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ほぼ毎日エッセイDay17「死にたい夜に」

今でも時々、あの頃を思い出す。順調に思われた2015年は徐々に悪化の一途をたどり、年を跨ぎ、春を迎える頃最悪を迎えていた。


どうして眠れないのかわからないくらい眠れない日があった。
みな寝静まっている。誰もこんな時間に連絡を寄越してくれないから、もちろんスマホも揺れるはずもない。時折、大きなトラックがアパートの前の道路を、息切れした老犬みたいに走り去っていくときだけ静かにベッドが振動した。
深夜2時をまわっても目が爛々と緊急事態だった。充血しているのだろうことは、鏡を見なくてもわかる。それくらい目が痛い。本を読む気力もなく、僕はエレキギターをアンプに繋がず、音を鳴らした。C、Dm、G7、Am、F♯m7、Em7,Dadd9。これだけコードを知っていながら僕は一曲もまともに弾けなかった。
深夜四時になると、カラスの鳴き声がうるさくなってくる。たぶんすぐそこの街路樹にでも留まって鳴いているのだろう。

僕は部屋を飛び出し、北7条から南下した。高架下を抜け、道庁を走りすぎた。まだ日は昇ってもいないというのに、何もかもが死んだように静かだった。通りに車はない。それでも僕は律義に信号を守った。確実にやってくる許しを待つことが出来るというのは、なにかしら良いことのように思った。
さっぽろテレビ塔は無機質に時刻をデジタル表示していた。誰も見ることのないテレビの電波を今も静かに飛ばしているのだろうか。
大通り公園の養生初期の芝生は南風に揺れた。それは目に見えない大きな生物の寝息だった。僕はまた南へと歩いた。

ネオンの光を失ったすすきのは閑散としていた。ディストピアの様相を呈している。道路脇を空のカップ容器が飛んでいった。通りには居酒屋とラーメン屋と風俗店が交互に建ち並んでいた。まだ日は昇っていないというのに全てが白々しく映っていた。赤も黄色も緑も紫も、青も金もピンクも全てが白く輝いていた。ニッカウヰスキーのおじさんも陶器のように死んでいた。太陽がいかに冷酷で残酷なのかがわかる。
深夜1時にはまだあんなに無目的に、乱痴気に人々が行き交っていたというのに彼らは一体どこに消えてしまったのだろう?
もちろん、家だ。サラリーマンもキャッチの黒服も警察も風俗嬢も、ホームレスでさえ家に帰って寝ているのだ。

カラスがネットの隙間からゴミを漁っていた。僕は安心した。カラスだけはいつものように黒々としていた。それでも太陽の光線にカラスは焼かれていった。大きな生物が目を覚まし始めている。僕は缶コーヒーを自販機の取り出し口から回収もせずに逃げた。
走って、走った。部屋に戻り、ぎゅっと目を閉じた。長い1日を終わらせなければならない。誰かの1日が始まる前に、僕は僕の長い1日を終わらせる必要があった。どうしてもだ。

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