ?(一つ拾う)ほら、まだある。花だ!花。手作りの。可愛いねぇ。これもお守りかい?
網屋  そうだよ。悪い?
阿波野  お守り大好きかよ!このオマ・モリ子め!
網屋 アラフィフのおっさんみたいなこと言わないでください。言っとくけど、それ、うざいし、寒いし、つまらないですからね!
阿波野 あんまりだ!

 二人は地べたに這いつくばって中身を拾い集める(動作をする)。
 阿波野は何かに気付く。

阿波野 おや?これは……。なあ、オマ・モリ子さん
網屋 網屋です!
阿波野 オーケイ。ミス網屋、君は『勇者マイケルの冒険シリーズ』のファンなのかい?
網屋 そうだよ。悪い?
阿波野 なんてこったい!それは奇遇だな。僕も『マイケル』好きなんだ。特にシリーズ第十四弾『勇者マイケルと踊る天上天下唯我独尊』!あれ大好きなんだ
網屋 え、マジのファン?じゃあ、シリーズ第四十八弾『勇者マイケル、カタストロフィ・オブ・ザ・西船橋』は見たことある?
阿波野 もちろんさ!シリーズ第二十弾からマイケルの親友となったジョーンが飛び交う銃弾からマイケルを守り、爆発四散し消えるシーンは涙なしには見られないよ!
網屋 なんてこと。私、あなたとなら友だちになれる気がするわ
阿波野 当然さ。僕はそれを見越して声をかけたんだぜ
網屋 そうだわ!都合のいいことに今、シリーズ第五十弾『勇者マイケル、百一回目の最終決戦』が全国劇場で公開中よ!
阿波野 なんて都合がいいんだ!脚本の手抜きだな。もし、よろしければ一緒に見に行かないか?
網屋 オーケイ。利害一致。一緒に見に行きましょう
阿波野 よしきた!いざ参らん、映画の世界へ〜

 二人は舞台上手側に向かって走る。
 網屋は、はける。
 舞台に残った阿波野が手を叩き、客席を向く。

阿波野 上映終了後

 網屋が舞台上手側より飛び出す。

網屋 あぁ〜、面白かった.今日はありがとう。久しぶりに楽しかったよ。あっ、そういえば、まだ名前を聞いてなかった
阿波野 僕は阿波野智久。しがない路上ミュージシャンさ

 阿波野は自己紹介しながらこける。

阿波野 痛い!
網屋 ちょっと!大丈夫?

 網屋は阿波野に駆け寄る。

阿波野 ハハハやっちまったぜ
網屋 待ってて、今絆創膏出すから

 網屋は鞄をガサゴソする。

阿波野 お〜い。早くしてくれ。僕ちゃん、干からびて死んじゃうよ
網屋 そんなんじゃ死なないから大丈夫だよ。

 網屋は次第に苛立ち始める。

網屋 もう〜……無いなあ
阿波野 あのさ、大丈夫だよ?さっきはあんなこと言ったけど、全然平気……
網屋 あった!

 網屋は阿波野に絆創膏を渡す(仕草をする)。

阿波野 絆創膏?くっしゃくしゃでミミズの死体みたいになってるけど
網屋 悪かったね、要領悪くて
阿波野 まあまあ、怒るなって。要領の悪さなんて度が過ぎなきゃあ、可愛いもんさ
網屋 へえ、私の廃棄物処理場みたいな鞄を見ても同じことが言えるの?

 少し間が空く。

阿波野 ……もちろん
網屋 今心揺れたでしょう!私わかるよ
阿波野 まさか!動かざること川のごとし
網屋 絶えず動いてんじゃん
阿波野 うるっさいなあ、そうやって自分を悪く言い続けて何になるってんだ。余計に卑屈になるだけじゃないか
網屋 阿波野さんみたいなナルシストには分からないと思いますけどね、いざ、自分を省みようと鏡を覗いてみても、いい所なんて見えない。どうしても悪いところしか見えないんだ
阿波野   君は自分に厳しすぎるんだよ。一度呼吸を落ち着かせてごらん。曇った鏡も次第に晴れてくるはずだぜ
      
 阿波野は網屋の背後に回り込む。

阿波野 ほうら。落ち着いただろう。曇りが晴れた鏡には、いったい何が見える?そうだなあ、網屋さんが自分を許すことができないとしても、周囲には君の存在を肯定してくる人とかがいるんじゃないか?
      
 阿波野は網屋の隣に移動。

網屋 まさか!そんな人いないわ。だって私は父に捨てられた時点で価値の無いこどもだったもの……
阿波野 あっ、パンドラの箱開けちゃった?
網屋 あっ、でも……
阿波野 ん?もしかして心当たりある?
網屋 うん……同じ学校の高島くんって、人なんだけど……。彼、私に好意があるみたいで……
阿波野 好意?えーっ?ひょっとして、ひょっとして、ロマンスが有り余ってる感じ?

 遠慮がちにうなずく網屋。

阿波野 うっひょー!マジかよ。ステキ、モテキ、ロマンチー!
網屋 まあ、悪い人ではないんだけど……
阿波野 で、網屋さん的にはアリなの?それともナシ?
網屋 うーん……ナシではないかな
阿波野 ヨッシャァァァ!
網屋 どうして、阿波野さんが喜んでるの?
阿波野 なぜ?僕は皆にハッピーを贈るエンジェルだから。皆の幸せは僕の幸せ。高島ー!よかったなあ!で、網屋さん!
      
 阿波野は網屋の手を取る。

網屋 あっ、はい
阿波野 君は君が思っているほど悪い人間じゃない。高島も僕もそれを知っている。その証拠に、今日、とても楽しかったよ。いいや、僕たちだけじゃない。君の魅力に気付いている人はもっといるはずだ。だから、自信を持って
      
 少し間が空く。

阿波野 さあ、もう帰ろう。すっかり日が落ちてしまった
網屋 うん……ありがとう、阿波野さん
阿波野 お礼を言われる筋合いはないよ。じゃあね

 網屋は舞台上手側よりはける。

阿波野 ざっとこんなもんよ

 舞台下手側から高島、上手側からおっちゃん が出てくる。

高島 最高だぜ!予想以上だ!
おっちゃん ああ。童貞ギター弄りの阿波野くんとは思えないプレイボーイっぷりだったよ
阿波野   やめてくれよ、おっちゃん。それじゃあまるで、僕がギターで性的欲求を満たしているみたいじゃないか
おっちゃん 違うのか?

 肩をすくめる阿波野。

高島 それにしても、あんなに楽しそうな網屋さんは初めて見たよ。俺、もう幸せ
阿波野 それはよかった。さあ、もう心の壁は壊した。あとは攻めるだけだぜ
高島 攻めるだって?阿ー波ー野ーくーん。スケベだねえ

 顔を合わせ大笑いする阿波野と高島。
 咳払いをし、そこに乱入するおっちゃん。

おっちゃん 時に高島少年。君は彼女のどの辺が好きなのかね
高島 あ、それ聞いちゃう?どれ、あっさり三時間ほど語ってやろうかねえ
おっちゃん 手短に頼むよ
高島 んふふ、そうだなあ……。ええと、彼女、頭の回転が速くて、知性に溢れているんだ。でも、同じくらい慌てんぼうでその知性を発揮することは滅多に無いんだけど、そこが可愛いっつーか……ぐふふ、あと、すれ違う時にちょっといい匂いするんだよね
      
 阿波野は自分の体の匂いを嗅ぐ。

阿波野 ちょっと、残り香する
おっちゃん そうかそうか。それはよかった。しかしだな、遠くから見ていてもわかる。彼女は良い。優しさに溢れ、思いやりがある。謙虚すぎるのが玉に傷だがね
高島 ずいぶん、彼女を推すじゃあないか。……もしかして狙ってるのか?
阿波野 違いない。いつまでも独り身は辛いだろう。あ、僕もだ。かなしい
高島 なんだって?だとしたら、俺はあんたを葬らなきゃならん
おっちゃん やめてくれよ。そんなんじゃない

 高島はおっちゃんに近づく。

おっちゃん ばか!バカバカバカ!やめろって、そんなんじゃない。父親が実の娘に欲情するわけないだろう!
阿波野 そうだよ、高島。おっちゃんはパパ。網屋さんは娘。このふたりがくっつくわけ……って、えぇ?
高島 おっちゃんが
阿波野 網屋さんの
高島阿波野 パパ??

 ちょっと間が空く。

おっちゃん そうだ
高島 そんな……
阿波野 うそだろ……
高島 そんなのってアリかよ
阿波野 掃きだめに鶴。いや、掃きだめから鶴だな
おっちゃん おいおい、それは俺の妻、もとい、千尋の母親に失礼だろ
高島 うるせー!てめえごときが網屋さんをファーストネームで呼ぶんじゃねえ!
阿波野 そうだ!僕なんか網屋さんの下の名前初めて聞いたぞ!千尋って言うんだ。贅沢な名だなあ
高島 それにしても、だ。あんな遺伝子の暴走としか思えない大当たりベイビーを授かり、人生ゲームで圧倒的勝利を収めたあんたが、どうしてこの有様なんだ?彼女にこの惨状を見せるわけにはいかないぜ
おっちゃん 数年前、借金作って自己破産してホームレスになったんだ。こんな所で再会するなんて思わなかったよ。いやあ、千尋の幼いころを思い出すなあ。まさに天使。俺に幸せをプレゼンツする天使だったよ。ぐふふふ……
高島 んー?その話、詳しく聞かせてくれ
おっちゃん 俺の誕生月、千尋が必死に何かを作っている。俺の誕生日プレゼントだった。リビングで俺から背を向けるだけで隠し通せていると思っているんだぜ、可愛いだろ?
高島 うん、かわいい
阿波野 お兄ちゃん、ニヤニヤしちゃうよ
おっちゃん しかも、だ。作ってるのは『手作りのカーネーション』。……っておいおい、そりゃあ、母の日だろう
阿波野   ははは。バカだなあ。蛙の子は蛙ってか

 高島が怒りながら阿波野に接近する。

阿波野 わかったわかった。怒るなって
おっちゃん まあ、結局、それを渡す前に俺は出て行ってしまったのだけど。千尋には申し訳ないことをしたよ。一緒に遊園地へ遊びに行く約束をしていたんだ。それも果たせず仕舞い。俺は最悪の父親だ。だから、高島

 おっちゃん は高島に向き合う。

おっちゃん 君が、千尋を幸せにしてくれ。他力本願なのはわかっている。でも、君の言うとおり、こんな有様を千尋に見せる訳にはいかないんだ
高島 おっちゃん……でも、俺、できるかな?
おっちゃん 君にはパワーがある。優しさがある。逆境に萎えない強さがある。俺は君を認める。成し遂げてくれ、高島少年
高島 でも……でも……
おっちゃん ウジウジ言ってんじゃねえ!大丈夫さ、おまえならできる!

 おっちゃん は舞台下手側に向かって歩く。

おっちゃん さあ、行け!行くのだ、高島少年。俺は突き当たりのコンビニで廃棄弁当をもらって来る
阿波野  あ、僕も行く〜

 阿波野はおっちゃん に続く。
 阿波野とおっちゃん は舞台をはける。

高島  ありがとう。阿波野くん、おっちゃん。お前たちが繋いでくれた襷、無駄にはしない

 高島は舞台下手側へ移動。
 高島は客席側を向く。

高島  約束するよ。俺は、彼女を、網屋さんを必ず幸せにしてみせる

 高島は手を叩く。

高島  翌日、大学構内

 部隊上手側から網屋が登場。

高島  やべー!網屋さんが来た

 咳払いをする高島。

高島  網屋さん、おはよう
網屋  あ、ごめんなさい!
高島  まだ、何も言ってないんだけどなあ
網屋  え、嘘。ごめんなさい。ほとんどルーチンみたいになってた
高島  流れ作業で振られていたのか、俺は。高島ショック……
網屋  ふふふっ、高島くん、相変わらず元気だね
高島  まあね、元気を失ったら干からびて死んでしまうような人間だからね。俺は
網屋  高島くんを見ていると、こっちまで元気になってくるわ
高島  ありがとう。でも、その言葉から現時点では脈がないことを感じて、俺は悲しんでいるよ。高島ショック
網屋  じゃあね、高島くん。have a nice day
高島  うん。はばーないすでー

 高島は手を振る。
 網屋はその横を通って舞台下手側よりはける。
 舞台下手側を見つめる高島。

高島  かわいい……

 舞台下手側から阿波野が登場。
 阿波野はハイテンション。

阿波野  高島〜!!!

 高島に近づく阿波野。

阿波野  聞いてくれ、Gコードが弾けるようになったんだぜ!

 ボロ〜ン

高島  蛙のゲップみたいな音色だな。それよりも聞いてくれよ

 高島は阿波野を舞台上手側に連れて行く。

阿波野 おいおい、どうした。高島少年
高島 つい、今しかた、網屋さんに会ったんだけどさ……まるで別人だったよ!見違えるように明るくなっていた
阿波野 それはよかったじゃないか
高島 彼女は自分に自信を持てるようになったんだ。おまえのおかげだよ
阿波野 それはうれしいね。だが、それは網屋さんが自ら起こした変化だ。僕は背中を押しただけにすぎない
高島 謙虚なことだな。しかしだ、昨日あんなにいい雰囲気だったのだから、彼女、おまえに気があるのではないかと疑ってしまう
阿波野 よせやい、高島、おまえは網屋さんをたった一日気が合っただけの男に尻尾を振るような安い女だと思うのかい?
高島 それもそうだな、ははははは!よし、今すぐ自殺しよう。

 高島は舞台をはけようとする。阿波野はそれを止める。

阿波野 早まるな
高島 うわああああ!俺は最低の人間だ!

 舞台下手側から網屋が出て来る。

網屋 阿波野さん?

 高島は阿波野の背後に隠れる。

高島 なぜ、俺が隠れてるんだ?
阿波野 やあやあ、網屋さん。奇遇だねえ
網屋 ここで何を?
阿波野 ちょっと、懐かしくなってね。何を隠そう、僕はここの卒業生なんだ
網屋 嘘でしょう?

 阿波野は客席を向く。

阿波野 ああ、嘘だよ。さあ、行け!高島

 高島は舞台上手側からはける。
 阿波野は網屋と向き合う。

網屋 へえー。世間って案外狭いものなのね
阿波野 みたいだね。それじゃ、また今度

 阿波野は網屋の横を通り、舞台下手側よりはける。

網屋 あの!阿波野さん

 阿波野は立ち止まり、客席の方を向く。

阿波野 ん?嫌な予感がするぞ
網屋 もし、差し支えなければ☆
阿波野 もしかして、まさかそんな☆
(☆は同時に喋る)
網屋 今度、どこかへ出かけませんか?
阿波野 そのまさかだった

 阿波野は網屋と向き合う。

阿波野 ええと、網屋さん。もしかして、君は友達以上の関係をご所望かな
網屋 だめですか?
阿波野 違うんだよなあ。こうじゃないんだよな。

 少し間が空く。

阿波野 網屋さん。ちょっとなんだろう、君は……何か勘違いをしているんじゃないかな。僕と君はあくまで、勇者マイケラー(勇者マイケルシリーズのファンの総称)という共通点があるだけであって、その……なんだ、別に僕は君と親密なアレになろうっていう気はさらさらなくて……そうだ!僕はゲイなんだ。レディースよりメンズが好きなんだ。君の好意は嬉しい。だけど、だからこそ、さっきまでと同じように気の合う友人でいようじゃないか
      
 少し間が空く

網屋 そっ……そうだよね、ごめんなさい。私、なんて自分勝手なことを……
阿波野 いやっ、自分勝手なんかじゃないさ。僕の方こそすまない。きっと、いい人が見つかるよ。それじゃあ

 阿波野は舞台下手側よりはける。
 舞台下手側を茫然と見つめる網屋。

網屋 いないよ、そんなの

 舞台上手側より高島登場。

高島 あ、網屋さん
網屋 高島くん。見てた?私、失恋しちゃった
高島 あ、ああ。それは残念だったね
網屋 あーあ。私って人として駄目なのかなあ。昔からそうなんだよね。昔、父が家から出て行ったんだ。隠れて泣いている母を見て、一時期父を恨んだりした。けど、冷静に考えてみればこんな、要領も悪くて無愛想な娘が待ってる家に進んで帰ろうなんて思わないよね。じゃ、我が家に不幸をもたらしているのは誰か。私じゃん!
高島 それは網屋さんが気に病む事じゃない。子共ってそういうものじゃないか
網屋 父に母に阿波野さんに高島くんに、いろんな人たちに迷惑をかけてきたツケが回ってきたのかな
高島 人に迷惑をかけずに生きている人間なんて一人もいないよ。阿波野くんだって、散々フラれた俺だって、君を悪い人間だなんて微塵も思ってない!
網屋 そんなことわかってる!わかってるよ。フラれたことが辛いんじゃない。自分が無価値な人間だと思い知った……いいえ、思い出したことがこんなに辛いんだ

 網屋は高島を見つめる。

網屋 ごめんなさい。そして、ありがとう高島くん。私が言って欲しいこと言ってくれて
高島 おやすい御用だよ。話相手にならいくらでもなってあげる
網屋 私って都合の良い女だ。今、口説けば簡単に落ちるかもしれないよ
高島 よしてくれよ。網屋さんはそんな安い女性じゃない。君は今、少し、いや、かなりナーバスになっているんだ。その弱みに付け込むような真似をしたくない。いいかい、これは君のためじゃない、俺のためなんだ。さあ、もう家に帰ろう。体を、そして心を休めるんだ。いいね?
      
 必死に諭す高島に首を縦に振る網屋。

網屋 わかった。ありがとう、高島くん
高島 いいってことよ。じゃあ、網屋さん、また明日。はばーないすでー

 舞台上手側よりはける網屋。
 舞台下手側より阿波野が登場。

阿波野 やあやあ、高島。進捗の程はどうだい?彼女、君にメロメロキューなんじゃないか?
      
 高島は阿波野の胸倉をつかむ。

阿波野 ななななな、やめて!
高島 阿波野!おまえは言ったな、恋のキューピットになると。おまえの善意には感謝している。だが、彼女をいたずらに傷つけろと頼んだ覚えはない!
阿波野   ちょっと待ってくれよ。確かに、失恋云々で彼女は傷ついたかもしれない。だが、それをおまえが救い上げることで、彼女は報われる。そういうシナリオじゃなかったのか?
高島    ただの失恋程度だったら、俺だってそうしたろうよ。だが、事態はそんな簡単じゃねえんだ。網屋さんは自分を見失いかけている。おまえは、奈落の淵で彷徨っていた彼女を上空から摘み上げ、奈落の底にはじき落したんだ!
      
 高島は冷静になり、阿波野に背を向ける。

高島 今日はもう帰ってくれ。俺はこれ以上おまえを嫌いになりたくない
阿波野 すまない、高島。僕は何て軽率な行動をしてしまったのだろう。だから、許してくれなんて言わない。ただ、信じてくれ。僕は君たちが幸せになることを祈って行動していたんだ。僕は君たちが笑ってる姿を見たかっただけなんだよ
高島 俺だって同じだよ、阿波野くん。俺は網屋さんが笑っている姿を見て遠くでニヤニヤしてるだけで幸せだったんだ

 阿波野は舞台下手側よりはけようとする。
 高島はそれを呼び止める。

高島 待ってくれ!来たぞ、超高島佑的ひらめきが!
阿波野 どうした、大丈夫か
高島 阿波野くん!贖罪とかそういうじゃ無しに、俺に力を貸してくれないか?
      
 舞台暗転
 ふたりは舞台下手側よりはける。
 舞台明転
 舞台上手側より網屋が入場。
 舞台下手側より高島が入場。

高島 おはよう!網屋さん!
網屋 ごめんなさい!
高島 ああ、謝りたいのは俺のほうさ。昨日はうわべだけの慰めをして、ごめん。今日は君に過去のトラウマを払拭する機会を設けに来たんだ。阿波野くん!スタンバイお願いします
阿波野 はーい

 舞台下手側より阿波野とおっちゃんが入場。
 おっちゃんは口をガムテープで塞がれ、両手をロープで縛られている。
 もだえ苦しむおっちゃん。

阿波野 おっちゃん、ゲットだぜ!
網屋 阿波野さん?
阿波野 やあ、また会ったね
網屋 ……と、あなたは……
おっちゃん んー!んー!
高島 阿波野くん、自由にしてやって

 阿波野はおっちゃんのガムテとロープを外す。

おっちゃん おまえ達、何のつもりだ
阿波野 さあ、僕は存じ上げないね。高島!

 高島は阿波野の声に反応し、おっちゃんの元へ行く。

おっちゃん おい、冗談なら笑えねえぞ
高島 冗談じゃないさ。なあ、おっちゃん。一生のお願いだ。網屋さんと、仲直りしてくれないか?
おっちゃん 勘弁してくれよ。俺はもう千尋の父親じゃない。もう終わったことなんだ。俺みたいな奴が、あの子の父親だなんて知ってほしくない
高島 いい加減にしてくれ。社会的信用を失ったあんたが、世間の束縛を逃れ自由奔放に生きるのは一向に構わない。だが、それはあんたに捨てられたというコンプレックスの檻から彼女を開放してからでも遅くないんじゃないか?

 少し間が空く。

高島 なあ、おっちゃん。彼女はあんたと遊園地に行けなかった事が、あんたに的外れなカーネーションのプレゼントを渡せなかったことが、足枷になっているんだ
おっちゃん でも……でも……
高島 ウジウジ言ってんじゃねえ!今すぐ行ってこい!俺は黒帯だぞ!

 高島はおっちゃんを蹴飛ばす。
 網屋の前で四つん這いになるおっちゃん。
 立ち上がるおっちゃん。
 高島は舞台上手側に移動する。

おっちゃん やあ、僕が誰だかわかる?
網屋 わかるよ。パパでしょう?
おっちゃん 参ったなあ。しかし、すぐにわかるなんてこれこそ、父娘の絆ってやつだな!はははは
      
 少し間が空く。

おっちゃん 言わなきゃよかったな
網屋 ねえ、パパ、どうして家を出て行ってしまったの?私が嫌いだから?
おっちゃん そんなわけないだろう。仕事の都合さ。実は、当時、僕は起業しようとしてたんだ
網屋 じゃあ、パパ、社長だね
おっちゃん ああ。資金繰りのために、全国津々浦々から借金しまっくてねえ。でも、結局上手くいかなかった。借金なんて返せるはずもなく、最終的に、僕は自己破産に至ったのさ
高島 そしてホームレスになった訳だな
網屋 大変だったね
おっちゃん ああ。大変だったよ。そう、あの時は千尋とお母さんを潤わせるために死にもの狂いだった
網屋    ごめんなさい、私のせいでパパを追い詰めていたんだね
おっちゃん そんなことはない。むしろ、千尋がいたおかげで僕は頑張れたんだ。僕が遅くに帰ってきても、千尋は夜更かしして僕を迎えてくれたね
網屋    うん
おっちゃん 忙して家に帰れないとき、千尋は僕に電話をしてくれたね
網屋    うん
おっちゃん 僕の誕生月にはプレゼントとして手作りの花を作ってくれたね
網屋    うん……って知ってたの?
おっちゃん あたぼーよ。しかっし作っていたのがカー……
網屋    待って!言わないで!超、恥ずかしいから
おっちゃん 千尋。僕は君を嫌ってなんかはいないよ。むしろ、人を想い、大切にしてくれる、千尋のことが大好きだ。君は完璧な人間じゃない。でも、それを責める事が出来る者は誰一人とていないんだ。もちろん、君も例外じゃない。だから、もう自分を責めてたりしないでくれ。君は無価値な人間じゃない。自分を無価値だと考えてしまうことが一番無価値なんだ

 少し間が空く。

網屋 ありがとう。憑きものが晴れたような気持ちだよ
おっちゃん それはよかった
網屋 きっとこれのお陰だなあ。手作りの花と、としまえんのチケット!

 網屋は鞄から手作りの花とチケットを出す。

阿波野 あっ!オマ・モリ子グッズ!
網屋 いつか、きっと巡り合えると思ってたのかなあ。まさか、本当にお守りとしての効力を発揮するとは。阿波野さん、ゴミじゃなかったよ
阿波野 みたいだね
網屋 パパ、今日、巡り合えてよかったよ。十五年越しの誕生日プレゼント、どうぞ
おっちゃん 卒倒するほど嬉しいけど、そういうのは好きな人とかにあげるべきじゃなかな
阿波野 そもそも、父親にカーネーション渡す方がどうかしてるけどね
網屋 そうだね。じゃあ……

 網屋は後ろで泣いている高島に手作りの花を渡す。

高島 うん……どえええええええええ!?

 高島は驚いてイチ、ニ、三歩後ろに下がる。

網屋 高島くん、阿波野さんも、私を父とめぐり合わせてくれてありがとう。私に幸せをありがとう
おっちゃん 俺からも例を言わせてくれ。ありがとう、高島
阿波野 受けっとちゃいなよ〜タカシマボーイ

 高島は遠慮がちに花を受け取る。

高島 嗚呼……

 感情が高ぶった高島は客席の方を向く。

高島 俺、高島佑。人生最大のハッピーターイム!明日、反動で死んじゃったらどうしよう
網屋 それはこまるね
おっちゃん さて、俺たちはお邪魔のようだな
阿波野 ああ。ここでおいとましようじゃないか

 おっちゃんと阿波野は舞台下手側よりはけようとする。

網屋 待って!

 立ち止まる。

網屋 末永くお幸せに〜!
阿波野 ははは。いったい何を言っているのかねえ

 おっちゃんは阿波野と腕を組む。

阿波野 ちょ、やめたまえよ、君

 二人は舞台をはける

阿波野 嫌ぁぁぁぁぁ!助けてー!

 高島と向き合う網屋。

網屋 面白い人たちだったね
高島 君はとんでもない思い違いをしている気がする
網屋 そうかな?
高島 ねえ、今週末予定ある?ないなら、一緒にどこかへ行こうよ
網屋 うん。いいよ
高島 どこがいいかな……ディズニーランド?ドイツ村?マザー牧場?ああ、もう、千葉県ばっかりだな
網屋 高島くん
高島 はい。なんでしょう
網屋 わたし、としまえんに行きたい!

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