奇跡のエイプリルフール

奇跡のエイプリルフール
とある古い木造平屋。
キッチンには30代後半位の男性の死体が仰向けに転がっている。男性は頭から血を流し生死不明。
時刻は世間が寝静まった丑三つ時・・・男性の顔が床にへたり込んだ私からは、薄目を開き自分を睨みつけているように感じる。
 
(数時間前の出来事の回想)
 
男「もう終わりにしよう。この家に来るのも最後だ」
 
私「嫌!ぜったいに別れたくない、久しぶりに来てくれたと思ったら別れ話?」
 
男「俺もうウンザリなんだよ、頼むからおしまいにしてくれ」
 
私「だったらどうしてHするの?ズルいじゃないのH済んでから言い出すなんて」
 
男「いや最後のサービスだと思って、お前も待ってただろう」
 
私「待ってなんかないわよ、ふざけてる・・この間お見合いした人に鞍替えするつもりね。上司の紹介だから仕方ないと言ってたのにウソだったの?」
 
男「意外と良い娘だったよ、お前よりずっと若いしね。俺の事ほんとうに思ってるのなら開放してくれ、もう自由になりたい」
 
私「若い?上司の紹介?へええ、それで何年も付き合った私を捨てるの・・」
 
男「婚約とかしてないだろう」
 
私「さよなら、だけで?慰謝料も払わずに?」
 
男「だから婚約もしてないだろ、なんで慰謝料が出てくるのか訳わからない。しつこいんだよ、もうお前とは終わりだ」
 
テーブルの上にあった金槌が視界に映る。金槌がだんだんアップになっていく。私は思わず金槌を掴み男性の上に振り上げる。
 
男「何だ、それで俺を殺すつもりか?しつこいと思ってたけれど、犯罪者とは知らなかった。早く分かって良かったよ。クレージーなおばさんとはおさらばだ!あばよ」
 
男はくるりと背を向け、キッチンからすぐ続く玄関へと歩を進める。私は金槌を右手で振り上げ男に挑みかかる。男と金槌を手に「帰る、帰らさない」の押し問答がしばらく続く。
ふと気がつくと、玄関の奥のキッチンで男が仰向けに転がっている。
 
私「ひいい」
 
悲鳴をあげて男を確認するが、側頭部から血を流し既に事切れている。
私は床にへたり込み茫然自失の状態。
窓を見るとしだいに外が明るくなっていく。
 
私の独白
「オバサンと言われ発狂してしまった。とにかく死体を隠さなければ・・ああ、本当に犯罪者になってしまう。殺人犯人になりたくない、でもあいつ、Hしてから別れ話なんてあり得ない。死んでも当然だ、でもマズい、マズすぎる、朝までにどうにか・・神様お願いします」
 
水道やガス台の正面にある壁の鳩の掛け時計が5時を知らせる。
「ポッポーポッポー」
その横の壁にかけられたカレンダーに視線をやる。今日は4月1日のエイプリルフール。ウソをついても良い日、三十路坂に入ったばかりの自分の誕生日。
 
(カットイン)
男がやってくる少し前に、壁からずり落ちたカレンダーを金槌で釘を打つ主人公の姿。
カレンダーの全体から1日がクローズアップになる。
女はウキウキした表情。
鼻歌を歌いながら、御馳走やケーキをテーブルの上に並べている。
ピンポンが鳴り、男が現れる。
手ぶら。
 
男「あ、ごめん。今日、君の誕生日だったの忘れてた」
 
がっかりしたような表情の女。無理やり笑顔を作る。
 
私「いいのよ、ご飯食べましょう」
 
二人はテーブルにつき食事にかかる。
食後、ベッドで抱き合う二人の映像が早送りのように巡る。
 
私のシャウトは続く。
「誕生日前に時間を戻してくれ、これがウソの悪夢にしてくれ」
 
と、まさにその時に家が大きく揺れる。
棚や箪笥の上からモノが落ちてくる。
今までに経験がないほど大きな長い地震。
キッチンに入り口の小型の冷蔵庫の上に置いた新聞、野菜や菓子などが乱雑に落ちる。
冷蔵庫の横の死体がほぼ隠れる。
私は又も茫然、テーブルの下にじっと隠れる。
 
しばしして玄関の向こうから仲の良い隣の住人の大声と連続ピンポン!
隣人女性は同世代。中古の鉄筋一戸建てに猫と住んでいる。
 
隣人女性「起きて~津波が来るから高台に逃げよう。ここにいたら危ない」
 
余震は続いている。
死体の上に更に新聞紙をかけ、鍵を開け玄関に出る。
 
隣人女性「貴重品だけ持って早く、車でもう逃げるよ」
 
私「わかった、すぐ逃げる」
 
鞄だけ持ってすぐに家から飛び出し、家の前につけた隣人の車に乗り込む。
 
隣人女性「この前に地震あったばかりだから水とか用意してた。ここも海が近いから危ない」
 
私「ありがとう、本当に助かります」
 
隣人女性「あたしも貴方も一人暮らしだからね、にしても津波が本当に来たらどうしよう、貴方と違って持ち家なのに」
 
私「まだ揺れてますよ、家の中も滅茶苦茶。あ、彼が家で寝てたんだ。動転しててつい忘れてた。急いで電話しよう・・・ダメだ通じない」
 
隣人女性「時々来てた彼?戻ろうか?」
 
私「いや大丈夫でしょ、彼は用心深いから逃げられるはず。それより車の渋滞がすごい」
 
隣人女性「今さら戻れないね」
 
地震はさらに続き両者、大勢いる避難民に混じり高台でしばらく避難する。
昼になって速報で津波の心配がないことを知り、隣人女性と家に戻る。
しかし木造建ての自分の家は全壊。
隣人女性の家は鉄筋だったからか損壊は免れている。
隣人から慰められるが私は内心大いに安堵する。
 
隣人女性「貴方の家も鉄筋だったら潰れなかったのに・・・しばらくうちに住んだらいいよ。この地震で屋根が潰されて亡くなった人もいるって。貴方の彼の無事を祈っている」
 
私「今日は私の誕生日のエイプリルフール、きっと神様が守ってくれてるはず!」
 
(心の独白)
いやあ、木造で潰れて死体も家の下敷きになったわ
彼は自業自得
バチ・・いや私のブーメランが当たったんだ
これこそ天の采配、超ラッキー‼
 
両者、顔を合わせて微笑む。
 
津波のあとの実況検分で、男の死因は木造家屋全壊による圧死と判断。
被害者が多すぎて警察は後始末でてんてこまいの様子。
過失とはいえ完全犯罪が成立して良心の呵責みじんもなく晴れ晴れ。
屈託なく私は大きく微笑む(私の顔アップ)。
 
溶暗。

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