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おろおろ映画日記①「ピッキングのセンスがないなら、どこかにキーを隠すべきだ」

ミスター・キーファーは安楽椅子を前後に揺らしながら、パイプを吹かしていた。
「これは年代物なんだ。私のじいさんのものでね。じいさんは父に形見としてこのパイプを残したんだけどね。だが、父はじいさんとちょっとした確執があったんだ。これは、父に一度も吸われることなく、私に譲られた。私はまだ17だった」
それからずっと吸い続けている。ミスター・キーファーは、英語の理解力の乏しい僕に対して、ゆっくり話した。まるで英語の授業を受けているみたいだ。
「それで、今度は君のことを話してくれるんだろう?」
僕は、頷いた。影が小刻みに揺れている。唇が乾いていたので、舌で舐め、それから話を始めた。

When I was younger, so much younger than today,


小学生のとき家の鍵を忘れたことがあったんです。両親はどちらも共働きで遅くまで家に帰ってこないことはわかっていました。日没も近く、風も寒くなってきて、僕は家に早く入りたかった。だからピッキングをすることを思いついたんです。ドロボウ映画によくあるみたいなことを。鍵穴に何か細いものを挿し込んでガチャガチャと動かせば、自然に開くと思っていたんですよ。それで僕が手にした”細いもの”は、木の枝でした。結果は…、もうわかりますよね?

You already know, right?
と聞くとミスター・キーファーは微笑んで頷いた。頷くたびにパイプの口から煙が飛び出た。
「誰かが君のためにキーを隠すべきだったね」と彼は言った。
Yes、僕は笑った。そうかもしれませんね。玄関先の枯れたゴムの木のプランターを思い出した。

僕とミスター・キーファーは、誰かに深く自分のことを理解してもらうためにはどうしたらいいのだろうか。ということについて議論を交わしていた。僕らはどちらも孤独を抱えていた。

『フルハウス』の家には鍵がかかっていない。だから、誰もがサンフランシスコの彼らの家に親しみを感じながら入れるのだ。
ガイ・リッチー版『シャーロック・ホームズ』を見ていたら、RDJ演じるホームズがチクチクとピッキングしているのにワトソン博士がドアを蹴り破り、「こっちの方が早い」と言った。ジュード・ロウの飄々とした表情にこちらがニヤケてしまう。
『マイ・インターン』でアン・ハサウェイがロバート・デ・ニーロに鍵の在処をプランターの下と説くのだが、ロバートはほとほと困ってしまう。おびただしいほど植木鉢があったからだ。

そんな映画やドラマのワンシーンたちを思い浮かべながら、僕らは部屋を自分の心に喩えることを考えていく。

自分を理解してもらうためには、いつでもドアは開かれていなければならないだろうか。でももう『フルハウス』のような親切でお騒がせな一家の一員を演じることはできない。だって、世界はかなり物騒になってしまっているし、僕らはそんな社会に擦れて生きてきてしまったからだ。それでいて、僕らが最も望んでいる一番他人にしてほしいことは、地下まで降りてわざわざ自分たちに会いに来てもらうことだ。
だから、僕らは鍵をどこかに隠すことに決めた。
玄関の鍵も地下の部屋の鍵もまとめてプランターの下に置くことに決めた。
僕とミスター・キーファーはどちらも孤独で、それでいて誰かの訪問を心待ちにしていた。
暗証番号も指紋認証もなしだ。どこに鍵が隠されているかさえ分かれば、きっと僕たちと深いレベルで分かり合えると思えるのだ。


だが、時に外に出て、まず他人を理解しようとしなければならない、ということもあるのではないか、と誰かが鍵穴からこちらを覗きながら叫んでいるのを聞くことがある。だったらドアを蹴破るくらいの度胸でいてくれと我々は憤慨するのだった。

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