アリ、時々キリギリス 雨の街編 -陸-

前回まで。


 農家の朝は早いという話を聞くが、次の日、皆が食卓を囲んだのは、日が出てすぐのことだった。
「テト、おはよう。」
 カクリは眠い目をこすりながらテトに声をかけた。
「ん……」
 普段これほどまでに早起きをすることなどないテトは、昨夜の長時間の移動と、夕食後の演奏もあったのだろう、ほとんど声にならない声で反応した。
「皆様、おはようございます。朝食が終わりましたら、本日から作業のほど、よろしくお願い致します。」
 ホトリは深々と挨拶をした。
 目の前には昨夜同様、立派な料理が並んでいたが、朝早いこともあり、なかなか見な手を付けなかった。しかしそんな中でも黙々と食べ続けるバッド・ジョー。そんなバッド・ジョーの様子を見てか、手を付け始める面々。
 気づけばあっという間に、机の上から料理がなくなっていた。
 朝食が終わると、各々準備をするため部屋に戻るのだった。

 カクリが部屋で着替えているとノックの音が。
「入っていいか。」
「うん、どうぞ。」
 扉が開くと、そこには雨が強くなっても作業できるようにと準備された雨具を身にまとったテトが立っていた。
「とりあえず着てみたんだが、これでいいのか。」
「うん、いいと思うよ。」
「しかし、暑苦しいな。」
 テトは深いそうな表情を浮かべる。
「仕方ないだろ、ここじゃ雨が降らない方が珍しいんだし。」
「まあそうだけど……そういや、カクリは普段作業してるときもこんなの着てるのか。」
「もちろん。でもこっちの方が新しいし、体が動かしやすい気がするな。」
 喜田恵に来てからというもの、普段からダム修繕の仕事をしているカクリからすれば慣れた服装だったが、そういった仕事をしていないテトにはやはり受け入れがたいようだった。
「この次は晴れてる街に行こうぜ。」
「分かったよ。次はそうしよう。」

準備が終わると二人も宿の入り口に向かい、ホトリたちを待った。
少しするとホトリたちがやってきて、皆に一枚ずつ紙っぺらを渡した。
「それではこちらをご覧ください。」
 皆に紙がいきわたったのを確認すると、ホトリが説明を始めた。
「こちらに描かれているのが私たちの農地になります。これから一週間かけて皆様に収穫などの作業をしていただきます。」
「これ、もしかして相当広いんじゃないか。」
 テトが耳打ちをする。
「そうだね。」
 カクリも少し驚きながら答える。
「まずはじめは収穫作業になります。コンバインが二台しかない都合上、私たちの方で収穫をさせていただきますので、皆様には稲の回収や運搬をお願いします。」
「わかった。」
 バッド・ジョーが唸るような声で返事をした。
「それでは早速二組に分かれていただいてもよろしいですか。」
 七人は、昨日ここまで来るのに揺られた馬車のときと同じ組み合わせで別れた。
「それでは三人の方は私についてきてください。」
 ユリネはそう言うとつかつかと歩き出し、バッド・ジョー、グルメ、ノロンの三人もそれに続いた。
「では、残りの四人の方は私についてきてください。」
 続いてカクリたちも、ホトリについていくのだった。
 歩き始めてすぐに、辺り一面に田園風景が広がった。
「ここを全部やるのか。」
 テトは思わずこぼしてしまった。
「これでもまだ一部なんですよ。」
 少し先を歩くホトリが少し照れ臭そうに答えた。
「こりゃあ相当重労働だな。」
 テトは、やれやれと言った表情でつぶやいた。
 大きなコンバインの目の前まで行くと、ホトリは四人に説明を始めた。
「それでは私がこちらのコンバインで収穫します。ある程度のところで機械を止めますので、そうしましたら収穫した稲を運んでいただくよう、お願いします。」
「分かりました。」
 カクリがそう答え、他の三人も納得した様子を確認すると、ホトリはスススっと大きなコンバインに乗車し、エンジンをかけた。
「それではまずはいったん収穫しますので、少々お待ちください。」
 コンバインがゆっくりと動き始める。コンバインが通った後は先ほどまであった大きな稲が一切なくなり、すっかり物寂しくなったようにも思えた。

 ある程度のところまで収穫をすると、ホトリがコンバインを止める。
 ホトリはコンバインから降りると、稲の束の方を指差した。
「それではまずはこちらをまとめて頂いてもよろしいですか。」
「分かりました。」
 カクリたちはホトリから手ほどきを受けながら、稲を束ね始めた。
「ちなみにこの束ねたのってどうするんですか。」
 チャンプが尋ねる。
「束ね終わりましたら、あちらの建物まで運んでいただいてもよろしいですか。」
 ホトリが手を向けた方角には、大きな建物が建っていた。
 昨日の夕方にここに着いたときには、既に日が傾きかけていて暗かったこともあり、目の前の宿にしか目がいかなかったが、カクリたちが寝泊まりした建物の後ろの方は木が鬱蒼と茂っており、ホトリが指差した建物はその木々の中に建っていた。
「あの大きな建物ですか。」
「はい。あちらがうちの倉庫になってまして、あちらの方には脱穀機なんかも置かれてるんですよ。」
「ああ、なるほど。」
「でも、結構遠くないか。」
 みんなが思っていた疑問をテトが投げかけた。
「ああ、すみません。すっかり忘れていました。」
 ホトリは額を叩くという分かりやすい方法で、うっかりしたことを伝えた。
「今日は初めてだったので、ここまで歩いてご案内させていただいたんですが、一応あちらの建物の中に運搬車がございます。」
「ああ、そういうことか。」
「一応事前にいただいていた情報だと、チャンプさんは運転資格を有してるとのことでしたが、お間違いないですか。」
「はい。運転資格はありますよ。」
「よかった。それでしたら、私は引き続きこちらの方で収穫作業を行いますので、運転はチャンプさんにお願いしまして、カクリさん、テトさん、シガさんには稲を束ねて頂いたり、運搬車に同乗していただいて、あちらで降ろしていただいたり、そういったことをお願いできればと思います。」
 四人は納得した表情を浮かべた。
「もう一つ伺ってもよろしいですか。」
「はい、もちろん。」
「あの倉庫で稲を降ろすということだったんですが、降ろした後はどうしたらよろしいんですか。どう重ねればいいと言いますか……」
 カクリが尋ねる。
「あちらの倉庫にうちのスタッフの躍場(オドリバ)くんがいますので、彼の指示に従っていただいてもよろしいですか。」
「分かりました。」
「すみません。おっちょこちょいなものでついつい説明を忘れてしまって。」
「大丈夫ですよ。」
 チャンプは親指を立て、決め顔で言った。
「またわからないことがありましたら、その都度お尋ねください。」
「はい。」
「じゃあ僕はとりあえず、運搬車を取ってきますね。」
 そう言うとチャンプは倉庫の方に向かって走っていった。
「じゃあ僕たちはとりあえずこっちをやろうか。」
 カクリたち三人は、先程の作業に戻るのだった。

 少しすると、こちらに近づいてくるエンジン音が聞こえてきた。
「お待たせー。」
「チャンプさん。」
 チャンプはエンジンを止めると、運搬車を降り、三人に近づいてきた。
「じゃあ積もうか。」
「そうですね。」
 ひとしきり束ねた稲を積み終わると、誰があっちで荷下ろしをするかの話になった。
「僕は運転するから行くとして、あと一人はどうしようか。」
「俺はパスだ。こんなの短時間に何度も運んでたら体がもたん。」
 テトは真っ先に辞退した。
「俺も犬っころと二人きりなのはごめんだ。」
 シガも明後日の方を向きながらそう続けた。
「なに?」
 シガに詰め寄るチャンプ。鼻で笑いながらチャンプを見るシガ。
「まあまあ、喧嘩しないでください。」
 カクリが間に割って入る。
「自分は普段も肉体労働してますんで、一緒に行きます。」
「じゃあ、頼むよ。」
 チャンプはまだ犬歯を見せつけた状態で、そういった。
「頑張って来いよ、カクリ。」
 テトはポンとカクリの背中を叩いた。
「テトも頑張るんだからな。」
 それだけ言うとカクリは運搬車に乗り、チャンプ運転の下、倉庫へと向かった。

 森の中の倉庫というだけで、カクリは勝手に暗い場所を想像していたが、脱穀作業などもする倉庫がそんなに古びてるわけもなく、煌々と明かりの灯った倉庫だった。
「すみません、さっき運搬車を借りに来た者です。」
 チャンプがそう声をかけると、奥からカエル型亜人が一人出てきた。
「ああ、さっきの。隣は。」
「同じチームの……」
「カクリです。よろしくお願いします。」
「丁寧にどうも。自分は躍場 翠々(オドリバ スイスイ)です。」
 オドリバは一礼した。
「オドリバさん、とお呼びすればよろしいですか。」
「ええ。よろしくお願いします。」
「それで、稲の束を持ってきたんですけれど。」
「ああ。そうしましたら、あそこの、壁に1と書かれた場所に積んでいただいてもよろしいですか。」
 指定された場所に行くと、壁には大きく1と書かれており、また床一面にブルーシートが広げられていた。
「とりあえず降ろそうか。」
「そうですね。」
 カクリはチャンプと一緒に、ひたすら稲の束を降ろし続けた。
 そんな作業を続けていると、こちらに近づいてくるエンジン音が聞こえてきた。
「バッド・ジョーさんたちですかね。」
「ああ、多分そうだね。」
「すみませんー。」
 その声と共に倉庫に入ってきたのは、ノロンだった。
「あ、ノロンさんだ。」
「ああ、カクリくんに、チャンプくん。」
「どうも。」
「そこに積めばいいのかな。」
「ああ、一応オドリバさんに聞いた方がいいかもしれません。」
「それはそうだね。ちょっと聞いてくるよ。」
 ノロンはそのまま倉庫の奥へと入っていった。
「昨日の夜もそうでしたけど、本当愉快な方でしたよね。」
「そうだね。あのなりであれだけ踊れるのは、本当大したもんだよ。」
 チャンプも同意した。
「まあでも油断は禁物だよ。」
 チャンプは急に声色を低くした。
「あの愉快そうなノロンさんだって、何かと突っかかってくるシガだって、何を考えてるかわからないバッド・ジョーさんだって、みんなフリーパスなんだ。どんな過去を持ってるかわかったもんじゃない。」
 カクリはなんと返事をしていいものか迷った。
「もちろんカクリくんにテトくん、それに僕って例外じゃない。まあ、君たち二人に限ってやましいことはないと思うけど。」
 チャンプは犬歯を見せながら笑顔でそう言った。
「おーい、二人とも。」
 エンジン音と共にノロンがカクリたちに呼びかける声が聞こえてきた。
「ああ。」
 さっきまでの会話もあってか、カクリは中途半端な受け答えをした。
「どうした、元気がないみたいだけど。」
「いえ、特に……」
「重いの運んでるから、疲れちゃったんじゃないですか。」
 その空気を察して、チャンプがすかさずフォローする。その様子を見て、何やら怪訝そうな表情を浮かべるノロン。
「……結構疲れるよな。」
「ホントっすよ!」
 チャンプとノロンは笑い合った。
「まあ、休み休みにやればいいさ。」
 ノロンはそう言うと、カクリの背中に少し強くたたいた。
「ありがとうございます。」
「僕もここに積むよう言われたから、一緒に頑張ろう。」
「はい。」
「そういえば、そっちのチームはノロンさんが運転されたんですね。」
「うん。グルメくんは収穫が見たいって言ってたし、僕かバッド・ジョーさんのどっちかになって、バッド・ジョーさん何にも言わないから、僕が引き受けたんだよ。」
「なるほど。」
「いいよな、そっちは。四人いるから二人二人でできて。」
「四人いるって言っても……あのシガって野郎、しょっちゅう僕に喧嘩売ってくるんですよ。そっちのチームにあげたいくらいです。」
「チャンプさん。」
 普段テトを戒めている時と同じ声量で、チャンプの名前を呼んだ。
「すまん。」
「ははは、なんだかんだうまくやってるんじゃないか。」
 ノロンは豪快に笑った。
「どうだい、作業は進んでるかい。」
 ノロンの笑い声が大きかったからだろうか、オドリバが顔を出した。
「はい、大丈夫です。」
「うん、それなら結構。この後もよろしく頼むね。」
「「「はい。」」」
 三人はそろって返事をした。

 三往復ほどしたころだろうか、ちょうどカクリたちが戻ったタイミングでホトリはコンバインを止め、皆に声をかけた。
「ここら辺でお昼休憩にしましょうか。」
「おお、ちょうど腹が減ってきたんだ。」
 テトは嬉しそうに答えた。
「ここは雨が降ってますんで、一旦宿の方に戻りましょう。」
 カクリたちはホトリの後ろを歩きながら、朝来た道を引き返した。宿に着くと、既にノロンたちのチームもついており、宿の裏手にある屋根付きのベランダで、おにぎりなどを頬張るのだった。
「皆さん、午前中はありがとうございました。こういった仕事は日が暮れるまでが勝負ですので、午後もよろしくお願いします。」
 昼食の後で各々持ち場に戻り、作業を続けたが、特に事件などはなく、皆淡々と労働に従事するのだった。

「一日目、お疲れ様でした。」
 その夜、ホトリの掛け声とともに、皆乾杯をした。
「はあ、久しくこういうことはしてなかったから体に来たぜ。」
 早くもジョッキを飲み干すと、くうー、という声をあげながらテトが言った。
「カクリは毎日こういうことしてるんだろ。」「まあ、そうだね。」
「いつもこれくらい大変なのか。」
「いや、今日はどちらかと言ったら楽な方だったよ。」
「おいおい、嘘だろ……」
 テトは分かりやすく落ち込んだ顔をして見せた。
「やっぱり俺は音楽で食っていくのがあってるようだ。」
「まあ、たまいはいいんじゃない。」
 カクリは疲れた表情を浮かべるテトを見て笑った。
「皆さんのお仕事のおかげで、明後日か、早ければ明日にでも収穫の方が終わりそうです。」
 ホトリが食卓を囲む全員に向かっていった。
「ほお。そしたら予定より早く帰れそうだな。」
 テトが嬉しそうにつぶやいた。
「あれ、えっと……」
 ホトリが怪訝そうな表情を浮かべる。
「二人は収穫だけの予定で来たのかい?」
 チャンプがそう尋ねた。
「一応、そういう風に伺ってたんですが。」
「ああ、そうでしたか。」
 ホトリが驚いたような表情でつぶやいた。
「ああ、それでか。出掛けに僕たちを見送ってくれたカエル型亜人を覚えてるかい。」
 チャンプはハノのことを言っているようだった。
「ああ、ハノさんですか。」
「そうそう。彼が仕事の説明をするときに、なんでか収穫の話ししかしないからおかしいなと思って、話を聞いたんだよ。」
 そういえば馬車に乗る直前、チャンプがハノに色々話しかけていたのをカクリは思い出した。
「それ以外の作業もお願いしてますよ、とは言ってたけど、それで誤解は生じてたのか。」
 チャンプは納得いったという表情を浮かべた。
「そうしましたら、お二人はどうなさいますか。」
 ホトリは申し訳なさそうに尋ねた。
「もし途中でお帰り頂く場合は、歩いてお戻りいただくか、行きの馬車を呼んでもいいんですが、そちらを呼ばれますと個人負担になってしまうんですが……」
 カクリはミトミに乗せられて口約束だけでこの仕事に来たことを後悔した。
「でももし最後までやって頂けるようでしたら、こちらとしてはその予定でしたので、今まで通り、他の皆様と同じようにさせていただきますが。」
 周りのみんなが注目をする。もちろん、二人には残された選択肢などなかった。
「「よろしくお願いします。」」
 二人はそろって深々と頭を下げた。

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