アリ、時々キリギリス 雨の街編 -捌-

前回まで。


 次の日ももちろん、太陽が顔を出すころには皆布団から出なければならなかった。
 昨日の宴が遅くまで盛り上がったこともあり、朝食を食べる手はあまり進まず、せっかく昨晩は一緒になって盛り上がったというのに、顔を見合わせても挨拶を交わすことすらほとんどなかった。
 今日はいつもと違って、宿の前ではなく裏手にある倉庫での集合だったため、各々準備を済ませると、眠い目をこすりながら倉庫へと向かった。
「カクリはちゃんと眠れたか。」
「いや、お酒まで入れちゃったもんだから全然だよ。」
「俺なんて逆に眠りが浅かったから意外とすんなり起きられたけど、これは間違いなく後から来るやつだな。」
「ああ、それも辛いね。」
「今日も仕事なのに……久しぶりにやらかしたな。」
「本当にね。」
 カクリは苦笑いをした。
 眠い目をこすりながら待っていると、おはようございます、という声とともにホトリとユリネ、そしてオドリバが現れた。
「皆さん改めまして、おはようございます。」
 皆各々、返事をする。
「昨日の終わりにも少し説明したとおり、今日からは室内での作業となります。それでは早速、オドリバくん説明お願いします。」
「はい。」
 そう言うとオドリバは一歩前に出て、説明を始めた。
 大方の説明は昨日受けた通りで、数日かけて収穫した稲を、食卓に並ぶようないわゆる米の形にするといった工程だった。

「以上が今後の工程となっております。何かわからないことがあれば、随時私やお二人にお尋ねください。」
 オドリバはホトリとユリネの方に手を向けながらそう言った。
「やべ、ボーッとしてて全然わからなかった。」
 テトは少し焦った様子で言った。
「僕もだよ。まあでも内容としては昨日聞いた感じと一緒みたいだし、とりあえずわからないことがあったら率先して聞こう。」
「そうだな。」
 二人は不安を拭い切れないまま、作業を始めたが、その不安は案外簡単に払拭された。
 いざ作業を初めて見ると、作業量こそ多いものの内容は決して難しくなく、また今までの作業を違って終始室内で完結するため、例えば天候が非常に悪くなったりといったイレギュラーなことも起きず、淡々と作業をこなしていけば問題なかった。
「おい、意外といけるじゃないか。」
 作業を進めていくうちに、昼頃にもなれば機械の動かし方も覚えてくるもので、そんな他愛もない会話をする余裕も生まれた。
「そうだね。今までの作業に比べたら断然やりやすいかも。」
「これならいっそのこと、寝ないでも行けたんじゃないか。」
「いやいや、割と同じ作業の繰り返しだから、徹夜できたりなんかしたらうとうとしちゃうよ。」
 カクリの冗談に笑いながら答えたのはチャンプだった。
「まあそれもそうだな。」

 昨夜の疲れもあってか、こんな風な多少の雑談こそあったものの皆黙々と仕事を進め、当初の予定通り夕方過ぎには全てのもみの乾燥作業が終わった。
「皆さん今日もありがとうございました。皆さんがてきぱきと作業してくださったおかげで、今日も予定通り作業を終えることができました。」
 そう言うとホトリは深々と一礼した。
「明日以降は最終作業にあたります脱穀や籾摺り、そして選別の方に移っていきますので、最後までよろしくお願いします。」
「よろしく頼む。」
 バッド・ジョーがそう返事をすると、他の面々も無言ではあるが頭を下げた。こうして同じ時間を共有するうちに、皆の中に友情のようなものが芽生えたようだった。
 その日は宿に戻るとすぐに食卓を囲み、単純な作業だったといってもやはり昨日からの疲れもあったのだろう、夕食が終わると皆各々の部屋に戻っていった。

 慣れというのは不思議なものである。
 毎晩夜遅くまで飲み明かしていたようなテトでさえ、ここでの仕事を始めて数日が経つと、早起きができるようになっていた。
「早起きってのはやっぱりまだ慣れん。」
 テトは大きな欠伸をしながらそう言った。
「いやいや。そんなこと言って毎日寝坊せずにちゃんと起きてるじゃん。」
「そりゃあそうだけどよ。」
「前にも早起きするって言ったことあったけど、二日くらいでやめちゃったでしょ。」
「ああ、そんなこともあったっけか。まあでも今回は仕事だからな。」
「まあそれもそうか。でもほら、きっと体が慣れてきたんじゃない?」
「そういうもんなのかねえ。」
 少し訝しげにつぶやく。
「そうだよ。これを機に、この仕事終わって最早置き続けてみたら。」
「いや、こういう環境だからできてるが、酒に女に、欲望が渦巻く街じゃあ俺には無理だな。」
「冷静な自己分析だね。」
 カクリは鼻で笑った。
「早起きもいいんだが、せっかく早起きしたんなら燦々と輝く太陽を見たもんだがね。」
 テトは窓から見える曇った空と止まない雨を見ながらそう言った。
「まあ、そうね。」
 カクリもそれに関してはあまり深く言及できなかった。
「とりあえず向かおうよ。」
 二人は準備を終えると、昨日と同じく裏手の倉庫へと向かった。

「皆さんおはようございます。」
 今日もホトリの元気な挨拶から始まる。
「それでは今日から最終段階に入っていきたいと思います。オドリバくん、お願いします。」
「はい。」
 昨日と同様、オドリバは一歩前に出ると説明を始めた。
「今日はまず皆さんに脱穀の作業をしてもらいます。要は茎から稲を取り外してもらいたいんです。」
「なるほど。」
 バッド・ジョーが相槌を打つ。
「まずは一旦、全員に脱穀の作業に入っていただきます。そしてある程度脱穀の作業が終わったところで何人かに籾摺りの工程をお願いします。そしてその籾摺りもある程度進んだタイミングで、今度はまた何人かに選別の作業をしてもらいたいと思います。」
「流れ作業にするんだな。」
「バッド・ジョーさん、その通りです。」
 オドリバは少し嬉しそうに答えた。
「籾摺りや選別に関してはまたおいおいその作業を始める段階で説明しますので、まずが皆さんに脱穀の説明をしたいと思います。僕に着いてきてください。」
 オドリバが歩き始めると、皆オドリバの後ろについていくのだった。

 それからの作業は昨日同様、同じような作業の繰り返しだった。
 脱穀、籾摺り、選別と、今回は作業が三工程あったものの、作業内容を聞いてはその作業を延々と進め、他の場所に行くように指示されればそちらに向かう。その繰り返しだった。
「まるで働きアリだな。」
 テトのそんな言い草に笑うカクリ。
「テトだって、キリギリス型亜人なのに働きアリじゃんか。」
「それは否めない。まあ俺たちは虫型亜人だからあれだが、哺乳類のはずのあいつらまで働きアリだからな。」
「本当だね。」

虫型亜人という呼び方は蔑視的表現だと唱える者もいたが、カクリたちはそんなことを気にするようなタイプではなかった。それに自ら言っているのだ、誰に気にする必要もない。
しかしそれだって気にする人がいるから、なんて話を聞いたこともあったが、ここにいるのはカクリとテトだけ。周りに面々も今更そんなことを気にするような奴らではあるまい。
二人はそんな風にブラックジョークを言い合いながら、仕事を進めた。

 そんな作業を数日続けていくうちに、山のようにあった稲の束はどんどんと減っていき、ついにその稲の束がすべてなくなる日がやってきた。
「はい、これでおしまいです。」
 皆に見つめられる中、ついにホトリが最後の作業を終えた。
「しゃあ!」
 テトが誰よりも早くそう叫ぶと、他の面々も各々喜びだした。
「皆さん、本当にありがとうございました。」
 ホトリは大きな声で挨拶をした。
「「「ありがとうございました。」」」
 すると、カクリたちも一斉にそう返事した。
「これですべての工程が終わりましたので、まだお昼過ぎではありますが、これにて作業終了でございます。」
「よっしゃあ。」
 テトはもう一度、大きくガッツポーズをしながら喜びをあらわにした。
「明日の昼前に向かいが来ますので、それまでは自由になさってください。」
 ホトリがそう言い終えると、皆一目散に倉庫を出た。
 今日はここで作業を始めて以来、一番の豪雨だったが、不思議と皆の気持ちは晴れ晴れとしていた。
 宿に戻ると、テトはカクリに声をかける。
「飲むぞ。」
「もちろん。」
 カクリも笑って答えた。
「他にも誰か誘う?」
「そうだな……」
 皆仕事から解放されて各々の過ごし方を満喫したいのだろう。意外にも閑散とした宿の中で二人がそんな話をしていると、グルメの姿が目に入った。
「お、いるじゃんか。」
「へ?」
 テトの大きな声で驚くグルメ。
「今から、飲もう。」
「ああ、そういうことですか。是非。」
 グルメも笑いながら答えた。

 キッチンから持ち出した大量の酒とつまみをカクリの部屋に運ぶと三人は大宴会を始めた。
「お疲れー!」
 テトがジョッキを高々と掲げる。
「「お疲れさまー。」」
 カクリとグルメも同じくジョッキをかかげ、そしてジョッキ同士が音を奏でた。
 ぐびぐびと酒を飲み干す音だけが部屋に響き渡る。
「いやあ、本当に頑張ったな。」
「うん。」
「僕もこんなに動くことなんてなかなかないから本当へとへとだよ。」
「グルメは、これからどうするんだ。」
「うん、そうね。七七七(よろこび)の収穫に立ち会ったことをまとめて、また本でも出せればなって。」
「なるほどな。」
「それでまたそのお金で、何か美味しいものでも食べに行くさ。」
「楽しそうだね。」
「やりたいことをやれるってのは幸せなことさ。」
 グルメは上機嫌に語った。
「二人は、これからどうするんだい。」
「俺はもちろん、音楽で食べつつこいつと旅をするよ。」
 テトはカクリの方を指差しながらそう答えた。
「そっか。テトくんの音楽は本当に素敵だからなあ。いつかどこにいてもテトくんの名前が聞ける日を楽しみにしてるよ。」
「お、作家先生にそう言われると俄然頑張らないとな。」
「先生だなんてやめてくれよ。」
「照れるなって。」
「それで、カクリくんは?」
「僕は、グルメさんの前でこんなことを言うのもはばかれるんですが、作家になりたくて。」
「え、本当かい?」
「そうなんだよ。こいつは作家として食えるようになるために色んな所を渡り歩いてんのさ。」
 なぜかテトは自慢げに説明した。
「そうだったのか……まさか、君も食べ物系のライターを目指してるんじゃないだろうね。」
「あ、違います違います。」
 カクリは慌てて否定をした。
「冗談だよ、分かってるって。」
 グルメは焦った様子のカクリを見てけらけらと笑った。
「で、どんな本を書くつもりなんだい。」
「あえていうなら、なんでも。」
「なんでも?」
「ほら、アリ型亜人が定住せずに旅してるなんて珍しいだろ。」
「確かに。実は、それはずっと思ってたんだ。」
 グルメは少し申し訳なさそうに言った。
「だから、そんなアリ型亜人が……」
 そこ前テトが話したところで、カクリは制止した。
「テト、僕に話させて。」
「ああ、すまん。」
 珍しく真っ直ぐ謝るテト。
「そんなアリ型亜人の僕だからこそ見えてくる世界を書きたいなって。」
「なるほど。」
「今のこの世界はどうしても制限が多くて、だから僕の足を使って、この世界を届けられたらなって。」
「そっか。」
 グルメは笑った。
「もう書き始めてるのかい。」
「とりあえず日記は書いてます。それで、どこかここで書きたいと思える街に着いたら、そこで書き上げようかなって。」
「出版の当ては、あるのかい?」
「それがまだなくて。」
「だからこいつ、あんたにそんな話をしようと思ってたんだよ。」
「テト……なんかすみません。」
「いやいや、そういうことなら任せてよ。」
 グルメは自分の胸を叩いた。
「カクリくんの話を聞いて面白そうだと思ったし、それに何より僕とは被らずに済むからね。」
 意地悪く笑いながらそう言うグルメ。
 グルメはポケットの中に手を入れると、そこから自分の名刺を取り出した。
「これ、僕の名刺。」
「あ、ありがとうございます。あの僕は……」
「ああ、大丈夫大丈夫。秘密主義のフリーパスが名刺持ってたら笑っちゃうよ。」
 グルメはそんなジョークを飛ばした。
「すいません。」
「今度、僕が編集さんと会うときに、こういう話をしてた人がいるって伝えておくよ。」
「ありがとうございます。」
「でも、こいつの本、いつになるかわかんないぜ。」
「そこもちゃんと伝えておくから。」
「ありがとうございます。」
「筆をおき終わったら、そこに連絡をして。」
 グルメは自分の名刺を指差した。
「はい。」
「じゃあもう一回乾杯しようよ。未来の偉大な音楽家と、未来の著名な作家先生に。」
「今の著名な作家先生にもな。」
「「「乾杯―!」」」

 それからどれくらいの時間が経っただろう、お互いのこれまでの話をしているうちに、気づけば辺りは暗くなり始めていた。
「おいおい、もう夕方じゃねえか。」
「本当だ。」
「雨も止まないねえ。」
 そんな話をしていると、何やら大きな音が。
 詳しくは聞き取れないが、人の争っている声が聞こえてきた。
「この音、裏手の倉庫から聞こえてこないか。」
「本当だ。行ってみる?」
「ああ、そうしよう。」
 三人は急いで倉庫に向かうのだった。

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