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「塀の中の美容室」桜井美奈

啓蒙書に書いてあった。
他人を変えることはできない、だから自分を変える必要がある、と。
幸せ、幸福感、そういったポジティブな感情は自分で作り出せるもの。
外的環境である「他者」を変えるのではなく、それを受けとる自分の意識を変えよう、という考え方だ。
なるほど!!と深く感銘し、常々実践しようとしているのだが、これが中々うまくいかない。
やはりネガティブな感情はすぐに出てきてしまうし、他者にどう見られるか、どう思われるかを気にしてしまう。
おそらく、みんなそうなんだろうなと思う。

最近、自分だけで上記のような考え方になるのは難しい、誰か手助けして欲しい、そんなニーズに応える作品をよく見かける。
舞台設定は様々だが、悩みを抱える登場人物(各章の主人公)が自分を見つめ直すきっかけを与えてもらえ、明日も頑張ろう(ほっこり)となる作品。

きっかけは、ポジティブなOLだったり、屋台の親父だったり、夜食をだすクマだったり、バーのオカマだったり、図書館司書だったり。
登場人物は、ほっこり元気にしてもらい、今のままでも間違っていない、明日は少しだけだけど頑張って見ようかな、という気持ちにさせられる。
読者も同様に。

これらの作品が好評なのは、世情なのか人の業なのか。
とにかくみんなに求められているんだなあ。

本作もそんな作品。
舞台は刑務所の中にある美容室で、一般に開放されている。
低料金で利用が可能な場所。
そこでは、囚人の一人である女性がたった一人の美容師として働いている。
彼女と接することで、登場人物達は自分を見つめ直したり考え方を変えたりするという話。

他作品と少し毛色が違うのは、この美容師が能動的でないというところ。
彼女は何も与えない。
何も示唆しない。
刑務所という特殊な環境、囚人という立場の彼女と接することで、登場人物たちは自分で何かに気づく。

正直、ページ数は少なく、気づきのパターンも少なく、物足りなかった。
終盤に美容師自身の話も出てくるのだが、もうちょっと他の人の話の中で、彼女の内面をチラ見させてからの方がよかったんじゃないかとも思う。
過去の書き方もあっさり。

色々書いたけど、読んで良かった作品でした。
清々しい、なんというか”清涼感”ってやつがある。
ドロドロしてないし、説教くさくもない。
赤の他人の少しいい話を聞いたような感じで、まんまと自分の心もちょっぴり変えられた、かも。

身体に染み込む、ミネラルウォーターみたいな本だった。
「普通」の威力を侮るなかれ。


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