ほぼ毎日エッセイDay12「ちいさな花を咲かそう」

故人の死化粧は美しく、手の触れられない位置にあった。こんなご時世だけど、さいごにお別れを言いたくて斎場に赴いた。悲しいと思うより先に涙が出て、淋しいと感じるより先に身体が震えた。何年も会っていなかったクラスメイトが入口に顔を出すと、手を少し挙げて、自分たちのところへ手招いた。次々とクラスメイトがやってきて、少しずつ僕らのかたまりは大きくなっていった。そういうかたまりが斎場の至る所であって、それぞれで故人の話をしているようだった。

でも、ほんとうに何年も会っていなかった、会えたとしても会おうともしなかったクラスメイトが久しぶりに顔を突き合わせると、決まって昔話と近況報告に花が咲く。そうやって故人の話よりも自分たちの話へと話題が移り変わると、僕はなんとなく、もう帰らなくてはならないんじゃないかと思い、これまたなんとなく居たたまれなくなってしまった。
誰かがぼそぼそと喋るのを聞くともなしに聞いていると、15年前の記憶が、感染拡大防止のために開きっぱなしになった斎場の入り口から風と一緒にやってきた。

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「でもま、よかったやん。こういう時くらいしか全員集合せえへんのやから。お父ちゃんに感謝やな」、叔母さんが手元も見ずに湯呑みに茶を注ぎながら言った。たしかに、と母が自分の妹が注いだ茶を飲みながら言った。「大好きなお風呂ん中で死ねたんやから本望やろうなあ」と伯父さんは弔辞で言った言葉をまた繰り返した。大人の男たちの多くは瓶ビールを互いに注ぎあっていた。

おじいさんの葬式も終わって、ドコダカのホテルのナントカの間を貸し切って精進落としが振舞われていた。親戚一同、一クラス分くらいの人数が長机の周りでワイワイ盛り上がっている。いとこの兄ちゃんが、うちの弟の喪服代わりの制服のズボンの、あまりの丈の短さをからかう(下着がはみ出るくらい短い)と、弟は地団駄を踏んで怒った。そんな様子がおかしいのか、いとこの姉ちゃんが大口開いて笑った。僕は、寿司のネタを剥がし、苦手なワサビを丁寧に削ぎ落して、ワサビ抜きの寿司を大量にこしらえていた。6年ぶりに会った従妹と自分のためにだ。

「遺産なんてなんもないしなあ。あ、でも聖徳太子のピン札なら4枚あんで」と母が言った。「お父ちゃん、世の中の金は全部自分のもんやと思ってたもんな。だからお母ちゃんが隠しとってん」、伯母さんが言うと、そうだった、せやったなと場がドッと沸いた。それからほんのつかの間、しんとなった。

普段会えないものが会い、思い出したように故人の話をする。

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言葉の枠に稚拙に入れようとすると不用心にこぼれてしまうほど、故人に対して巨大な感情を僕らは持て余していた。だから泣いたし震えた。ムリに言葉にすることを避けて、自分たちの話ばかりしていたとき、少しこれでいいのかな、とは思った。とはいえ、どんな形であれ、またクラスメイトと会えたこと、それ自体はよいことだと思うことにした。そして、注意深く聞き耳を立てて、クラスメイトの顔をじっくり観察してみれば、それぞれの形で故人を偲んでいることは明らかだった。会話や表情の端々に故人の存在をほのめかす感じがあったからだ。

故人を思い浮かべると、天国にいるその人の周りに花が咲くという。

何度、彼のことを思い出して花が咲くだろう。

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