見出し画像

ほぼ毎日エッセイDay16「僕がランチ時に思い出したこと」

先輩なら全然いいよ。
と、ファミレスで長い間手を繋いだことがある。どういう経緯で手を繋ぐことになったのかはちょっと思い出せない。向かい合って座る若い男女が手を握るその姿は、はたから見ても、恋人同士のふれあいというよりはむしろ拮抗した腕相撲の仕合みたいに見えたかもしれない。
夜の7時を過ぎたくらい。コートを着なくても夜道を歩けるくらいの気温。国道沿いで、車の出入りの難しいところに立地するファミレスだった。

互いに下心があるというのでもなく、長い時間僕らは手を繋ぎあった。
誰かにどう見られようと、先輩なら全然(どうでも)いいよ。
誰かが勘違いしようとも、先輩なら全然いいよ、(構わない)。
繋がれた手は、妙にやわらかく、体温が通っていて、それらは時間を追うごとに湿り気を帯び、そしてまたファミレスの空調の風で渇きを得ていった。

人生には、時にこういうのが必要なのかもしれないと思う。
例示のエピソードでは文脈は破棄されているものの、無条件の信頼が、現象としてあらわになることを示唆してくれているんじゃないか、と。

あの日、繋がれた手を通して僕らはなにかを互いに共有したかもしれない。まったくしきれなかったかもしれない。ただ僕が今言えるのは、幸福な時間があのファミレスにたゆたっていたということだ。


よろしければお願いします!本や音楽や映画、心を動かしてくれるもののために使います。