アリ、時々キリギリス 雨の街編 −参−

前回まで。


 あのセッションがまるで夢だったかのように、それからまた数日は変わり映えのない日々が続いていた。
そんなある日のこと、いつものように仕事を終えたカクリは、テトと合流して飲むことになっていた。
「どこの店で飲もうか。」
「この前演奏した店もいいが、あれ以来、あの店じゃあ注目されちまってどうにも行きづらいんだよな。」
「さすが、プロの音楽家は違うね。」
 カクリは皮肉たっぷりにそういった。
 そんな話をしながら店を探していると、どこからか聞き覚えのある声がした。
「カクリさんー。」
 声のする方を見ると、そこにいたのはハノだった。
「ああ、ハノさん。」
「どうも、お久しぶりです。」
 ハノはペコっと頭を下げた。
「誰だ、こいつ。」
 テトは小声でそう聞いてきた。
「ほら前に話した、ここのギルド幹部の。」
「ああ!どうも、いつもお世話になっております。」
 そう言うと、テトは必要以上にペコペコしだした。
「テトさんですよね。お噂はかねがね。」
 そう言うとハノはテトに握手を求め、テトも珍しく笑顔で応じた。
「聞きましたよ、この前の話。なんでも天声ボッカとセッションされたそうで。」
「ああ、いやまあ。」
「相当な演奏だったそうじゃないですか。」
「いえいえ、あれは天声ボッカにおんぶにだっこだっただけですよ。」
「またまた、謙遜しないでくださいよ。」
 テトは照れ臭そうに笑っていたが、案外本音なんだろうな、とカクリは思った。
「で、今日はどうされたんですか。」
「ああいや、今日は仕事仲間と飲む予定で。自慢までまだあったんでぶらぶらしてたらちょうどお二人をお見かけしたもので、つい。」
「ああ、そうだったんですね。」
「お二人は何を。」
「ちょっと飲もうか、なんて話してて、どこの店にしようか迷ってたんですよ。」
 ハノが急に指を鳴らす。
「それはちょうどよかったです。もしよろしければ、ご一緒しませんか。」
「いやでも職場の人と一緒なんじゃ。」
「お二人の噂で持ちっきりで、一度はあってみたい、ってみんな行ってたんですよ。」
「ああ、どうも。」
 カクリはなんだか恐縮してしまった。
「もちろん、こちらで支払わせていただきますので。」
「行こう!」
 テトは即答した。
「ちょっと、テト。」
「せっかくのご好意を無下にするわけにはいかんだろ。」
「いやそれは……」
「テトさんもそうおっしゃってますし、是非。ね。」
 カクリもハノに流される形で、渋々納得した。

 ハノの後ろについていった二人がたどり着いたのは、普段の自分たちじゃ到底入れないような高級レストランだった。
「ここ、ですか。」
「はい、こちらです。」
 さすがのテトも言葉を失っているようだった。
「あの、僕たちフリーパスなんですけど、大丈夫なんですか。」
「ええ、そこらへんは任せてください。」
 店に入ると、店員たちは深々と頭を下げ、ハノも一礼をした。その姿を見て、二人も礼をしてみるのだった。
「二人増えることになったので、よろしくお願いします。」
「かしこまりました。」
 ぴっちりとしたスーツを着たカエル型亜人の男がそう答えた。
 そうして男について店の奥に進んでいくと、これまた荘厳な扉が目に入った。
「こちらでございます。」
 扉を開けると、そこには見るからにいい身なりの亜人たちが座っていた。
「もう皆さん集まってらっしゃったんですね。」
 ハノは室内を見回してそういった。
「ハノくん、その二人は。」
 中でも一番偉そうなカエル型亜人がハガに尋ねる。
「こちら、最近ギルド内でも話題になっているカクリさんとテトさんです。」
 二人は深々と頭を下げた。
「ああ、君たちが噂の。」
 そう言うと男は上から下まで嘗め回すように二人を見た。
「今こちらの街でお世話になっていますカクリと申します。」
「同じくテトです。どうも。」
 カクリはテトの少し砕けた感じに思わず焦るのだった。
「どうも。私はここ喜田恵ギルドでギルドマスターをしている水冨 嗇豊(ミトミ ショクホウ)と申します。」
「ああ、いつもお世話になってます。」
 カクリは改めてそう挨拶をした。
「そんなにかしこまらないで。」
「すみません。」
「じゃあ、ワシも自己紹介させてもらいますわ。」
 そう言うと体格のいいカエル型亜人がわざわざ立ち上がって話し始めた。
「どうも、雨鳴運送っちゅう運送会社を営んでおります、雨鳴 作(アメイ サク)って言います。以後、お見知りおきを。」
「ご丁寧に、どうも。」
「ほれ、お前も挨拶しとけ。」
 そう言うとアメイは隣に座っていた、ひ弱そうなカタツムリ型亜人に促した。
「初めまして。アメイの秘書を務めております伏籠 順只(フセゴ ジュンシ)と申します。よろしくお願いします。」
「お願いします。」
「まあお二人とも、そんなところで立っててもあれ何で、どうぞ座っちゃってください。」
 そうハノに促され、二人は席に着いた。

 それからの時間はまるで夢のようだった。
 次々に運ばれくる見たこともない高級料理の数々。そして、思わず唸りたくなるほど美味しいお酒。
 カクリは最後の晩餐がこれほどのものだったらどれほど素晴らしいだろうと、そんな変なことまで考えてしまった。
「ははは、それにしても、お二方とも美味しそうに食べますなあ。」
 アメイは豪快に笑いながらそう言った。
「あ、すみません。」
「いやいや、何も責めちゃいませんよ。」
 アメイはなみなみと注がれた酒を、グイっと飲みほした。
「満足していただけたかな?」
 ミトミは威厳たっぷりにそう尋ねた。
「ええ、もちろん。」
「なかなかうまい料理だったよ。」
「テト!」
「いやいいんだ。それくらいの器じゃなきゃ、芸術家は務まらんでしょう。」
「芸術家、いい響きだ。」
 テトはその言葉を噛み締めるようにうなずいた。
「ハノくん。」
 ミトミはハノを呼ぶと何やら耳打ちをした。
「はい、かしこまりました。」
 ミトミの話が終わると、ハノはそう言って二人に近づいてきた。
「じゃあ、今日はこの辺で。」
「あ、はい。」
「もう帰んなきゃなのかよ。」
「がっはっは、面白い方だ。」
 アメイは高らかに笑いながらそう言った。
「すみません、すみません。」
 カクリはこれでもかというほど平謝りをした。
「では、行きましょう。少しお見送りをしてまいります。」
 ハノはミトミにそう言うと、二人を出口へと促した。
「うん、頼むよ。」
 店の入り口付近に近づき、レジを見かけたカクリはハノに尋ねた。
「あ、お代は。」
「お題なんてそんな。本当に大丈夫ですので。」
「カクリ、ハノさんもそう言ってるんだ。気が変わらないうちにとっとと行こうぜ。」
 ここぞとばかりにテトはハノをさん付けで呼んでいた。
「大丈夫です。」
 ハノがカクリの方を見て改めて頷く。
「じゃあ、今日はご馳走になります。」
 その言葉を聞くと、ハノも満足そうに頷いた。

 もう少し見送るということで、二人はハノと共に雨宿へ向かって歩いていた。
「急に帰らせる形になってしまってすみませんでした。」
「いえ、それこそ全然気にしてませんよ。」
「まあ俺も気にしてないけどさ。でも、なんで突然。」
「ちょっと仕事の話が合ったもので。」
「え。それなのに勝手にお邪魔しちゃって、すみませんでした。」
「いえいえ、そんな。こっちからお誘いしたんですから。」
「でも……」
 思わず口ごもるカクリ。
「いやむしろ感謝してるくらいなんですよ。」
「そりゃあなんで。」
「ギルドマスターは悪い人じゃないんですが、どうにも商売となるとうるさくて。そういう話になると自分が絶対損をしないようにってすごいんですよ。」
 そこまで話すとハノは口に手を当てて、小声で続けた。
「だからここだけの話、敵も少なくなくて。今日なんかもアメイさんのところとバチバチ話し合うつもりだったみたいで、そうなるとなんていうか、息が詰まるんですよ。」
「なるほどな。まあギルドマスターやるくらいだ、あのおっさんもただものじゃないなとは思ってたが、そういうことか。」
「むしろこんなところに誘ってしまって申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、僕たちもあんなに美味しいものが食べられて幸せでした。」
「それに酒もな。」
「そうだね。」
「今度は是非、もう少し気楽にご飯でも。」
「はい是非。あでもその時は、僕たちに払わせてください。」
「えー、なんでだよ。」
「今日ご馳走してもらっただろ。」
「でもそれはあっちが勝手にやったことだろ。」
「テト!」
「いやいや、いんですよ。本当に、僕が勝手にやったことなので。」
 ハノは笑いながらそう言った。
「普通に割り勘にしましょう。ね。」
「じゃあ、はい。」
 カクリもそれで納得することにした。
「あ、見送っていただいてありがとうございました。もう大丈夫ですんで。」
「そうですか、では。僕もいい気分転換になりました。」
 ハノはそう言うと一礼して、さっきの店へと戻っていった。
「フリーパスになると、そうじゃない方がいいなって思うことが多いが、あっちもあっちで結構大変なんだな。」
「そりゃあそうよ、生きるってことは苦労することだから。」
「お、なんかいいこと言うじゃないの。」
「そりゃあどうも。」
「でもあれだな、高級レストランってのは確かに美味いが、なかなかどうして食ってる気がしないもんだな。」
「それは、否めないかもね。」
「どうだ、ちょっくらいつもの安酒でも買って部屋で飲まねえか。」
「賛成。」
 二人はいつもの飲みなれた安酒と食べなれたつまみを買い、部屋でバカ話をしながら夜を明かすのだった。

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