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ほぼ毎日エッセイDay18「アフロディーテのうそ」

「実は、あなたのことが好きではなかった」と彼女は電話口で告げた。「申し訳ないけれど」と言う。そのまま電話は切れた。その時僕は柔軟剤入り洗剤を目盛りで測ろうとしていて、カップを左手で握った状態だった。電話の不通音は、開いた窓から忍び込む秋の虫の鳴き声に驚くほど馴染んでいた。

二年後。
「君のことが本当は好きではなかったんだ」と、僕は別の彼女に言った。「申し訳ないけれど」と間を置いて付け足した。「いつから?」と彼女は訊ねた。
「たぶん、最初から。僕らは何かを見間違っていたんだと思う。友達のままがいい」
雨上がりの中庭にはいくつか水溜まりがあって、そこに何枚もの桜の花びらが散りばめられていた。もちろん彼女は泣いた。ただ、小さく泣いた。涙は瞼の縁に溜まっているだけで流れはしなかった。彼女が鼻をすする音が近くの高校の運動部がグラウンドを走る音の中にかき消されていった。そして、「わたしはそうじゃないと思う」とだけ彼女は呟いた。

思うに、嘘というのは、とりわけ、自分や他人に対する特別なタイプの感情に対して長続きしない。経験則であり、おそらくは一般論だ。嘘をつくのは簡単だが、貫き通すことはとても難しい。嘘に耐えられるほど人間の身体はタフにできているわけではないのだろう。

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