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ほぼ毎日エッセイDay8「深夜ラジオの親切なDJ」

「最近、怒りって感情湧かないんだよね。そう言えば涙を流した覚えも、本気で笑った手応えも感じないや」と友人は言った。「あぁ今が楽しくないってことじゃないよ、悪しからず」と断る。ホールケーキに縦横無尽にフォークを刺していき、人数分に切り分けていきながら彼女はそう言ったのだった。スーパーモデルのキャットウォークみたいにスタイリッシュな切り分け方だった。僕は僕で、右手の感情線を左指でなぞっていた。

それは君が自分の心を無意識に守ろうとしているからだ、と僕は思いつつも見解は述べない。よく年取ったせいで涙腺が緩むって言うだろ。あれは大脳の中枢の感情抑制機能の低下のせいなんだよ。老いていく過程で感受性が豊かになることはない。そういうわけだから、ろくでもない世の中において、君はきっと随分とうまく感情をコントロール出来ているはずなんだ。それと、人が歯を見せて笑う顔と獣の威嚇する顔ってなんだか似てないかい? そう思うと別に無理して笑うこともないんじゃないか。

まあ、フォローになっているのか分からないな。深夜ラジオの親切なDJ役は向いていないな。とにかく、心が動くことと傷つくことは実は表裏一体なんじゃないかってことだよ。人にどうこう感情や理性やなんやかんやを強制され、律義に態度や言葉で表す義務もあるまい。

切り分けたケーキを一口で頬張ろうとして、君は失敗する。やっちゃったとケーキに向かってはにかむ。感情の振れ幅はそういう小さな繊細さからでいいと僕は思う。

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