アリ、時々キリギリス 雨の街編 -伍-


前回まで。


 集合場所の街の入り口に向かうと、そこにはすでに何人かの亜人がいた。
「ここでいいんだよな。」
「多分ね。」
 カクリは辺りを見回す。
「他にも何人かいるって言ってたから、多分みんなそうなんだよ。」
「なるほどな。色んなやつがいるもんだ。」
「そうだね。後で自己紹介しないと。」
「随分丁寧なこった。どんな奴らかわかったもんじゃないぞ。」
「僕たちだってフリーパスなんだよ。周りだって僕たちを見てそう思ってるさ。」
「はいはい。まあ俺は美味い飯といい寝床さえあればなんでもいいんだけどな。」
「女の子はいないけどね。」
 男ばかりなのを確認したカクリは皮肉交じりにそう言った。
「それは、帰ってきてからのお楽しみだな。」
 それから間もなくすると、けたたましい音を立てて、街に二台の馬車が入ってきた。そして二台の馬車はカクリたちの近くにやってくると、急ブレーキをかけて止まった。
「これに乗れってことか。」
「多分。でも、何にも聞いてないけど。」
「すみませんー!」
 どうすべきかお互い牽制していたカクリたちは、一斉に声のする方を見た。
「あ、ハノさん。」
 雨が降りしきる中、ずぶ濡れになりながら駆けてくるハノを見て、カクリは声をかけた。
「カクリさん。おはようございます。テトさんも。」
「おはようございます。」
「どうも。」
「ああ、そして皆さん。遅れてしまって申し訳ありませんでした。」
 ハノはみんなの方に顔を向けるとまずは謝罪の言葉を述べた。
「皆さんには私たちの方で準備をしました、こちらの馬戸交通(ウマトコウツウ)さんの馬車で収穫場所まで移動してもらいます。」
 おそらく御者らしき二人のウマ型亜人がカクリたちに向かって一礼した。
「皆さんにはこれから一週間、収穫作業をしていただきます。他にも収穫作業をしていらっしゃる方がいますが、基本的にはここに集まっていただいた七名の方で一つの班、チームと考えていただければと。」
「チームってのはどういうことだ?」
 怖そうな顔をしたオオカミ型亜人がそう尋ねる。
「大したことではありません。みなさんであちらの方の指示の下、作業をしていただいて、みなさんで同じ宿で過ごしていただきます。」
「つまり衣食住を共にするってことですね。」
 小柄なイヌ型亜人が尋ねる。
「そういうことになります。」
「ハノさん、それはつまり、ここにいるみんなで青春しろってことか。」
「青春、ですか。」
 ハノは頭の上に大きな?を浮かべた。
「すみません、気にしないでください。」
「とりあえずの概要はそんな感じです。他に何か質問はございますか?」
 先ほどのイヌ型亜人が何やら尋ねていたようだったが、そんなことなど構わずテトはカクリに話しかけた。
「なあ、美味い飯にいい寝床はどうした。」
「寝床はまああれかもだけど、でもご飯は美味しいって聞いたよ。」
「健康志向のヒロノさんの飯の方が美味いなんてことないよな。」
「それは分からないけど。」
「なんかなんも期待できなくなったぜ。」
「仕方ないだろ、そもそも旅行に行くんじゃないんだ。仕事に行くんだから。」
「分かってるって。」
「それではそろそろよろしいでしょうか。」
 ひとしきり質問が終わったのだろう。カクリは全然聞くことができなかったが、既に馬車に乗り込む時間になっていた。
 カクリとテトは先ほどのイヌ型亜人とオオカミ型亜人と同じ馬車に乗った。

「馬戸交通って確かあれだよな。」
 馬車が走り始めて少し経つと、テトはカクリに話しかけた。
「うん、舞馬亭とかをやってる厩戸ホールディング系列の運搬・運送会社だよ。」
「結構なところが迎えに来るこった。」
「それだけ大事な作業なんだよ。」
「それなら宿やら飯やらにお金かけてほしかったけどな。」
「まだ言ってる。もしかしたらすごいいい場所かもしれないだろ。」
 カクリは少し呆れた口調で答えた。
「まあでも、それはなさそうな気がするけどね。」
 そう答えたのは先ほど熱心に質問をしていたイヌ型亜人だった。
「ああ、突然ごめんね。」
 驚いた様子の二人を見て、謝るイヌ型亜人。
「僕はチャンプ。イヌ型亜人なんだ。」
「ああ、どうも。僕はアリ型亜人のカクリです。それでこっちが……」
「キリギリス型亜人のテトだ。よろしく。」
「カクリとテトね。よろしく。」
 チャンプはきらりと輝く犬歯を見せながらはにかんだ。
「で、それはなさそうというのは。」
「ああ、ごめんごめん。まあ結局、田園地帯の近くにある収穫期専用の宿だろうからね。」
「なるほどですね。」
「まあでもご飯は期待できると思うよ。ビーグル型亜人の勘だけどね。」
 チャンプは鼻をひくつかせながら言った。
「ふ、これだから犬っころは。」
 そう呟いたのは、馬車が走り始めてすぐに寝始めたはずのオオカミ型亜人だった。
「なんだ、起きてたんだね。」
 オオカミ型亜人の男は鼻で笑う。
「なんだよ、言いたいことがあるなら言いなよ。」
「ビーグル型亜人ねえ。別にイヌ型亜人で十分だろうに、お前ら犬っころはそうやって聞いてもいないのにしっかりと言いやがるんだ。」
 オオカミ型亜人は吐き捨てるようにそう言った。
「いいだろ別に。あんただって広く見たらイヌ型亜人なんだし。」
「だから気に食わねえんだ。てめえらみたいなやつらのせいで、俺までしっぽ振って喜ぶバカだと思われるんだよ。」
「なんだ、嫉妬じゃないか。」
「なんだって?」
 オオカミ型亜人は座席を強めに叩き詰め寄ろうとする。
「まあまあ、落ち着いてください。」
 二人の間に割って入ろうとするカクリ。目的地まではまだまだ長いというのに、張り詰めた空気に覆われた。
「俺、テトって言うんだ。」
 この嫌な空気を払拭しようと思ったのだろうか、テトはオオカミ型亜人に向かって、改めて自己紹介をした。
「さっき聞いたよ。」
 不機嫌そうに反応するオオカミ型亜人。
「あんたの名前は?」
「この空気でよく聞けたな。」
 そのやり取りを見て生唾を飲むカクリ。
「あんたがどう思おうと勝手だが、俺たちはこれから一週間、衣食住を共にしなきゃいけねえ。そしたら呼び名くらい知ってても損ないだろ。」
 オオカミ型亜人は、また鼻で笑った。
「シガだ。」
「シガか、よろしくな。」
 シガは一瞥するとまた頭を下に向け、眠り始めた。やはり重い空気は変わらない。
「なあ、一曲奏でてもいいか。」
「テト。」
「大丈夫。」
 テトはカクリにしか聞こえない声でそう言う。
「どうだい、チャンプさん。」
「僕は、構わないよ。」
「シガさん、あんたは?」
 シガは本当に眠っているのか、寝たふりなのかはわからないが、沈黙を貫く。
「まあ嫌だったら言ってくれ。じゃあ、行くぜ。」
 すると、テトは自分の荷物の中から丁寧にヴァイオリンを取り出し、静かに奏で始めた。
 ゆったりとした曲調ながらしっかりと一本筋の通ったテトの演奏は、不思議と先程までの嫌な空気を薄めていくように感じた。
「彼、素敵な演奏をするね。」
 演奏に浸るテトを見ながら、チャンプはカクリにそう話しかけた。
「ええ。彼はこれで食べてるんです。」
「へえ、そうかい。そりゃあたいしたもんだ。」
 ふとカクリがシガの方を見ると、口元に笑みを浮かべているように見えたのだった。

 何度かの休憩を挟みつつ、夕方過ぎになって着いた場所は、一面広大な田んぼに覆われた水田地帯だった。
「ようこそ。こんな遠いところまで足を運んでいただいて、ありがとうございます。」
 そう言いながらカクリたちを出迎えてくれたのは、老齢のカタツムリ型亜人の夫婦だった。
「私、このあたり一帯の田んぼをやっております、葉枕 上(ハマクラ ホトリ)と言います。」
「同じく、ホトリの妻の百合根(ユリネ)と申します。よろしくお願いします。」
 二人はそう自己紹介をすると丁寧にお辞儀をした。
 それに答えるようにテトたちも挨拶をした。
 そしてもう一台の馬車に乗っていた三人も、自己紹介をする。
「バッド・ジョー。よろしく。」
 シガよりもさらに迫力があろうライオン型亜人の男がまずは自己紹介をした。
「おい、めちゃくちゃ怖いな。」
 テトが小声でつぶやく。
「静かに。」
 それを制するカクリ。
「何でもものすごいヤバい過去があるらしいよ。」
 チャンプもその会話に入ってくる。
「やっぱりな。」
 テトはバッド・ジョーを上から下まで嘗め回すように見てからそういった。
「自分はブタ型亜人の久留米 巡(クルメ ジュン)と言います。全国各地の食べ物を食すのが好きで、本も書いてるんです。」
 本も書いている、その言葉を聞いて俄然興味を示すカクリ。
「今回は喜田恵の七七七の収穫が手伝えるということで、よろしくお願いします。あ、僕のことは皆さん気軽に、グルメとお呼びください。」
 そう言うとグルメはカクリたちにもぺこりと挨拶をした。
「グルメって、聞いたことあるぞ。有名な奴じゃねえか。」
 どこかで聞いたことがある名前だけあって、テトも少しばかりテンションが上がったようだった。
「それに本も出してるとなりゃ、なんか参考になるかもしれないぞ。」
 テトはカクリに耳打ちをする。
「うん。」
 カクリも珍しく素直に答えた。
「最後は僕だね。僕はダンスをこよなく愛するノロンだ。よろしく!」
 そう言うとカバ型亜人のノロンはふくよかな見た目からは想像もできないような軽やかなステップを踊って見せた。
「おおお。」
 カクリはその軽やかなステップに思わず拍手をした。
「どうもありがとう!」
 カクリに決め顔をするノロン。
「ちなみに、さっき休憩中にそちらの馬車から軽快な音楽が聞こえてきたような気がしたんだが、気のせいかな。」
「あ、それは……」
「このキリギリスだ。」
 そう答えたのはまさかのシガだった。
「なんだ、その目。」
 カクリたちからの目線を感じたのか、睨んで見せるシガ。
「いや、別に……」
「ああ、そうか。確かテトくんと言ったね。君が奏でていたのか。」
「ああ、まあな。」
「今夜是非、演奏してくれないか。僕に、踊らせてくれ。」
 ノロンは軽快に腰を振る。
「ああ、わかったよ。」
「それではそろそろ、皆さんにお泊まりいただく場所をご案内してもよろしいですか。」
 何人かが返事をし、カクリたちはホトリたちの後についていく。
「やっぱり起きてたんだね。」
「まあ、音楽は全員共通の言語ってことだ。」

「皆さんに一週間泊まっていただくのがこちらになります。」
 ホトリたちが案内をしてくれた先にあったのは、大きなログハウスのような場所だった。
「おお、なかなか立派そうだな。」
 テトがそう呟く。
「こちら、田植え、収穫時期以外はコテージのような貸し出しもしておりまして、なかなかに人気の場所となっております。十部屋は個室がありますので、皆さん一人一室ご利用いただけます。」
「十分過ぎるくらいだよ。」
 カクリも思わずそう言った。
「明日の朝より一週間、皆さまには作業の方をお願いします。朝晩はこちらで料理の方をふるまわせていただきまして、昼ご飯の方はあちらでお弁当を食べていただく形となります。」
「ちゃんとご飯までついて、それで爺さんたちやっていけるのか。」
「確かにね。」
「大丈夫だよ、それほど喜田恵の米、特に七七七は評価されてるからね。」
 我が物顔でそう教えてくれたのは、先程自己紹介をしていたグルメだった。
「おお、グルメさんじゃんか。よく見させてもらってるぜ。」
 テトは少しテンション高めに行った。カクリはテトと旅をするようになってそれなりに長かったが、ボッカにグルメと、テトが立て続けに男性を相手に興奮している様子が非常に珍しく、また微笑ましくも思えた。
「それはどうもありがとう。まあでもそれゆえに、不正流通とかもあるみたいだけどね。」
「そうなんですか?」
「まあこれはあくまで噂だけどね。」
 グルメはそれだけ言うと、二人の元を離れた。
「フリーパスの中にはもともと手癖の悪い奴らも少なくないからな。まあある程度は覚悟した上で雇ってるんだろうよ。」
「うん。なんか世知辛いね。」
「まあこればかりは仕方ねえよ。」
 二人はそんなやり取りをしながら宿に入るのだった。

「一応こちらの方でなんとなくではありますがお部屋を決めさせていただいたんですが、そちらでもよろしいですか。」
「構わん。」
 バッド・ジョーが誰よりも早くそう言うと、他のみんなも同意せざるを得なかった。
「まずはご夕食の準備をさせていただきますので、それまでお部屋の方でおくつろぎくださいませ。」
 部屋表を確認すると、カクリは隣同士になったテトと連れ立って部屋に向かった。
 部屋の中も決して新しいとは言い難かったが、やはり普段は宿泊施設として利用しているだけあって掃除の行き届いた綺麗な部屋だった。
「いよいよ明日からだな。」
 荷物を整理していたカクリの元にテトがやってきてそう言った。
「そうだね。」
「一緒に着といてなんだが、俺はそんなに体力が続くか心配だよ。」
「大丈夫、いざとなったらテトには演奏があるし。」
「演奏したところでよ。」
「大丈夫だって。シガさんだって認めたんだぜ。」
「はは、ありがとよ。」
 それから二人して荷ほどきしながら話していると、食事ができたという声がした。
「よし、行こうか。」

 食堂らしき部屋に向かうと、そこにはとても豪華できらびやかな食事が並んでいた。
「では、どうぞお食べください。」
 それぞれがいただきますの声と共に食べ始めたが、並べられた料理はどれも絶品だった。
「こりゃあ美味い。」
「うん、本当だね。」
「これ全部、奥さんが作ったのか。」
「ええ。」
 ユリネはにこやかに答えた。
「あんた天才だよ。」
「それはどうも。」
 ユリネは少し照れた表情を浮かべた。
「この前、ハノさんが連れてってくれた店もうまかったが、緊張で何食ってるかわかんなかったからな。」
「そうだったね。」
 カクリは笑った。
「いやあ、これが毎日食えるかと思ったら、頑張れそうだよ。」
「うん。」
 皆も自然と笑顔を浮かべながら、食事の時間は進んでいった。

 ご飯をたらふく食べ、共有スペースで休んでいたカクリたちに話しかけてきたのはノロンだった。
「なあテトくんよ、奏でてくれないか。」
「今かよ。腹もいっぱいだし、明日も早いんだぜ。」
「一曲でいいからさ。腹ごなしの運動だと思って。な?」
「わかったよ。」

 自室から先ほどのヴァイオリンを持ってきたテトは、馬車の中とは打って変わって、ダンスミュージックを奏で始めた。
「おお、いいねえ。」
 ノリノリで腰を振り出すノロン。
「どんどん行くよー!」
 言葉通り、どんどん動きに激しさを増すノロン。それを見ているカクリまでなんだか楽しい気分になってきた。
「ほら、みんなも乗ってきなよ。はい!はい!」
 ノロンは踊りながら、周りに手拍子をするよう促した。ノロンに合わせて手拍子をするカクリ、チャンプ、そしてグルメ。
その流れが始まると、先程までボーッと見ていたシガは自分の部屋に戻っていったが、バッド・ジョーは手拍子はせず、じっと皆の方を見つめているのだった。
結局一曲で終わるはずもなく、この小さなショーは一時間ほど続くのだった。

この記事が参加している募集

スキしてみて