アリ、時々キリギリス 雨の街編 -漆-

前回まで。

 カクリとテトの二人にとっては想定外の事態となったが、これも旅の醍醐味だと割り切ることにした。
 夕食を食べ終わってから寝るまでのこの時間が、数少ない息抜きの時間であった。といっても知っての通り、辺りは一面田んぼ。これと言った娯楽もないため、部屋に戻って寝るか、ともにこの仕事に従事している者たちと語らうかくらいしかやることがなかった。
 初日の夜の様に、宴でも開かれればいいものだが、皆一日中肉体労働をした後ということもあり、そんな元気などどこにもなかった。
そのため、テトは、ご自由にどうぞ、と言われた缶ビールを手に、カクリの部屋で語らうのだった。
「まさかこんなことになるとはな。」
「そうだね。まあ驚きはしたけど、旅にアクシデントはつきものだからね。」
「まあそれはそうなんだけどな。」
 テトはそう言うとビールを疲れた体に流し込む。
「いや別に何も嫌ってわけじゃねえんだけど、ちゃんと説明してもらいたかったよな。」
「ああ、ハノさん?」
「そうそう。」
「まあね。でも確かに、こういう連絡の行き違いで何か大きな事件に発展してからじゃ遅いから、今度からは気を付けよう。」
 テトも頷いてみせた。
「しかしそれにしてもよ、この宿もそうだし、飯も酒もって太っ腹よな。」
「ああ、それね。」
「ん、何か知ってんのか?」
 カクリの態度を見てテトが尋ねる。
「いや今日一緒を作業してるときにチャンプさんに色々聞いたんだよ。」
「へえ、結構仲良くなったんだな。」
「まあずっと一緒に作業してたからね。」
「いや、俺もずっと一緒に作業してたけど、そんな風に仲良くはならなかったぞ。」
 カクリは、テトとシガが仲良さそうにしている風景を思い浮かべて、あまりのありえなさに思わず笑ってしまった。
「なんだよ。」
 少し怒った口調で尋ねるテト。
「いやなんでもないよ。」
 カクリはなんとか笑いをかみ殺した。
「別に俺はチャンプみたいに食いつかれたわけじゃねえからよ、特段悪く言うつもりもねえが、仲良くなりたいたちではねえな。」
「わかったわかった。」
「なんだよ適当な反応しやがって。」
 そう言うとテトは再びビールをあおった。
「で、何なんだよ、聞いた話ってのは。」
「ああ、うん。なんでも今のギルドマスターのミトミさんが権力を持つようになってから農家に対する待遇がよくなったらしくて、それまでは喜田恵の産業の一つでしかなかった農業を強く奨励するようになったんだって。」
「はあ、あのおっさんもなかなかのやり手だな。」
「で、それから色々制度を整えた結果、喜田恵の七七七(よろこび)は大ヒット。それからは農業に割く予算も増えて、例えば収穫時期に人員が欲しいときなんかは、その人員の人件費やら食費やらの諸々をギルド側が負担してくれることになったんだって。」
「そりゃあすげえな。そんなに儲かってんのか。」
「うん、あのグルメさんがわざわざ収穫を見に来るほどのお米だからね。」
「はあ、なるほどね。」
「まあそれだけに不正流通も一定数あるらしいけどね。」
「そういやグルメもそんなこと言ってたな。」
「そうそう。まあ有名な話らしいよ。」
「なるほどな。でも、なんであのチャンプって野郎はそんなに詳しいんだ?」
「どうやら、普通のフリーパスはそれくらいの知識は入れてから目的地を決めるらしいよ。」
「おお、マジか。」
 テトは少し面食らったようだった。
「むしろ、なんでそんなに知らないでこの仕事を引き受けたんですかって驚かれたよ。」
「ま、まあでも、それが俺たちの良いところだからな。」
 何とも言えなくなったテトは、無理してまとめてみせるのだった。

「明日も早いし、そろそろ休もうか。」
 小一時間ほど談笑をしたところでカクリはそういった。
「そうだな。言ってもまだ初日だからな。」
「途中でへばったりしないでね。」
 カクリは笑いながらそう言った。
「分かってるって。じゃあ、おやすみ。」
「おやすみ。」
 急に静かになった部屋に、外にいる虫の音色だけが響いた。

 次の日は一日目に比べて雨が強かったこともあり、一日目ほど作業は進まなかった。そのため、一日目の終わりにホトリが言っていたような、早ければ二日目にでも作業が終わるということこそなかったが、二日目ともなると普段肉体労働に従事していないさすがのテトですら仕事内容に慣れてきたのか、作業効率も上がっていた。
 これといった事件もないまま迎えた三日目のこと。この日は喜田恵では珍しい雨一つない満天の曇り空ということで、これまで以上に作業も早く進み、三日目の昼過ぎには全ての収穫が終わったのだった。

「皆さんのおかげで早くも収穫の方を終えることができました。」
 倉庫に集められた面々に向かってホトリはそう話し始めた。
「当初の予定通り作業の方は進んでおりますので、最後に明日以降の作業工程の説明だけさせていただいてもよろしいですか。」
「頼む。」
 バッド・ジョーが誰よりも早く答えた。
「ありがとうございます。それでは明日以降の簡単な作業についてです。オドリバくん、あれをお願いできるかな。」
 オドリバは、はい、と返事をすると、一度倉庫から姿を消し、少しすると数枚の紙をもって再び現れたのだった。
「こちらをどうぞ。」
 オドリバは手に持っていた紙を皆に配り始めた。
「それでは今から明日以降の作業についてお話させていただきますので、オドリバくんから配られました紙の方を見ながら聞いてください。」
 ホトリは軽く咳払いをすると話を続けた。
「明日以降はですね、まずもみの乾燥をしたいと思います。ここ喜田恵は雨の街、なんて言われてるほどに雨が多い街ですので、この三日間で収穫したもみは相当な水分を含んでおります。」
 ホトリは大量に置かれたもみの方を指差しながら続ける。
「もちろん、一日目に収穫したもみたちは今日収穫したものよりも乾燥しているとは思いますが、何分湿気の多い場所ですので、明日以降、あちらにあります機械を使って乾燥させていきたいと思います。」
 ホトリは後ろの方にある大きな機械を指差してそういった。
「おお、あれはデカいな。」
「そうだね。」
 二人は思わず見とれてしまった。
「おそらくその作業自体は明日一日で終わると思いますので、明後日以降は脱穀や籾摺り、そして選別の方に取り掛かっていただきたいと思います。」
「わかった。」
 やはりここでも一番に返事をするのはバッド・ジョーだ。
「何かご質問はありますか?」
 するとテトがスッと手をあげた。
「はい、テトさん。」
「明日以降、乾燥だなんだの作業をするって言ってたが、てことは全て室内でやるってことでいいのか?」
「はい、その通りです。」
 テトは小さめにガッツポーズをした。
「これで雨ともおさらばだ。」
「おさらばってそんな。」
 カクリは笑った。
「他にご質問はございますか?」
「すみません、いいですか。」
 次に手をあげたのはグルメだった。
「はい、久留米……あ、グルメさん。」
「ありがとうございます。」
 グルメは少し照れ臭そうに笑った。
「あの、こんなことを聞くのもあれかもしれないんですが、七七七(よろこび)を試食させていただくことはできますでしょうか。」
「はい、もちろん。」
 ホトリは嬉しそうな表情を浮かべて答えた。
「最終日には是非皆さんにふるまわせていただこうと思っておりますので、今から楽しみにしていてください。」
 そばにいたユリネもにこっと微笑んだ。
「他には何かございますか?」
 ホトリは皆の方を見回した。
「はい、それでは詳しい機械の説明はまた明日以降、作業前に説明させていただきますので、今日は皆さんおやすみください。」
 ホトリがペコっと一礼をすると、皆まちまちに宿に戻っていった。
「いやあ、七七七(よろこび)も食べれるってのは楽しみだな。」
 テトがそう切り出した。
「え、テトもそういうのに興味あったっけ?」
「そりゃああんだけ苦労して収穫したんだぜ?食べてみたくもなるさ。」
「まあ確かにね。」
「あの……」
 そう話しかけてきたのはグルメだった。
「あ、グルメさん。」
「すみません、急に。」
「いえいえ、どうされましたか。」
「いや七七七(よろこび)の話をされてたのでつい。」
 グルメはさっきと同じように照れ臭そうに言った。
「グルメさん、さっきの質問ナイスだったぜ。」
「ありがとうございます。」
「僕も名前しか聞いたことなかったので、楽しみです。」
「本当、美味しいんで、楽しみにしててください。」
「いや農家の人じゃないんだから。」
 テトがそうツッコむと、
「ああ、すいません……」
 あたふたとするグルメ。
「いや怒ってないから。」
 テトは笑いながら言った。
「ああ、よかったです。」
「ほらー、テトは口調が優しくないから怖い人だって思われちゃうんだよ。」
「そんなことないだろ。」
「えー?ですよね、グルメさん。」
「いや、それはなんとも……」
「それこそ何とも言えないだろ。」
 テトの言葉にグルメが笑った。
「まあ何はともあれ、あと数日頑張ろうや。」

 作業が昼過ぎに終わったこともあり、いつもより早めの夕食を終えると、まだ時間が早いこともあり、初日以来の宴会が開かれた。
「いやあ、これで雨風の中での作業は終わりだな。」
「またそんなこと言って、テトは。」
「いやあ馬車の中で話とか聞いてた感じ、テトくんがちゃんと仕事できるか心配だったけど、なんとかなったね。」
 チャンプも笑いながらそう言った。
「テトさん、また演奏してくれませんか?」
 酒も回ってきたところで、グルメがそう切り出した。
「おいおい、俺の演奏は高いんだぜ。」
 テトはもったいぶってそういった。
「やっぱり、そういうもんなんですか。」
 グルメは少し残念そうな顔をした。
「いいじゃん、ちょっとくらいさ。」
 そういったのはカクリだった。
「んー、よしやるか。」
「やったー!」
「待ってました。」
「じゃあちょっくらギター取ってくるわ。」
 そう言って部屋を出かけたテトはもう一度みんなの方を向いた。
「シガ。」
 部屋の隅の方で椅子に座っていたシガがジロッとテトの方を見る。部屋の空気がピンと張りつめる。
「今日は聞いてろよ。」
 それだけ言うとテトはギターを取りに行った。
誰も喋れない空間。カクリがシガの方を恐る恐る見ると、シガは動こうとはせずにただ椅子に座りながら空を見つめていた。

「さあ、始めるか。」
 ギターを弾きならしながら部屋に入ってきたテトはそう言い放った。
「いえーい!」
 誰となく上がる歓声。
「そしたら僕も頑張ろうかな。」
 先ほどまで座っていたノロンもスッと立ち上がった。
「やっぱりいいですねえ。」
 目の前で繰り広げられる二人のパフォーマンスにうっとりとした表情を浮かべるグルメたち。
 カクリがふと周りに目をやると、初日の夜とは違い、バッド・ジョーも穏やかな表情を浮かべ、時折手拍子をしていた。
「あの、バッド・ジョーさんが手拍子してますよ。」
 小声でチャンプに話しかけるカクリ。
「ホントだ。まあ真っ先に返事なんかもしてたし、案外いい人なのかもね。」
 こっそりとバッド・ジョーの様子を確認してからチャンプはそう答えた。
「それに、シガさんも。」
 シガも、バッド・ジョーの様に楽しんでいる様子は見受けられなかったが、時折二人のパフォーマンスを見ては、いつもより少し柔らかい表情で酒を口に運ぶのだった。
「なんだよ、あいつも可愛いとこあんじゃんか。」
「それ、本人に直接言わないでくださいよ?」
「分かってるって。」
 チャンプは笑いながら答える。
「こういうの見てるとさ、あいつら輝いてるな、って思うんだよな。」
「分かります。」
「いいよなあ、デカい夢があって。」
 チャンプはしみじみとそう呟いた。
「カクリくんもなんかあんのかい?」
「まあ、一応。」
「いいねえ。聞かせてよ。」
「ああ、僕は、本を書きたいなって。」
「本?どんな本だい?」
「アリ型亜人が世界中を旅するっていう、ノンフィクションです。」
「なるほど、そりゃあ面白そうだ。」
「ありがとうございます。」
「じゃああれだな、今のうちに未来のスターと、未来の大先生にサイン貰っておかないとな。」
「そんな、やめてくださいよ恥ずかしい。」
 カクリは照れ臭そうに笑った。
「いやあ、でも本当にいいことだよ。二人の名前がどこにいても聞けることを、楽しみに待ってるよ。」
「ありがとうございます。」
 チャンプの少し遠くを見るような表情を見ると、さすがにカクリの方からチャンプについて深く尋ねることはできなかった。
「なあ、せっかくだ。僕たちも入れてもらおうじゃないか。」
「え、僕たちもですか?でも踊りなんて全然できないですし。」
「うまくなくてもいいんだよー!」
 二人の会話が聞こえたのか、ノロンは先ほどと同じように踊りながら器用にそういった。
「うまく踊ろうなんて考えないで、感じるままに体を動かすんだ。」
 ノロンの踊りは激しさを増す。
「ほら、行くぞ。グルメくんも。」
「ぼ、僕もですか?」
「三人とも、カモーン!」
 三人はノロンに誘われるまま、各々不格好に踊り始めた。
「おいおい、まだ恥じらいがあるぞ。いいか、ダンスってのは技術じゃない。魂だ!」
 ノロンは自分の胸を強くたたいた。
 三人まで踊りに参加してしまったことで、バッド・ジョーは先ほどまではまばらにしていた拍手を、しっかりと奏で始めた。
「いいねいいね、盛り上がってきたじゃない。」
 いつも通りの演奏を披露しながら、嬉しそうに話すテト。
「シガ、あんたも手拍子くらいしてくれよ。」
 テトの思わぬ提案に、みんなの視線がシガの方に移る。
 少しの間、こっちを睨んでいたシガだったが、みんなの視線が自分から離れないことで諦めたのだろう。バッド・ジョーの手拍子に紛れて、少しだけ手拍子を始めた。
「やっぱりな。あんた音楽のセンスあるじゃん。」
 シガの手拍子を聞いてテトがそうこぼすと、シガは鼻で笑って見せたが、それは決して嫌なわけではないようだった。
「さあ、まだまだ行くぜー!」
 結局、この宴は夜中になっても終わることはなかった。

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