信じるかもめ_

信じるかもめ。その6【短期集中連載】

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 恵里は、風呂上がり、濡れた髪を乾かしながら、明日の勝負に臨むクラスの皆に送る、メールの文案を考えていた。洗面台の鏡に向かいながら、ドライヤーを髪に当てる。ただし、直接熱風を当てることはしない。タオルの上から。その方が髪が痛まないし、実は早く乾く。

 今日、一週間ぶりに声を合わせた。一週間ぶりに声を合わせたにしては、壊滅的なほどのブランクは感じ取れなかった。粗が少し見えるものの、そこは重点的に調整していけばいい。伴奏のミホもうまくなっている。ピアノ経験者がミホしかいなかったからと言って彼女に押し付ける格好になってしまったことに申し訳ない気持ちがないわけではなかった。ピアノ経験とはいっても習っていたのは中学の始めまでで、吹奏楽部で彼女はファゴットを吹いていた。吹奏楽部の方も忙しかったろうに、五月に伴奏者と決まってから随分と頑張ってくれた。笠田くんも委員長だからホントは指揮者という大役までしてしまうと、学業にだって影響が出かねないのに。大事な受験期だというのに本当にありがたい。

 普段は引っ込み思案で、1年の時も2年の時も目立たず、やり過ごしてきたというのに。恵里は思わず、ふっと笑った。クラス合唱委員という大役だって、今までやるのが怖くて避けてきた。だけど、4月の委員決めの時、勇気を出して立候補したのだ。

 真奈美さんを外部講師に呼んだのだって、勇気のいることだった。彼女は、恵里が唯一連絡を取れる「レジェンド」世代の一人だった。今は大学生になって地元の経済学部で学んでいるらしい。兄と同級生だったから連絡が取れた。真奈美さんは「懐かしい」と言って、私でよければ、と快く引き受けてくれた。

 放課後の練習の折、クラスの皆に真奈美さんを紹介したときの、皆のあの興奮した顔といったら、今でも目に焼き付いて離れない。真奈美さんの適格な指導には毎回目から鱗だった。恵里が伝えたい言葉を分かりやすい言葉で、身振り手振り、実践を交えて伝える。それを教科書にみんな倣って声を出す。自分も真奈美さんのように指導できればいいのに、恵里はつくづくそう思った。

 だが3回目の指導練習の時、ばれてしまった。確かにばれない保証はどこにもなかったし、迂闊だった。このことについては担任の高木先生も黙っていたわけだし、バレたとき先生は主任の西野先生にこっぴどく叱られてしまったらしい。そのままペナルティを言い渡されてしまった。それになにより、真奈美さんに申し訳なくて顔が立たなかった。

「随分昔に卒業したし、そんなルールがあったの私も忘れていた。ごめんね。気に病まないで。あたしは久しぶりに歌えて楽しかったんだけど」と、気を遣ってそう言ってはくれた。

 自分の指導力の無さと不甲斐なさへの嫌気とは裏腹に、クラスのみんなはなぜだか活気づいていた。悪戯がバレてはにかむ幼い子供のように、一瞬立ち込めた嫌な空気を打ち消していた。なんだろう。共犯者の絆とでもいうのであろうか。

 ペナルティの1週間を終えた翌朝、つまり今朝、2組に勝負を挑んだ。これもすごく勇気のいることだったけれど、大好きな2組のメンツの為だった。

そして、ほとんど久しぶりに飛鳥と口を聞いた。

 髪を乾かし終わり、コンタクトを液に付け洗い終えた後、メガネを手に取った。年々目が悪くなっている気がする。元々細めで切れ長で目付きが悪いというのに事態は悪化するばかりのようだった。恵里は自分に自信を持てないでいた。それを何となくではあるが、メガネからコンタクトに変えることで意識改革を計ったのに、なかなかうまくいかないでいる。

とはいえ、明日の放課後は勝負だ。

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