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【断片小説】アンダーコントロール・フォー・ザ・ジュラシック・ワールド・エンド

ここに終わる物語は、わたしにとっての福音である。あなたにとっては黙示録かもしれない。でも、男の子ってそういう最後にどかーんと爆発で終わってしまうようなの、好きでしょ? 最初は戸惑い、傷つくことだろう。でもその先恐れるとしても、少しは愛を含んでドラマチックに終わることが出来たのなら、たまに思い出しては感傷に浸れる。そして、そこに成長があると勘違いをする。そういう、有り体に言えばエゴイスティックなロマンチシズムを追いかけるのが男なんだ。きっと。わたしは女で、いくらか現実的で、それから生きながらえるために逃避の欲求もある。その先で成長するのも、進化を遂げるのもわたしの方のはずだ。


 ジュラ紀。恐竜が栄えた時代。それをリアルタイムで記録した人間はどこにもいない。もちろん、当時はきっとサルの姿ですらない、生きるのに卑しく、あるいは健気なネズミみたいな恰好だったのだからペンも持てないし記録も出来ない。そもそも脳みその容量や器量もあるわけではない。生存本能というシステムのみで生きていた。仕方のないことだ。
 では、どうするか。地層に刻まれたしるしみたいなものをひとつ一つ読み取って、時間をかけて想像力を広げていくしかない。何かが埋まっているかもしれない。ある種の答えのようなものが。未来にいる成長したわたしが、発掘作業を始める。ツルで場所に狙いを定め、ハケでその何かを露わにしていく。


 浴槽に湯が張られる7分ほどの間に、私は時間をかけて服を1枚ずつ脱いでいく。丁寧にゆっくりと。梅雨は終わる気配を見せる様子がない。日に日に雨脚が強くなっている気がする。朝のお天気お姉さんは傘マークが日本列島に咲いているのを指示棒で叩いては眉を下げて笑い、この先、週末までずっと雨なのを確認するとまた微笑んだ。少しは悲しんだり、怒ったりしてもいいと思う。お姉さんのせいでもないのに、笑って謝る顔をしている。雨がこれだけ降り続ければ、どれだけ澄んだ川も濁っているだろう。今朝私が飲んだミルクコーヒーみたいに。
 私は汗とも雨ともわからぬ液体で濡れたブラウスを脱ぎ捨てる。それは脱皮を求める爬虫類の皮膚のように柔肌の上にへばりついていた。脱ぎ捨てると、鎖骨あたりにホクロがあるのを発見する。ブラ紐に隠れて今まで見えなかったのだろうか。それともホルモンの影響かなにかでこの何時間かのうちに出来たのだろうか。何しろもうすぐ生理が訪れる。考古学者たる私は未来のことはわからない。いつでも過去に向き合う。過去に向き合う中で、なにかしらの経験を学び、確かな予兆を経験則的に感じ取るだけだ。言葉にはできない。妙な感じ、とか、嫌な感じ、とか。


 そんなことより長い髪が寄生生物みたいに首に張り付いている。グロい。私は恐竜ではなかったみたいだ。そろそろ髪の切り時だろう。


 スカートとパンツを脱ぎ捨てる(中で蒸されて最悪の状態だった)。一糸まとわぬ身体を洗面所の鏡の前に晒してみる。わるくない身体だと自分では思う。耳の下のホクロに中々似合うアクセサリーがないにせよ、それはそんなに下品だとも思えない。もちろんそれはさっき見つけた新しいホクロについてもそうだ。見ようによってはそれなりにセクシーだとも思う。私は耳たぶを親指と人差し指で少しつまむ。高くはないが形の良い鼻の背を中指ですっとなぞり、もぎりたてのみかん(ただし、赤い)のように分厚い唇を小指の腹でそっと押す。薬指で顎から首にかけてなぞる。もちろん髭は生えていないし、喉ぼとけも出ていない。一重ではあるが大きい目には濡れた前髪がかかっていて、水滴を垂らしていた。水滴は滑り台でも滑るように優雅に身体を流れていく。小さい頃に家族と出かけた渓谷を思い出した。水の勢いでつるりと光沢のある肌を手に入れた岩をじっと見ていた。
 一対の乳房を手のひらに納める。寒さで乳首は小石みたいに堅くなっている。


「一体、誰にとってわるくないんだろう? 褒めてくれたことすらそれほどないのに」


 浴槽に落ちるお湯の音が変わったので、蛇口の締め時だとわかる。粉末タイプの入浴剤を片手に蛇口をぎゅっと閉める。
お団子ヘアーにした髪の毛そのまま、まずは湯に入浴剤をいれ、4周くらいかき混ぜ、それから浸かる。シャワーで身体を流しもしないで入るなんて、と怒られるかもしれない。誰に? 


 私は、アンモナイトのように身体を丸め、膝を抱きかかえる。膝に頬をのせ浴槽の壁を見つめる。溶けきらずに浮いていた入浴剤の粉が貼りついて水面との境界線を引いている。まるで地層に浸かっているみたいだ、と私は思う。
 ジュラ紀と白亜紀に明確に違いはない。生物相も地殻変動もそんな大きな変化はない。ナントカいうアンモナイトの出現を境に、区分を分けただけらしい。そう、空港の免税店の誰も買わないようなエリアの棚に置いてあった本に書いてあった。
 私はアンモナイトになりながら、ここに境界線を引くことに決めた。白いチョークで黒板の端から端まで一本線を引くイメージで。

私はまた、啓示を受けた考古学者である。終わりに向けて、繫栄し、衰退し、それを2,3回繰り返した後に弾けて消える。跡形もなく。出来れば骨も残らず消えてしまいたい。誤って未来のわたし以外の考古学者が掘り起こしてくれないように。私は身体をほどき、頭の上で結っていた髪もほどく。髪の毛一本一本がそれぞれが意思を持った生物のように水面を漂う。


 あなたはまだ何も知らない。あなたもまた、脱皮を待つ他の多くの恐竜のように不快な思いをしながら、今頃蒸し暑い電車に揺られていることだろう。

 私はそんなに生理が重い方ではない、と思う。世の中の他の女性がどうだかは同僚やかつてのクラスメイトを見ていてなんとなくはわかる。それなりの痛みを彼女たちと共有していると思う。そして血は必ず流れる。たまに涙も流れる。だがそのたびに、変化し続けている感覚を得る。代償は大きいが。

 私はもう一度髪の毛を縛ると、膝を抱き寄せ、再びアンモナイトになる。私は私自身を自分なりにコントロールすることに決めたのだ。


終わりに向けて。


白亜紀。恐竜たちは我が物顔で地球を闊歩するだろう。
私には、終わりが見えている。自分の身体を抱きしめるたびに確かな破局の存在を強く感じるのだ。

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